第49話 剣士クロム

 クロムの剣技は独特なものであった。

 型にはまらない自由な剣技をするかと思うと、今度はキッチリとした流派の剣士が使うような綺麗な太刀筋を放ってくる。

 まるで二人の剣士を同時に相手しているかのような感覚にルイシャは中々慣れなかった。


 ……が、それは魔竜モードを発動する前までの話。

 人を超えた力を手にした彼はクロムの変幻自在の剣技にキッチリ対応していた。


「そこッ!」


 風を切り、素早い剣閃がルイシャの首元目掛け放たれる。

 ルイシャはその攻撃をギリギリまで引きつけて躱すと、隙のできたクロムの腹へ拳を叩き込む。


「――――か、はっ」


 嗚咽を漏らしながらクロムは後退する。

 覚醒したルイシャの身体能力は竜族に比肩する。当然ヒト族では耐え切れる代物ではないのだが、相手は王紋覚醒者、体のつくりが普通のヒト族とは違う。


「……すごいな。ここまで剣筋を読まれたのは初めてだよ。カラクリはその、かな」


「……」


 沈黙するルイシャ。

 クロムの言っていたことは正しい。魔竜モードとなったルイシャは魔眼と竜眼を同時発動していた。

 今のルイシャの視界には魔力の流れ、気の流れが両方視えている。

 魔力と気はこの世界を構成する殆ど・・。それが視えるということはこの世の全ての流れが視えるといっても過言ではない。


 その結果彼の瞳に宿ったのは未来を見通す力。

 ルイシャはこの力に『未来眼みらいがん』と名前をつけた。


 万能に見えるこの力だが、もちろん何のデメリットもないわけではない。

 物事が視え過ぎるということはそれだけ脳にかかる負担も大きい。頭に生えた角が放熱機能を持っているのだが、それでも脳にかかる負担を全て肩代わりすることはできない。


 ……そして魔竜モード自体がルイシャの体に与える負担も大きい。

 持って数分。ルイシャは平静を装いながらも勝負を急いでいた。


暗黒四連槍ダク・クァドランズ!」


 漆黒の禍々しい形をした槍が四本、クロムに襲いかかる。

 二本を躱し、一本を弾く。そして残りの一本は剣を握ってない方の手で柄の部分を握り、受け止めた。

 ギチチ、と音を立てて槍は止まる。その切っ先はクロムの胸の数センチ手前まで来ていた。


「たまんないね、このスリル感。生きてるって感じだ」


 舌でぺろりと上唇をなぞったクロムは心底楽しげな様子でルイシャに向かっていく。


「これを――――受け切れるかァ!?」


 自分の体に眠る魔力と気を剣に流し込む。

 すると黒の奔流が剣を包み込み、小さな嵐とも呼べるほどのエネルギーが剣に収束される。

 技の名前は『黒嵐くろあらし』。小さな街であれば消しとばす威力を持つ必殺の技。


 クロムはそれをルイシャ目掛け躊躇なくぶつける。

 黒い嵐はルイシャのいた空間を根こそぎ抉り取ってしまう。荒れ狂う暴風が過ぎ去った後……削り取られた跡が生々しいそこには黒い球体が一個残っていた。


「……ん?」


 突然現れた謎の球体に戸惑うクロム。

 するとその球体は徐々に小さくなっていき、その中からルイシャが現れる。


「ふう、危なかった」


 黒い球体は完全に小さくなると、ルイシャのマントに姿を変える。

 それを見たクロムは「へえ」と楽しげに笑う。


「そのマント、羽になるだけじゃなくて防御にも使えるのか。使いようによっては攻撃にも使えそうだ」


「このマント、魔王の外套サタンズマントはあらゆる状況に対応する為に考えて作りました。ちょっとやそっとの攻撃じゃ壊れませんよ」


「へえ……じゃあどこまで耐えられるのか試してみるとするか!」


 再び剣に力を込め、クロムは剣を振るう。

 ルイシャはその一撃を竜王剣でしっかりと受け止める。最初は弾き飛ばされたが、魔竜モード時のルイシャの筋力は、クロムに引けを取らない。

 腕に力を込め、クロムの剣を弾き飛ばす。


「せいっ!」


「ぐっ!」


 まさか力負けすると思ってなかったのか、クロムはここに来て初めて焦りを見せる。

 その隙を見逃さなかったルイシャは思い切り剣を縦に振るう。その一撃は直撃こそしなかったものの衝撃波が命中しクロムを吹き飛ばす。


「……はは、今のは危なかった」


 間一髪直撃を避けたクロム。

 しかしその代償として彼の服は激しく破れた。

 縦に裂かれた黒い軍服。その隙間からクロムの肌が垣間見え……ルイシャは驚き目を見開いた。


「え……っ!?」


 困惑したルイシャの顔を見て、クロムは自分の姿を確認する。

 そして露わになった自分の体を見て、申し訳なさげに頭をかく。


「あー……、バレてしまったか」


 自分の服の中に手を突っ込み、先程の一撃で切れた白い布を取り出す。

 それの正体は「さらし」、女性が胸を隠すのに使う布である。


「見苦しい物を見せてしまって悪いな」


「クロムさん、貴方は……女性だったんですね」


 さらしの下から現れたのは明らかに女性の胸の谷間だった。

 彼女はその大きめの胸をさらしでギチギチに締め上げることで自分が女性であることを隠していたのだ。


「じゃあもうこれも不要だな」


 軍帽を外し、捨てる。

 その中から現れたのは長く艶やかな黒髪。帽子をまぶかに被っていたので気づかなかったが、彼女はとても美しい女性であった。


「悪いな、騙してて」


 月明かりに照らされている彼女は、とても美しく、思わず見惚れてしまうほどだった。

 ルイシャは自分の頬を叩き、無理やり正気に戻す。


「理由を聞いても大丈夫ですか?」


「別に大した理由じゃないよ。男と本気で戦いたい時、女という性が邪魔だっただけ。私が女と知るだけで手を抜いたり下心を出す男が余りにも多かった。だから私は女を捨てた」


「そう……だったんですね」


「で、あんたにはバレてしまったワケだが……どうする? 私が女だと知ってもまだ剣を握れるか? 本気で私を殴ることが出来るか?」


 ルイシャは目を閉じじっくりと考えたあと、ゆっくりと目を開きその質問に答える。


「当然です。あなたの性別がなんであろうと、その強さには変わりありません。そもそも僕は僕より強い女性を三人知ってますからね、油断も手加減も出来るはずがありません」


 そう言い放つルイシャを見て、クロムは目を丸くして驚いた後……優しげな笑みを浮かべる。


「あんたって奴は……本当に最高だよ。私はきっと今日この日の為に生まれ、鍛えて来たのだと胸を張って言える。ありがとうルイシャ、大好きだ。私のために斬られてくれ」


「……物騒な愛の告白もあったものですね。悪いですが心に決めた人たちがいるので力づくでお断りさせていただきますよ」


「この女たらしめ。振り向かせてやるよ」

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