第16話 におい
客足が遠のいたと嘆くマーカス。
確かに露店の中には未調理の肉が山積みになっている。いつもならこの量が一日で無くなるのだが、どうやら今日は半分以上残りそうだ。
マーカスはその在庫を一瞥するとヤケクソ気味にルイシャ達に言う。
「へっ、余らしても腐るだけだ。多めに切ってやるよ」
「やりぃ! サンキューなおっさん!」
「気前いいじゃねえかおっさん」
「おっさんおっさん言うんじゃねえ! 俺はまだ三十前半だ!」
怒鳴りながらもマーカスはどこか嬉しげな様子で肉を焼き始める。
マーカスの店を真似て肉串の店がいくつも出来たが、この石がないのでどうしても味に差がついてしまい中々客足が伸びない。この石はドワーフの住む山からしか採れないらしく、ドワーフともコネクションがあるマーカスの一人勝ちというわけだ。
「ほらよ、あちぃ内に食いな」
マーカスに手渡されルイシャ達は一心不乱に肉に食らいつく。
ガツンとくる肉の旨味と肉汁。そしてその後に鼻を通り抜けていく香辛料の香り。この刺激と味の濃さが男子の心を掴んで離さないのだ。
「うっめー! やっぱり肉串はここのが一番だな、なあルイシャ!」
「もぐ、むぐむぐ。そうだね、やっぱりマーカスさんの肉串は他の所と違うね」
「だっはっは! そうだろそうだろ! なんたってウチは素材と石どっちもこだわってるからな! 他の有象無象の模倣店とは格がちげえんだよ!」
そう言ってマーカスは鼻高々に笑う。
自慢の商品が褒められたことが余程嬉しかったようだ。
「しょうがねえなあ、そんなに食い足りねえならサービスしてやるよ」
ニッコニコしながら追加の肉を焼き始めるマーカス。
それをみた
バーンは「よっしゃ!」と喜ぶがルイシャは少し嫌そうな顔をする。正直一本食べたらお腹いっぱいでもう入りそうにないのだ。
そんな中ヴォルフだけは違う反応をしていた。
「……匂うな」
「あ? こんなに近くで肉焼いてんだから匂いがすんのは当然だろうがよ」
「ちげえ、その匂いじゃねえよ」
ヴォルフはそう言って最後の肉を口に頬張り胃に流し込むと通りの方に目をやる。
その視線の先にいたのは大柄の男三人。ガタイが良くて立ち振る舞いに隙がない。その特徴から傭兵か冒険者あたりだろうかとルイシャは予想する。
「あの人たちがどうしたのヴォルフ?」
「大将が気にしないのも無理はねえ。あいつらかなり隠してやがる。でも俺の鼻は誤魔化せねえ」
ヴォルフの嗅覚は狼と同じくらい優れている。人間と比較するとその能力は百万倍とも言われている。
そんな彼の優れた嗅覚は男達の異変をすぐに感知したのだ。
「なんか嫌な予感がしやがるぜ大将」
「分かった、追いかけよう」
「へへ、話が早くて助かるぜ」
そう言うやルイシャとヴォルフは男達の後を追いかけ始める。
「ちょ、待って! 俺も行く!」
バーンも慌ててその後を追おうとする……のだが後ろからガシッ! と服を掴まれる。
おそるおそる後ろを振り返ってみると、そこにはニコニコしながら焼き上がった三本の肉串を持ったマーカスがいた。
「バーン……もちろん食べてくよな?」
「……はい」
バーンはこの日生まれてから最も速い速度で肉を喰らったのだった。
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