第39話 信頼

「それは本当か……?」


 チシャの言葉を聞き、小屋の中からユーリが姿を表す。

 その姿を見てチシャ達三人はホッとする。よかった、無事だったんだと。


「本当だよユーリ、城は結界で完全に外と分断されちゃってる。中の人達は外に出られない上に外の様子すら分からない状況なんだ」


「……詳しい話は中で聞こう、狭いが入ってくれ」


 ユーリに促されチシャ、カザハ、バーンの三人は小屋に入る。ユーリの言葉はお世辞ではなく中は本当に狭く三人が入ると小屋の中はギチギチになってしまった。立っているのでやっとの状態だ。


 チシャはこれまで何があったのかを手短にユーリたちに話した。バーンが気絶した魔族を連れてきていたこともありユーリは現状を素早く理解してくれた。


「なるほど、我が国は思ったよりも悪い状況のようだな……」


「そうなんだよ! だから力を貸して欲しいんだ! ユーリなら城に入る方法も知ってるでしょ!」


 城の隠し通路、そこなら結界の効果も及んでないと考えたチシャはユーリたちを探したのだ。

 幸いチシャには解析魔法がある。クラスメイト全員の情報を頭に入れてるのでユーリとイブキの足跡をたどるなど朝飯前だったのだ。


 見つけることさえ出来れば力を借りることなど簡単……三人はそう考えていたのだがユーリの返答は意外なものだった。


「危険を冒してここまで来てくれたのは感謝する、王子として私個人としても本当に嬉しい。しかし……しかし力を貸すことは『出来ない』」


「なっ……!」


 その言葉に絶句するチシャ。

 カザハとバーンも予想だにしないユーリの言葉に驚き声を失う。

 そんな三人にユーリは更に言葉を続ける。


「魔族との戦いは更に過激になるだろう、君たちも早く逃げたほうがいい」


 信じられない。あの愛国心に溢れたユーリがこんな事を言うなんて。

 チシャはあまりのショックに目の前の人物が本当に自分たちのよく知るクラスメイトと同一人物なのかと疑ってしまう。しかし自分の解析魔法は目の前の男が間違いなく自分のクラスメイトなのだと無情に知らせてくる。


 チシャとカザハがショックを受ける中、バーンはとうとう我慢が限界に達しユーリを睨みつけ声を荒げる。


「お前、それ本気で言ってんのか……!?」


 睨みを利かせながらドスの効いた声でバーンは詰め寄る。

 ユーリですらも思わずたじろぐ程の迫力だ。しかしユーリは視線を真っ向から受け止め強く睨み返す。


「ああ、本気だ」


「てめえ、その腐った性根叩き直してやるよ!!」


 拳を振り上げ殴りかかるバーン。狭い室内、どこにも逃げ場はない。

 しかし確実に当たるかと思ったその攻撃は思わぬ形で不発に終わった。


「おっと、さすがにそれは看過できねっすね」


 そう言ってバーンの首筋に剣の切っ先を当てたのはユーリの従者であるイブキだ。彼は目にも留まらぬ速度で剣を抜き放つとバーンの首に剣を押し当て彼を止めてみせたのだ。


「イブキ、てめえ……」


「悪く思わないで欲しいっす。俺っちだってこんなことしたかねえっすがこれが仕事なもんで」


「くっ……」


 そう言われ渋々引き下がるバーン。彼だって本当は友人を殴るなんて事はしたくなかった。

 しかしこの状況は多少無茶をしてでも変えなければいけないと彼は馬鹿なりに考えていた。


「おいユーリ、お前どういうつもりだ」


「父上と私が死んだら王家の血は途絶えてしまう。ならば私が逃げるのは王国を救うのも同義なんだよバーン」


「だからってお前の国を見捨てていいのかよ! ルイシャは今も国のために戦ってんだぞ!」


「る、ルイシャが……?」


 バーンの言葉にユーリは動揺を見せる。まさかルイシャが戦ってくれるなんて考えていなかった。

 いや、考えないようにしていたと言う方が正しいだろう。ルイシャは他者のために戦うことができる人物だと彼はよく知っているのだから。


「そうか、ルイシャが……」


 彼も本当は国のために動きたい、でも王子としての責任がその身を縛っていた。

 歯を食いしばり、握る手から血が滴り落ちても「私も戦う」、その言葉を出すことはできなかった。


 そんな痛々しいユーリの姿を見てバーン達は彼の気持ちを察し何も言えなくなってしまう。

 暗い雰囲気の流れる室内。そんな中ユーリに声をかけたのはイブキだった。


「なに暗い顔してんすか王子、早くいつもみたいに偉そうに命令してくださいよ」


「……何を言ってるんだイブキ。お前は私と一緒に城から逃げるように父上に言われたじゃないか。その時点でもう私に命令権などない」


 その言葉を聞いたイブキは兜をポリポリとかきながら「はあ、相変わらず俺っちのご主人さまはおバカっすね」と言う。

 突如バカにされたユーリは声を荒げ抗議する。


「わ、私が馬鹿だと? どういことだイブキ!」


「バカだからバカっつってんすよ。いいすか? 俺っちが忠誠を誓ってんのは王国でもなければ王様でもねっす。王子、アンタっすよ」


 そう言ってイブキはユーリの胸のあたりを指差す。

 イブキにそんな風に思われてると知らなかったユーリはポカンと呆けてしまう。いつもふざけてばかりで軽薄な人物に見えるイブキ。しかしその根本にはユーリへの絶対的な忠誠心があったのだ。もしユーリが望めば国王にすらも刃を向ける覚悟すらあった。


「だから王子は自分のしたいことをすればいいっす。例えそれが王様の命令に背く行為だったとしても俺っちだけは味方するっすから」


「イブキ……!」


 ユーリの目頭が熱くなる。

 自分がこんなにも信頼されているなんて、愛されているだなんて知らなかった。

 だとしたらこの忠義に応えなければいけない。王子としてでなく、未来の王として行動しなければ。


「いいところ悪いけど、味方ならこっちにもいるよ」


 そう言ってチシャ達はユーリの方を見て笑う。

 それを見たユーリは今まで悩んでたのが馬鹿らしく思えた。一人で解決しなくてもいいんだ、こんなにも頼れる仲間がいたんじゃないか、と。


「……みんなすまない、ようやく決心が着いたよ」


「くく、王様の命令はいいのか? 優等生王子の名が泣くぜ?」


「いいんだ、王子である前に私はまだ子供。間違いだってするさ」


「はは、その言葉ルイシャにきかせてやりたいぜ」


 ユーリの普段からは想像できない言葉にバーンは笑う。

 その姿はいつもより立派に見え、王の風格すら感じられた。


「この小屋には城に続く隠し通路がある。みんな来てくれるか?」


 ユーリのその言葉に部屋にいた全員が頷く。

 こうしてたった五人の王城救出作戦が始まったのだった。

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