第41話 反作恩恵

 ベン・ガリダリルはルイシャと同じく落ちこぼれであった。

 魔力、運動能力ともに同年代の平均を下回り、魔力に至っては修行前のルイシャを下回るほどであった。


 そしてルイシャと同じく彼も努力家であった。

 例え同年代の子どもにバカにされようと体を鍛え、勉学に励んだ。勉強の能力のみは人並みだったベンはひたすらに勉強し大人でも歯が立たない知識量を手に入れるまでに至った。


 ……しかし彼の生まれ育った田舎村ではいくら勉強が出来ても尊敬されなかった。

 重要視されるのは魔法の能力と狩りの能力くらいのもので、誰も彼を褒めてはくれなかった。彼の知識をうまく使えば農業や狩りの効率を大幅に向上出来たはずなのだが凝り固まった思想に支配された村にそのようなことを考える余裕はなく、失望したベンは村を出ることを決断するのだった。


 そして彼は魔法学園に入学するのだが、入学して一ヶ月ほど経った頃転換期が訪れる。


「ねえ、ベンって気功って知ってる?」


 常識はずれの能力を持つクラスメイト、ルイシャにそう話しかけられたことで彼の人生は一変した。


「む、まあ知識でなら知っているぞ」


「じゃあ話は早いね。ベンは魔力が極端に少ないからなのか気がスゴい大きいんだよ! これは鍛えたらスゴいことになると思うよ!」


「私に気が……多い?」


 その言葉はまるでピンと来なかった。

 気というのは昔の人が使った魔力に変わるエネルギー。自分には縁もゆかりもないと思っていたものが多いと言われても全然腑に落ちない。


「魔力が少ないと体が動かなくなっちゃうから体は他のエネルギーで代用しようとするんだ。だからベンの気は大きいんだと思うよ」


反作恩恵リコイルギフトってやつだな。興味深い、試してみても良さそうだ。気の扱いについて教えて貰えるか?」


「もちろん!」


 こうして彼は気の特訓を開始した。

 常日頃から勉強していたことで彼の学習能力はかなり高く、師匠であるルイシャも献身的に彼をサポートしたことで彼は瞬く間に気の扱いを上達させていった。

 順調に見えたその矢先、ある事件が起きる。


 それは剣将コジロウの襲撃。

 目の前でクラスメイトが傷つく姿を見た彼は、ただ守られるだけの自分に歯噛みした。

 もう何も出来ないのは嫌だ。大切な友人を、憧れる女性を守れる自分でいたいと願った彼は限界ギリギリまで自分の体を追い込み修行した。


 彼の献身的な努力は身を結ぶ。

 努力は肉となり、献身は技となる。弛まぬ努力を重ねに重ねた彼の肉体は鋼の鎧に変貌していた。

 期間にしてわずか二ヶ月。たったそれだけの期間で彼の肉体は単純な筋力だけならヴォルフにも負けぬほどに練り上げられた。


「くたばれッ!」


 そんなベンの腹筋に刃が突き立てられる。

 幅広の立場な剣だ。よく手入れされているのだろう、刀身に一切の曇りはなく光り輝いている。


 そんな立派な剣が腹筋に負けてへし折れてしまうとは誰も想像しなかっただろう。


「……へ?」


 信じられないと言った感じで真ん中から綺麗に折れた剣を見る帝国学園の生徒。

 一方ベンの腹筋は傷ひとつなかった。彼は「はあ」とため息をつくと、絶句している生徒に説教を始める。


「なんと知識インテリジェンスに欠けた攻撃か。狙うなら腹筋の間を縫うように刺さなければ貫けるはずがあるまい」


「い、いや普通は貫けるだろ……」


「えい」


 ベンは無造作に相手の剣を握る手を掴み力を入れる。すると「くしゃり」と軽い音と共に相手の手首があらぬ方向にねじ曲がる。


「ぎ、ぎいやああああ!」


 絶叫と共に地面を転がりまわる帝国の生徒。

 唐突に行われた痛ましい行為に帝国の生徒はドン引きする。


 ベンはそんなこと意に介さず筋肉を見せつけるようポージングを取ると挑発気に笑みを見せる。


「『知なき刃に劣る筋なし』。貴様らのIQでは私の美しい筋肉には遠く及ばない」


「……意味のわからないことをベラベラと。全員であの化け物を仕留めるぞ!」


 帝国の生徒達は一斉にベンへ襲いかかる。

 ベンは後ろを振り返るとシャロ達に言葉を投げかける。


「みんなは任せたぞ」


「あんた、わざと挑発して……」


「さて、何のことかな?」


 ベンはとぼけたように笑うと、前方に走り出す。

 そして迫り来る帝国の生徒たちに接近すると、右の拳を強く握り渾身の拳を放つ!


含蓄に富んだ一撃インテリジェンス・スマッシュ!」


 地面に叩きつけるようにして放たれる一撃。

 そのあまりに強大な一撃は地面に大きなクレーターを作り出すほどの威力だった。


「四人……いや五人か。思ったより倒せなかったな」


 その衝撃で吹き飛んだ生徒達が地面に転がっている。十人近く倒すつもりで打ったのだが、その拳のヤバさに気づいた生徒が多かったため逃げられてしまった。


「てめえよくも!」

「この筋肉ダルマがッ!」


 ベンの攻撃後の硬直を突き、帝国の生徒が反撃を放つ。剣や槍で脇腹や首などの急所を攻撃するが、自慢の筋肉がそれの侵入を阻む。


「ははは! そんな攻撃微塵も痛くないぞ!」


「この化け物が……! これならどうだ、中位火炎ミド・ファイア!」


 一メートルのほどの火球が勢いよくベンの立派な背筋に命中する。

 するとベンは「むぅん!」と今までにない痛そうな声を上げる。見れば炎が当たった箇所は赤く腫れ上がってしまっている。


「なんだ、魔法は効くのか」


「……さて、それはどうかな?」


 余裕そうに言うベンだが、その額には汗が浮かんでいる。

 魔力の高さはそのまま魔法防御力の高さになる。つまり魔力のほとんどない彼は魔法に対して常人よりもダメージを受けてしまうのだ。

 丈夫な筋肉と高い体力で何発かは耐えることは出来るがその痛みは計り知れない。


「どんどん放て!」


 刃に雷、氷に炎。

 様々な魔法がベンに突き刺さり彼を苦しめる。


 ――――しかし、痛みに苦しむ彼の心に湧き上がってきた気持ち。それは感謝であった。


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反作恩恵リコイルギフト

突出したマイナスの素質を持つ者が、その反動で真逆の素質を多く持つこと。

ルイシャも魔法の才能がなかったが、それよりももっと下の生命維持が困難なクラスで魔力がなければその恩恵に預かれない。

他にも体の免疫能力が異常に低い代わりに、異常な再生能力を持つ者などがいる。

よい導き手に出逢えればその恩恵を上手く使いこなせるようになることもあるが、大抵の場合その末路は悲惨なものとなる。

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