第56話 空の女帝

「うわ、めちゃくちゃかっこいいなコレ……」


 目の前に鎮座するそれを見たヴォルフはそう感嘆の声を漏らす。

 他のクラスメイト達もそれを見てみんな感動している。それ程までにそれ・・のデザインは洗練されており、見るものの心を惹きつけた。


 そんな彼らに対し、クロムはドヤ顔でそれの説明をする。


「これこそが帝国の持ちうる技術のすいを結集して作った、最新鋭高機動中型魔空艇『空の女帝ブルーエンプレス』だ!」


 流線型をしたその魔空艇は鮮やかな青色を基調とし、所々に金で装飾が施されていた。

 機能性と荘厳さを兼ね備えたその見た目は、空の女帝の名乗るに相応しい《格》のようなものを見るものに感じさせた。


 その明らかに滅茶苦茶高そうな魔空艇を見て、ルイシャは冷や汗を浮かべながらクロムに尋ねる。


「あ、あの。本当にこれを僕に……?」


「ああ、その通りだとも。私たちの愛の証に、この魔空艇を君に譲ろう。なに遠慮することはない。帝国にはまだまだたくさんの魔空艇があるからね、一個くらい無くなっても大丈夫だろう。たぶん」


「いや絶対まずいでしょ! もっと小型のやつかと思ったら二十人くらいは乗れるおおきさじゃないですかあれ!」


 ルイシャたちが乗ってきた百人規模で乗れる超大型の魔空艇と比べたらずっと小さいが、それでも数人しか乗れない小型の魔空艇よりはずっと大きい。とても一般市民が個人所有出来るものではない。


「ちっちっち、大きさだけじゃないぞ。この魔空艇には最新式の魔導エンジンを搭載している。大型の魔空艇をも動かせるパワーと燃費の良さ、そして常識はずれの軽量化に成功した画期的な代物だ。そんじょそこらの魔空艇とは性能が違う」


「いやだからそんなやばい物をポンと渡さないでくださいよ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ一同。

 そんな中、ゆっくりと一同に近づいてくる影があった。


「全く、朝から騒がしい。少しは静かにしろ」


 悠然と歩いてきたのは皇帝コバルディウスであった。

 彼の顔を見た、ユーリに緊張が走る。


「おはようございます陛下」


「ああ、ウチの者が迷惑かけてすまんな」


「い、いえ。迷惑なんてそんな」


 冷血漢として名高い皇帝に謝罪を受けたことに戸惑うユーリ。

 皇帝はそんな彼を気にも止めずクロムに近づいていく。


「なんだこの書き置きは、説明しろクロム」


 朝目が覚めた皇帝が目にしたのは机に置いてあった書き置きだった。

 クロムの直筆で書かれたその書き置きには『ルイシャに魔空艇をあげるわ!(意訳)』と書かれており、皇帝はその真意を確かめるべくわざわざ足を運んだのだった。


「そのまんまの意味ですよ陛下。せっかく下賜して頂いたのに申し訳ないのですが、私にとってこれは無用の長物、この少年に渡した方が役立てくると思います」


「いや、例えそうだとしても他国の者に帝国の技術を見られるのは……」


 皇帝が至極真っ当な意見を言うが、クロムは折れなかった。

 素早く皇帝に近づいた彼女は耳打ちをする。


「こっちも好かれる為に必死なんだ、黙って首を縦に振らないと転職するぞ」


「え、こっわ……。少年のご機嫌取りのために離反される皇帝って私が最初じゃない……?」


 流石に離反されると困るので、皇帝はそれを渋々了承する。

 そうこう話している内に帝国学園の生徒もやって来て、その首席であるジェロジアがルイシャに話しかける。


「行くんだな」


「はい、この前は助けていただきありがとうございました」


 第三の眼サードアイの件で助けてもらったことに礼を言えてなかったルイシャはぺこりと頭を下げる。その件を知らないクラスメイト達は首を傾げるが、シリアスな空気を察し口を挟むことはしなかった。


「礼なんてよしてくれ。私たちが君たちにやったことと比べたら、あんなの贖罪にもならない。目先の勝利に囚われ汚い手に走ったこと、今ではみな後悔している」


 帝国学園の生徒たちは、ルイシャとクロムの戦いを最初から遠くで見ていた。

 この世界でもトップクラスの戦闘を見て、彼らのプライドが如何にちっぽけで下らないものなのかを彼らは理解したのだった。

 初心を思い出し一から訓練し直しだと決めた彼らの目は前よりずっと強く頼もしいものになっていた。


「だからここで許して欲しいだなんて言わない。一から鍛え直し、君を楽しませられるよう強くなって見せる。それが私たちの謝罪だ」


「わかりました。楽しみにしてますよ」


 再開を約束した二人は、握手を交わす。


「おーい! そろそろ入ろうぜ!」


 出発の時が訪れ、クラスメイト達はぞろぞろと魔空艇の中に入っていく。帰りも商国の魔空艇で帰る予定ではあったが、急遽それをキャンセルしみんなで空の女帝ブルーエンプレスで帰ることになったのだ。


「さて、お別れだな」


 爽やかに、だがどこか寂しげにクロムが切り出す。

 出会ってほんの数日。しかし二人の間には確かに絆が生まれていた。拳による対話はどんなに言葉を尽くしても伝えきれないことですら相手に伝えることが出来る。


「なあルイシャ、次会うまでに私はもっと強くなる。そしてもっともっと魅力的になってお前を惚れさせてやるからな。覚悟しておけよ」


「それは……とても手強そうですね。僕も見限られないよう努力します」


「ふ、少年ガキが大口叩きやがって。だが楽しみにしてるぞ」


 固く握手をする二人。

 そんな時、クロムはこちらを怪訝な顔で見ている二人の少女を見つける。

 当然その二人とはシャロとアイリスだ。突然女の姿で現れたクロムと、やけに親しい様子で話すルイシャを見て、二人は嫌な予感を感じ取っていた。


 それを見て「ははあ」と全てを察したクロムは笑みを浮かべる。

 彼女は握った手をぐいっと引くと二人に見せつけるかのようにしてルイシャの唇を大胆に奪う。


「「なっ……!!」」


 唖然とする二人と驚き硬直するルイシャを余所に、クロムは恋人と別れるのを惜しむかの如く情熱的なキスをすると、ゆっくりとそれを離す。


「これで少しは忘れないだろう? 君も、彼女たちも、ね」


 そう言って楽しそうに笑うと、クロムはその場からジャンプし高速でいなくなる。

 嵐のように去っていく彼女を見て、ルイシャは「敵わないな」と呟く。


 さて、と魔空艇に乗り込もうとするが、そのいく手を二人の鬼が塞ぐ。


「あ゛」


 その存在をすっかり失念していたルイシャの額にドッと汗が噴き出す。


「ル〜イ〜シャ〜!? いったいどういうことか説明してもらおうかしら!?」


「一回ルイシャ様を魔空艇に乗せましょうシャロ、そうすれば逃げられません」


「は、ははは。お手柔らかに……」


 引き攣った笑みを浮かべながら懇願するルイシャの言葉を、二人の乙女は笑顔で却下するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る