第9話 激闘
守式五ノ型『金剛殻』
この技は体の一部を
一ノ型『鉄纏』は全身を硬くする技だが、『金剛殻』は硬くする面積を減らす代わりに『鉄纏』を超える防御力を手にすることが出来る。
更に硬質化させてない部分は自由に動かせるため、使用中は動けない『鉄纏』よりも応用の効く技でありルイシャはこれを好んで使っている。
「はああああああっっっ!!」
シャルロッテが常人では目にも留まらぬ速さで斬撃を打ち込んでくるが、ルイシャはそれを硬質化させた両腕で冷静に捌いていく。
時に受け止め、時に
的確に、そして確実にシャルロッテの攻撃をしのいでいた。
(こいつ本当に何者なの!? 素手で剣を弾くわ私の斬撃に反応するわ意味分かんない!!)
シャルロッテの額に汗が垂れ始める。
大人にも負けたことがない彼女はここまで苦戦したことがなかった。それなのにこんな弱そうな同年代の少年に勝つビジョンが見えない。
しかし彼女は冷静さを崩すことなく戦法を変える。その柔軟さこそ若くして伝説の勇者の再来と言われた彼女の強さの秘訣なのだ。
「
一旦距離を取ったシャルロッテが放ったのは、桜の花弁の形をした魔法の刃だ。
ルイシャはそれを余裕を持って回避するが、攻撃はそれで終わらなかった。
「この数を避けきれるかしら?」
シャルロッテの頭上には先程の刃が数え切れないほど作られていた。
ピンク色のその刃はまるで本物の桜のようにくっつきあっていて、その集合体は思わず本物の桜の木のようにすら見える。
「いけ!!
その綺麗な花弁は全て散り、膨大な数の刃となってルイシャ目掛けて襲いかかる。
一つ一つの威力はたいしたことがないが、この数をくらえば大ダメージは必至だ。
「おいおい大丈夫か!?」
審判をやっているレーガスはその魔法を見て心配そうに呟く。
しかしもはや戦いはレーガスが介入出来るレベルを超えていた。しかしそれでも自らの役割を果たすため捨て身の覚悟で突入しようかと思った瞬間、その肩をユーリが止める。
「ユーリ様、止めないで下さい! 私は試験官としての役目を……」
「落ち着いて下さい先生。ルイシャの目はまだ、死んでません」
ユーリの言う通りルイシャは迫りくる刃をしっかりと見て観察していた。
その眼に諦めの色など全く無く、むしろ初めて見る魔法に彼はワクワクしていた。
「うわぁ、すごい数。これは強いだけの魔法じゃだめだね」
自分から刃の中に突っ込んでいったルイシャは回転しながら魔法を唱える。
「
ルイシャの周りから放たれた火炎は、ルイシャが回転している効果でまるで炎の渦のようにルイシャを取り囲み迫りくる刃を焼き尽くす。
ルイシャめがけて放たれたシャルロッテの魔法はまるで巨大な炎の中に突っ込む羽虫のように一つ、また一つと燃やされに行く。
「う、嘘……」
信じられない。
鍛え上げた剣技も、先祖から受け継いだ魔法も、全てが通じない。
負けちゃいけないのに。伝説の勇者の血を引く私は期待に応えないといけないのに。
そうしないと……勇者に憧れてくれる人たちを裏切ることになっちゃうのに。
シャルロッテが一位にこだわる理由はそれだった。彼女は民衆が描く理想の勇者像を実現しようとしていた。
そしてそれは今日に至るまでは上手くいっていた。しかし目の前に現れた少年はそんな彼女の思惑をたやすく打ち砕いたのだ。
「ふう、これで全部かな?」
火が消え失せルイシャが中から姿を表す。
あれほどの魔法を使ったのに息切れ一つ起こしていない様子にシャルロッテは生まれて初めて絶望に近い感情を味わう。
しかし彼女は諦めず剣を握り駆け出す。みんなの理想の勇者になるために。
「私は……負けられないんだあぁっっ!!」
彼女の思いを乗せた剣撃を、再びルイシャは金剛殻で受け止める。
「私は、私はみんなの勇者にならなくちゃいけないんだ! だから、だから、こんなところでぇ!」
シャルロッテの家庭は勇者の家系だ。
しかしその全員が勇者の力に目覚めるわけじゃない。そして勇者の力を受け継いだとしても、更に血の滲む努力を重ねなければ真の勇者にはなれない。
伝説の勇者『オーガ』が生まれてから300年近く、シャルロッテが生まれるまで勇者になるものはついに現れなかった。
ゆえに勇者の才能を多く持って生まれたシャルロッテにかかる期待と重圧は凄まじく、彼女は血と汗と努力にまみれた幼少期を過ごしたのだ。
そんな環境で幼少期を過ごせば、曲がってしまうのも当然だろう。
「君も、ツラかったんだね……」
剣を受け止めるルイシャには彼女の心の叫びが嫌というほど伝わってきた。
力がなくて苦しんだ者、力があって苦しんだ者。
ルイシャとシャルロッテは境遇こそ真逆だがどこか似ていた。
「だったら僕がその呪いから救ってみせる」
あの時僕を救ってくれた二人の師匠のように。
ルイシャは決意すると腕に込める気功を強化する。しかしそんなことお構いなしにシャルロッテの剣速はどんどん上がっていく。
「お前なんか、お前なんか、お前なんかぁっ!!」
周りの観客が恐怖を覚えるほどシャルロッテの剣撃は鬼気迫るものだった。
しかしルイシャは落ち着いて剣筋を見切ると、左手を自分の前に構える。
「気功術、守式二ノ型変式『金剛白刃取り』」
なんとルイシャは高速の剣閃を強化した左手で受け止め、掴んでみせた。
そして右の手で止まってる剣の柄の部分を殴ってシャルロッテの手から剣を弾き飛ばしてみせた。
「なっ……!!」
一瞬の出来事に呆然とするシャルロッテ。
武器を失い、魔法を作れる精神状態でもない彼女に、ルイシャは気功を溜め込み渾身の一撃を放つ。
「気功術、攻式一ノ型『隕鉄拳』」
死んだ。
それがシャルロッテが感じた素直な感想だった。
それほどにルイシャの放った拳は力が練り込まれ凝縮されており、とてもこの一撃には敵わないとシャルロッテは理解してしまった。
(ああ、負けるってこんな気持ちなんだ)
初めての気持ちを感じながらシャルロッテは腰を抜かしたように膝からペタリと崩れ落ちる。
そしてルイシャの拳は吸い込まれるようにシャルロッテの顔面に近づき……その直前で止まった。
「……へ?」
突然の出来事に戸惑うシャルロッテに、ルイシャは拳を開き手を差し伸べる。
「僕の勝ち、でいいかな?」
そう言って笑いかけるルイシャ。その顔を見たシャルロッテは不思議な気持ちになる。
胸がドキドキして、顔が熱くなる。こんな気持ち今まで経験したことがない。シャルロッテはこの時生まれて初めて異性を強く意識したのだった。
――しかし次の瞬間、シャルロッテに悲劇が襲う。
「ふあ」
ショロ、ショロショロショロ。
突如響く水音。
それはなんと……へたりこむシャルロッテのスカートの中から鳴っていた。
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