第5話 魔王との日々

 =魔王視点=


 少年の修行を開始してから、早いものでもう十年が経過した。

 最初は魔法の基礎すらなかった少年も、私がみっちりと特訓したおかげでひよっこ魔法使いまでには成長することが出来た。

 もっと時間がかかると思っていたのに、彼は私の想定を超えるスピードで成長した。


 これは彼に才能があったから……では断じてない。


 当初の見立て通り彼には魔法の才能は一欠片もなかった。

 しかしそれを補って余りあるほど、彼には力が欲しいという欲求があった。

 その狂気とも取れるほど大きい欲求のおかげで、彼は私の悪魔のしごきにも耐えることができたのだ。


 最初こそ暇つぶしのつもりで大して期待せず弟子を取ったのだけれどもしかしたらこの子、化けるかもしれない……。

 ふふ、少し面白くなって来たわね。






 ◇





 ――――修行を開始して百年後。


超位火炎フォル・ファイア!!」


 ルイシャくんの放った超位魔法は地面に着弾し、巨大な火柱を上げる。

 うん、よく魔力の練られた良い魔法ね。


「テスタロッサさん!! 今のどうだった!?」


 パタパタと息を切らしながらルイシャくんがこっちに駆け寄ってくる。

 相変わらず小動物みたいで可愛い子だ。


「上出来よルイシャくん。でもテスタロッサって呼ばないでって言ったでしょ? ほら、何て呼ぶの?」


「う、え、えと……お、お姉ちゃん」


「……っ!!!!!」


 お姉ちゃん。

 その甘美な言葉を聞いた瞬間、私の下腹部に電撃が走る。


 私がルイシャくんにそう呼ばせるようになったのは修行を開始して13年が経った頃だ。

 ルイくんが修行で疲れ果てたのを介抱していると、彼は疲れのせいか思わず私のことを「お姉ちゃん」と間違えて呼んだ。


 その瞬間、何千年もこの空間で過ごし封じられていた私の母性、いや姉性が大爆発したのだ。

 それからというもの、私にはルイシャくんがとても可愛い弟のような存在になってしまった。


 ルイシャくんにベタベタひっつく私を見て竜王は信じられないといった目で見てきたけど知ったことじゃない。

 私は私の好きなように生きる。

 私は初めて『愛』を教えてくれたルイシャくんのために生きると決めたのだ。


 お姉ちゃんに任せて。必ずあなたは元の世界に戻してあげる。


 たとえそれが永遠の別れになったとしても……。






 ◇




暗黒火炎ダク・ファイア!!」


 ルイくんの放った黒炎が地面に着弾し、あたり一面を地獄の業火で燃やし尽くす。

 素直にすごいと言える。


 修行を初めて三百年でここまで成長するなんて……。

 これが『愛』の為せる技なのね。


「見てたテスねえ!?」


「ええ見てたわよ。見事な暗黒魔法だったわ」


 そう言って私は駆け寄ってきたルイくんの小さな頭を撫でる。

 こんな小さな体でよく私の修行について来てくれたものだと感慨深くなってしまう。


 さっきルイくん使ったのは人間がよく使う基本的な魔法「五色魔法」の上位に値する魔法『暗黒魔法』だ。

 魔族の中でも一部のエリートしか使えない特別な魔法、ルイくんは見事それをマスターしたのだ。


「本当に……本当に、よくやったわね……」


 彼とここで過ごした日々が頭をよぎる。

 決して順調とは言えなかった。辛く、苦しい修行の日々だった。


 でも不思議と楽しかった。

 ルイくんが来るまではここでの日々がこんなに楽しくなるだなんて想像もしなかったくらいだ。


 でも、その楽しい日々ももうすぐ……終わる。


「テス姉……?」


 私の顔を覗くルイくんが困惑の表情を浮かべる。

 いったいどうしたのかしら?


「泣いているんですか……?」


「え……?」


 気づかぬうちに、私の目からは一筋の涙が流れていた。

 涙なんて生まれた時以来流した記憶などないというのに……。


「ふふ、まさか最恐の魔王とまで言われた私があなたみたいな少年に泣かされる日がくるなんてね」


「ええっ!? 僕のせいなんですか!?」


「そうよ。反省しなさい」


「せめて何でか教えてくださいよ!」


「ダメです。自分で考えなさい」


 いつも通り、私たちは下らない会話を繰り返す。

 近く訪れる別れを今だけでも忘れられるように。





〈人物ファイル〉


テスタロッサ・Sサタニキア・ハーレクィン・ノーデンス


〈種族〉魔族混沌血種カオスブラッド

〈称号〉魔王

〈年齢〉17歳(歴代最年少魔王)

〈技能〉極位魔法、暗黒魔法、[Secret]、気功術初段

〈能力〉魔力:SSS 気功:A 筋力:S 知力:SS お姉ちゃん度:SSSS


彼女が14歳の時に開催された魔王を決める武闘大会に出場し、全く注目されてなかったにも関わらず圧倒的な魔力と魔法技能で並いる強者をなぎ倒し″魔王″になった若き女魔族。

実は彼女の友達が勝手に彼女をエントリーさせており、彼女自身は魔王になりたい欲はなかった。

しかし頼まれたら断れない性格の彼女は、魔王の責務を天性のカリスマ性と知識を活かし次々と完璧にこなす。持ち前の美貌も合わさり歴代最高の支持率を得た彼女の躍進は止まることを知らず魔族は急速度で発展を遂げる。

彼女が勇者に葬られたと報じられた時、魔王都は魔王の死を嘆く声が7日間絶えず鳴り響いたと言われる。

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