第50話 双天

 ルイシャとクロムの戦いは熾烈を極めた。

 単純な身体能力で言えば魔竜モード中のルイシャが上だったが、クロムはその差を実践経験の差でカバーした。


「そこッ!」


 クロムの鋭い突きがルイシャの左肩をえぐる。

 痛みに顔を歪めるルイシャだが、怯むことなく右の拳でクロムの左頬を思い切り殴りつける。

 バチィンッ! と物凄い衝突音と共にクロムは弾き飛ばされるが、その足は地面から離れることはなかった。


「ふふ、酷いじゃないかルイシャくん……女性の顔を殴るなんて」


「……顔がわらってますよ」


「おや、隠したつもりだったんだけどね。楽しすぎて隠しきれなかったようだ」


 そう言ってクロムはわざとらしくとぼけた顔をする。


「さて、この楽しい時間をいつまでも続けていたいものだが……お互い、もう限界が近いようだ」


 全力で打ち合った二人の体は満身創痍だ。

 全身の至る所を打撲、皮下出血、骨折しており気をぬけば痛みで意識を失いかねない状態だ。

 折れた骨を気で無理やり繋ぎ、痛みを魔力で和らげてはいるがそれにも限度がある。あと一発でも大きい攻撃を受ければ立てなくなるだろう。


「ルイシャ、君との戦いはとても楽しく刺激的だった、今でも十分満ち足りているが……やはり君に勝ちたいな」


「……僕もですよ。僕もあなたに勝ちたい」


 その言葉にクロムは目を丸くする。

 まさかそんなことを言われるとは思ってなかった。


「意外だな、そう思ってくれていたなんて」


「僕が強くなったのは大切な人を守るため、それは変わっていません。……ですが僕が自分の手に入れた力に誇りを持っているのも本当のことです。他の何で負けても、強さだけでは負けたくない。勝ちたい。最強の剣士であるあなたに勝って僕の強さを証明したい……!」


「どうやら私たちは両思いだったみたいだな。さあ来い、私はお前の全力を受け止め切れるぞ。遠慮せず全部でかかってこい!」


 クロムの言葉に応えるようにルイシャは駆け出す。

 その手に竜王剣は握られていない。どうやら素手で決着をつけようとしているようだ。


竜星拳りゅうせいけん群墜ぐんつい!」


 竜の力を込めた拳が、まるで流星群のように絶え間無く降り注ぐ。

 一発一発の威力は凄まじい……が、それだけ乱発すれば精度はもちろん落ちる。クロムは一発も被弾することなくそれら全てを躱しきった。


「我流剣術、黒蹄こくてい


 上段からの振り下ろし。

 特に特別な技法を使っているわけでも、特別な力が込められているわけでもない。しかしひとつの道を極めた者の本気の一撃は、それだけで一つの技となり得る。


「魔王の外套サタンズ・マント繭型防御形態コクーンシェルター!」


 ルイシャはマントで円球状のシェルターを作りその一撃を受け止める。

 しかし残り少ない魔力ではそれを完全に受け止め切ることは出来ず、マントは粉々に砕けてしまい中にいたルイシャは衝撃で吹き飛ばされる。


 一歩歩くだけで骨が軋み、痛みで視界が揺らぐ。しかしルイシャは歩みをとめなかった。

 勝ちたい。この人に。

 それだけを胸に抱いて彼は進む。


「まだ……まだぁっ!」


 ボロボロの拳を気で固め、クロムの脇腹に打ち込む。

 肋骨がへし折れその奥の内臓まで衝撃が達する。クロムは胃酸が逆流するのを気合いで抑え込み、お返しとばかりにルイシャの胸元に拳を叩きこむ。


「ふぐ……っ!」


 口の中いっぱいに鉄の味が溢れる。少しでも気をぬけば意識が飛んでしまいそうになる中、それでもルイシャはクロムから目を離さなかった。


「が、ああああぁぁっっ!!」


 再び両の拳を強く握り、突撃する。

 その無謀とも言える行為にクロムは少し落胆する。これでは斬って欲しいと言っているようなものだ。

 しかしこれだけ血を流せば思考力も鈍るか。そう結論づけたクロムは向かってくるルイシャめがけ、剣を振り……受け流された。


「守式六ノ型『柳流りゅうりゅう』……っ!」

「ここに来てやわら!?」


 最終局面に入って力押しを多用したのはブラフ。全てはこの一瞬の隙を作るためだった。


(もう体も限界だ、ここで決める!)


 ルイシャは攻撃を受け流され体勢を崩したクロムに詰める。

 当然クロムはそれを避けようとするのだが、足に力がうまく入らない。積み重なったダメージは彼女の動きを封じるに至った。


「ありったけを……込める……っ!」


 左手に魔力を右手に気功を限界まで溜める。

 そこに一切の出し惜しみはない。体に残る魔力と気。その全てを一滴残らず、雑巾を絞り出すようにしてかき集めたそれらを両の掌に凝縮し、丁寧に――――放つ。


魔竜技まりゅうぎ双天極掌そうてんきょくしょう』」


 クロムの体に打ち込まれたふたつの力は、彼女の体の中でぶつかり合い物凄い力となって爆発する。

 その一撃を食らったクロムはルイシャの目を見て、静かに笑みを讃える。


「……おめでとう、たいしたものだ」


 清々しさと、ほんの少しの悔しさが混ざった声でそう言うと、彼女はゆっくりと倒れるのだった。

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