第24話
観られているとかなり緊張する。つーか、怖い。特にナンノの視線が怖い。
悪口聞かれてたんじゃないの?
そんなはずはない。結構離れていたしそもそも悪口だったのかも怪しいし。地獄耳って言葉があったっけ? どこでも悪口が聞こえるような意味だと勘違いしそうだけれど、一度聞いたら覚えているとかそんな意味だったはず。そうなればナンノは地獄耳だ。昔の恥ずかしい台詞を覚えていて復唱された記憶があるから記憶違いじゃない。怖いよね。
それのみか。この部屋はなんなのだろう。ああ、そういうえば彼が云ってた場所なのだろうか。紋章だったかなんだったか文字が並んでいて一見にしては理解できない。赤い崩れた文章は何で書かれた物なのだろう。考えたくない怖いところなんだと理解しておくだけにとどめておこう。並べられた蔵書はどこかで見た覚えのある物であって中身を開いて見たい気がしたけれど、それは許されないといわんばかりの女性の表情が怖い。
「アナタはどうやってここへ? 易々と入れる場所ではないのですよ」
「旅人……」
「! アナタが!」
あ、どうもお久しぶりです。
ナンノのそばに立っていた女性は後ろに立っている二人の女性を見た。軽く頷く二人にも見覚えがあった。もう一人の女性ももちろん見覚えがある。となるとそうなるわけでナンノがいるのならそうなるわけで間一髪間に合ったらしい。間に合ったからどうにかできるわけではないけれど、とりあえず可能性はあるらしい。
「ナンノの代わりにワタクシを殺しにでも来たのですか?」
いえ、違います。
「露骨に嫌な顔をしますね」
連れ戻しに来ただけです。
「…………」
「では、娘のどれかを種付しに?」
娘さんをなんだと思ってるんですか?
「「「…………」」」
「いいですよ。二人とも連れて行ってもらっても。場所も貸し与えましょう」
いえ、違います。
人と大きく関わり合いを持たなかったから苦労はあまりなかったのだけれど、関わりあって意図を組んでくれる四人は感謝しかないなと思う。心を曝け出さなければならないのは辛くても。
「違うのですか、ナンノを連れ戻しにきたとでも?」
俺はうんうんと二度ほど頷いた。
「…………」
「黙っていてそっぽを向かれていますよ」
…………。
意図が通じてナンノを見てみればこっちを見てはいない。
うん、怒っているのだろう。勝手に逃げてしまったことについて怒ってるらしい。
「怒ってなどいません」
「…………」
話を聞いてもらっていいですか?
「言わずとも解っています。ホクトに頼まれたのでしょう?」
正解。
「旦那様は簡単に愚妹の願いを叶えてはいけません。だから、すぐに頼ってしまうのです」
叶えた覚えはないですが?
「叶えているのです!」
そ、そうですか、そんなに怒らなくても?
「怒ってなどいません!」
怖いよぉ。
「何故、いつもそうなのですか?」
何がですか?
「余計なことばかりして」
何がです?
「とぼけてばっかり!」
やばい、怖い。
貴女たちの姉はやっぱり超怖いです。
声をかけづらくともここまできて何もせずに帰るわけにはいかなかった。
あ、あの。あとから愚痴は聞きますのでとりあえず帰りませんか?
「帰りません!」
そ、そうですか。
「おほほ。ナンノを怒らせたら怖いですよ」
標的は貴女なのでは?
周囲の女性は何故に死を覚悟できる人々で固められているのだろう。
ナンノ。
「…………」
ナンノ。
「…………」
返事すらしてくれなくなった。
一旦帰ろうか。
なんとなくの直感だけれど、いますぐ進捗がありそうには思えない。
反応してくれないのを知っていて勝手にお願いしてみる。
ちょっとだけ時間をください。また、来ますから。
「…………」
それで最後に一つだけ。
言っておけるなら言っておいたほうがいいだろう。今後何があるか判らない。タイミングがあるだけ運がいいのだから。
いまだけを見ろだなんて言って、ごめん。
ずっと、話を聴いてやれなくて、ごめん。
「…………」
話は聞いてくれそうにないと三人に相談してみよう。格好つけて出てきて手ぶらで帰るのは毎度だけれど、こんな人間です、今後期待しないでくださいと言える実績ができた。願いを叶える人間ではないと証明されたのは良かったのかもしれなかった。
どうも失礼しました。
「はい? 彼は一体何をしに?」
踵を返す。と腕の袖に引っ掛かりを覚えた。そっちを見ると俯いたナンノが軽く掴んでいる。彼女を見る。やっぱり、と思う。顔化粧が下手くそだった。
今回も彼女を怒らせた俺が原因なのだろう。
ナンノ。
「止めてください! そんな、優しい言葉をかけないでください! 声を聴いてしまうだけで、旦那様にこんな私を押し付けたくなる。私はここで壊れるべきなのです――」
自分を殺しにきた女性は、顔を隠しながら気持ちを声にした。
怒ってなどいないか。
怒ってると思ってた。
だから、声をかけてくれないのだと勘違いしてた。
人の気持ちを察するのは難しい。
考えて考えてみても声に出してみなければ相手に伝わらない。正しさに向かっているのか間違いに向かっているのか。どちらにしても自分自身では結論づけられない。最終的に自分の結論を善悪で決めるのはそれを見届けた他者なのだから。
女心なんてものは論理的ではない。
道理でも理論でもなく感情。
感情が本質を伝えてくる。
ぽろぽろ落ちる雫が耳朶に触れるように。
隠せていないと解っていながら。
それでも嗚咽を呑む。
――嘘が嫌いです』
――嘘が嫌いです』
――私は嘘が嫌いです』
『――嘘だらけの私が大嫌い――』
…………。
ああ――そっか。ずっと君は云っていたんだね。
ナンノ、いま聴こえたよ。
「……だんな、様?」
俯いた顔を起こすよう顎に手を当てて彼女を見た。
なんだ、君も俺と同じで〝うそつき〟じゃないか。
「あ」
だったら、ナンノ、君はもう君を考えなくていい。
「旦那様……」
君は大層な人間なんかじゃない、普通の女の子だ。ただの三人の姉に過ぎない。
「…………」
君が云ったよ、君たちは拾われた人間なんだと。ナンノに自分で人生を壊す権利はそのときからない。君たちは君たちの物ではないのだから。
「……あぁ」
だから、君の意見は通らない。これからの君の人生は俺が勝手に決める。俺は善人にはなれない。君の本質なんて知ったこっちゃない。君たちを拾った俺がよければそれでいい。姉妹仲良く笑ってればそれでいい。感情によって揺れ動く善悪で構わない。
俺はそんな狂人らしい嘘を吐く君たちが好きだから。
「――あ」
本質に従う俺は君たち異常に《悪人》だ。
「……旦那様」
これは命令だ、口答えは許さない。
「……は、ぃ……」
泣きながら彼女はしっかりとホントに泣いていた。
久方ぶりに自身の本質を思い出す。
この世にあるのは正義ばかり。人は正しく有り続けて。
俺は常に合わせられない。
夢で見た景色がここと重なって、
家族、一族、知人にかかっていた砂嵐が薄れていく。
呵っていた彼らは少し淋しそうな顔をすると優しく手を振った。
そっか。思い出した。
ここが俺の終わりで始まりだったのか。
ああ、もう、逢えないんだね。
もう、彼方たちの世界には戻れない。
だから、さようなら。
俺の元いた世界。
「ワタクシの愛しき人を汚すキサマは何者か!」
俺は君らの云う、犯罪者。
「ナンノナンノナンノ、どうしてワタクシでは駄目なのですか?」
泥棒が得意なのは盗むこと。
「ワタクシはこんなにも愛しているというのに」
君たちの世界から英雄を奪う。
「ナンノ! ワタクシを殺してくれないのですか!」
「アスカ。彼方との出会いは私にとって奇蹟でした」
ぎゅっと、了承なしにナンノの体を触って両足を地面から離した。なんて、彼女は柔らかないい香りなんだろう。
「行かないで!」
いや。ナンノが行くんじゃない。
「「「え?」」」
きょとんした表情をした女性たちに俺は伝った。
この女は俺の物だ。だから、返して奪う。
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