第40話 奇襲
天下一学園祭決勝戦当日。
その日の朝、宿舎で用意された朝食を魔法学園の生徒たちが美味しそうに食べている中、ルイシャはただ一人違和感を感じていた。
(……ん? なんか変な感じがした気が……)
それは常人では絶対に気づけない、ささいな違和感。
本当に僅かだが今自分が口にしたパンから違和感を感じたルイシャは、それに鼻を近づけよく嗅いでみたが、特に変な匂いはなかった
「どうしたんだですかい大将。あ、もしかしてそれ腐ってました?」
「いやそういうわけじゃないみたい。ヴォルフはなにか違和感感じなかった?」
「へ? 特に何にも感じませんでしたぜ」
「そっか……」
自分より鼻のいいヴォルフが何も感じないと言ったのでルイシャは違和感を気のせいと捉え気にしないことにした。
そしてクラスメイト全員が宿舎で食事を終え、決勝の試合会場へ向かおうと外に出た時それは起きた。
「ん? なんか足が痺れてきたな」
「え、バーンも? 実は僕もなんか体の調子が良くないんだよね」
「お、おでも頭が痛い……」
クラスメイトたちが突然体の不調を訴え出したのだ。
回復魔法を得意とするローナはすぐさまクラスメイトたちを治そうとするのだが、彼女もまた体調を崩しその場に座り込んでしまう。
「うう、これじゃ集中できない……!」
突然訪れた緊急事態。
どうしたらいい。気の力で体の異常を軽く出来たルイシャは必死に頭を動かして打開策を考える。
「
試しに毒などを治す魔法を自分にかけてみるが、あまり効果は見られなかった。
一体どうすれば、悩むルイシャの元にとある人物が現れる。
「おや、何かありましたか」
現れたのは同年代と思わしき風貌の青年が現れる。
黒い学帽と学生服を身に纏っている彼の胸元にはヴィヴラニア帝国の紋章の刺繍が施されていた。
こんな学生服を着ている学園は一つしかない。
「帝国学園……お前たちの仕業か……!」
憤りを多分に含んだルイシャの言葉に、帝国学園の生徒は笑みを浮かべながら答える。
「何のことでしょうか? 私はただ……決勝の相手に挨拶をしようと思っただけですよ。あいにく体調がすぐれない様子ですが……大丈夫ですか?」
「白々しい、こんなことして勝って何の意味があるんだ!」
「私はやってないのですが……その問いには答えさせていただきましょう。我が帝国において勝利とは全て。例えどんなに卑怯な手を使おうと、例え肉親や恋人を犠牲にしようと、勝つためであれば全て
パチンと指を鳴らすと、ルイシャたちを囲むように帝国学園の生徒たちが現れる。数にして三十人はいようか、その全員が武器を持っておりその先端を ルイシャたちに向けている。
「……随分な挨拶だね。これでもさっきの言い訳を続けるつもり?」
「ええ、変わりませんよ。『私たちは挨拶に来たら魔法学園の生徒は体調を崩していた。それでも無理して試合会場に行こうとしたから私たちは善意で止めた』。こんな感じで如何でしょう?」
「詭弁だね、そんな言い訳が全部通ると思う?」
「まあ通らないでしょうね。でもいいのです、私たちが裁かれる頃にはとっくに試合は終わり我らの勝利は確定している。その事実は変わらないのですから」
「全て織り込み済みって訳か……こりゃまずいね」
いくら不正があったと声高に叫んでも試合の勝敗は覆らないだろうとルイシャは考えた。そんなことで覆るほどこの大会の規模は小さくない。
仮に完全に帝国側が悪だと認定されれば可能性はあるが……そうなる可能性を顧慮してない彼らだとは思えない。学園祭の運営に何の手も回してないとは到底思えなかった。
「三十人……みんなを守りながらいけるか……?」
平常時ならいざ知らず今のルイシャは謎の毒で弱体化している。
相手は人質を取るのにも容赦のない相手、あまりにも分が悪すぎる戦いであった。
一人悩むルイシャ、試合の時間が刻々と近づく中……彼の肩をポンと叩く者が現れる。
「なに一人で悩んでいるんだ。こういう時に助け合わなくて何が友か」
そう言って黒縁の眼鏡を光らせたのは、クラスメイトの一人、ベンだった。
勉強が得意で真面目で堅物、絵に描いたような委員長キャラである彼は、他のクラスメイトと比べて体が元気に動いていた。
「ベン、大丈夫なの?」
「まあな、伊達に鍛えていないさ。それよりも早く試合会場に行ったほうがいい。向こうの出場選手はとっくに会場に着いている頃だろう。ここは私に任せてルイシャだけでも会場に行くんだ」
「でもベンだけにここを任せるわけには……」
「その心配ならいらないだろう、後ろを見てみるといい」
「へ?」
ベンに促され背後を見てみると、ヴォルフとアイリス、そしてシャロがゆっくりと立ち上がっていた。
「みんな無事なの……!?」
「へ、獣人の頑丈さ舐めてもらっちゃ困るぜ。大将、ここは任してもらって大丈夫ですぜ」
「ここは私たちにお任せを、私も
「私もこれくらいで倒れるような修行はしてないっての……」
「みんな……」
心配するなとばかりに笑みを浮かべる三人の友人たち。
それでも彼らを置いて行ってしまうことを悩むルイシャだが……友人たちの力強い瞳を見て意を決する。
「わかった……行くよ。ここは任せるね」
ルイシャの言葉に三人は親指を立て答える。
うん、と小さく頷いたルイシャは会場めがけ走り出す。
「おっと悪いけど一人も通さないよ!」
もちろん帝国学園の生徒はそれを阻止しようとする。
しかしいくら本調子ではないとはいえ、たった一人でルイシャを止めるのはあまりにも無謀な賭けだった。
「そこを……どけぇ!」
力強い正拳突きが帝国の生徒の頬に突き刺さる。
歯の砕け散る感触を拳に感じながら、ルイシャはその生徒を吹き飛ばす。
「ぶがっ!」と声にならない声を上げながら地面を転がる帝国学園の生徒。まるでボールのような軌道で跳ね転がる彼を見て、帝国学園の生徒たちは驚きほんの少し硬直する。
ルイシャはその隙を突いて包囲網を突破する。
「しまっ……!」
動けるようになった時にはルイシャは見えないところまで走り去ってしまっていた。
帝国の生徒たちは追うのを諦めると残った魔法学園の生徒たちに視線を移す。見たところ動けるのはさっき立ち上がった四人のみ。残る約十人の生徒たちは立ち上がることすら出来ない様子だ。
「もしあいつが試合に間に合っても誰かを人質にすれば何とかなるか」
試合に出る
敗北してクロムに失望されること、それは彼らにとって死よりも恐ろしいことなのだから。
「悪いが一人捕まって貰うぞ。大人しく捕まれば無駄に傷つけるつもりはない」
「傷つけるつもりはない、か。笑わせてくれる」
ベンはシャロたちに動けない生徒を任せると歩を進める。
そこにはいつもの真面目だが優しい委員長の姿はなかった。メガネの奥から放たれる眼光は鋭く、目が合ったものは獣に睨みつけられたような錯覚に陥る。
「今この状況で既に我々は充分に傷ついている。毒を盛られ、囲み、脅し、負けを強要する。肉体的な傷はなけれど私たちの尊厳は貴様らに傷つけ尽くされた」
淡々と胸の内を吐露しながら、ベンは制服のブレザーを脱ぎ地面に放る。
そしてネクタイを緩めるとそれも地面に置く。
「暴力は嫌いだ、しかし友を、愛するものを守るためならば致し方ない。今こそ禁を破り力を解放する時……ッ!」
そう叫んだ次の瞬間、ベンの体が
全身の筋肉が膨れ上がり、骨格ごと変形していく。当然制服は裂け、最低限股間を守る部分を残し全て破れる。
平均的な高さであった彼の身長はものの数秒で二メートルを超え、腕と脚は巨木の如く太くなる。
特筆すべきはその胸筋、まるで重い鎧を装着しているかの如き厚さとなった胸は如何なる矢や剣も通さなそうに見えるほど立派になる。
一瞬で筋肉ムキムキになったベンの姿を見て、不測の事態に対応することに慣れているはずの帝国学園生徒たちも口を開き絶句する。
「な、なんだお前は……!?」
「私の名前はベン・ガリダリル。貴様ら悪漢に裁きを下す、知と筋肉の使徒なり」
仲間のクラスメイト達も驚愕し目を見開く中、ベンはその筋肉を一層膨らまし突撃するのだった。
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