第終章

第23話

「こつこつと響き渡るアナタの足音さえ、夢心地に誘われる」

「詩を唄う趣味がありましたか」

「いいえ。ナンノに逢えた喜びが詩になっただけです。あぁ、美しい。ナンノ、幾年月ぶりでしょう。あの頃からなにも変わっていない」

「愚妹がお世話になりました」

「いいえ。兵器を使っただけですからお礼は必要ありません」

「自分も使われたのではありませんか」

「そうでしょうか? どうでもいいのです。ワタクシはナンノに逢えればそれでいい。さあ、お茶でも飲んで話そうではありませんか」

「談笑をするつもりはありませんよ。彼方を殺すだけです」

「まあ、素晴らしい愛情。ワタクシはアナタへの殺意はありません。それでも殺してくれるというのならこんなに喜ばしい事実はないですわ。ちゃんと殺してくださいね」

「その二人も」

「ええ、勿論。ワタクシの娘でありワタクシですから」

「不憫です」

「不老不死からすれば転移魔術は欠陥そのものですよ。記憶を自分の子に植え付けてそれはホントに自分自身なのかと思う時もあります。ワタクシがワタクシであると解かるのは記憶しかありません。それにゆえに価値が存在するのです。


 熟練度をワタクシは記憶だと思うのです。知識と呼んでもいいのですが。知識があったて魔術を扱うにしても引き出すための耐久性が必要となります。それは魔術を扱うだけの身体能力、体躯。


 知識があっても魔力のない小さい掌で握り潰せるものが限られているように、魔術を扱うエネルギィは身体能力、体躯に比例して宿るモノらしいのです。


 転移するのは血縁者でなければいけない。転移しても生育しなければいけない。失敗しない保証はない。そんな手間がある転移魔術はなんて不憫なのでしょうね?


 不老不死であればすべてが解消されます。だから、望んだのです。それはナンノが一番解っているでしょう?」

「…………」

「ごめんなさい。責めてるつもりはないの。ただ、話したいだけ。


 何を話していたかしら? そうそう。


 長い時間生き続ければ記憶は薄れていきます。人は忘れる能力で脳を保護します。キャパを超え壊れないようにしているのです。ワタクシは定着させる記憶に優先順位をつけています。ますはナンノのこと百パーセントではないのは許してね。あとは魔術について転移するに必要な記憶は覚えておかないとセンスである魔術は扱えなくなります」

「そんなに生きて何をするのです?」

「アナタと一緒にいたいそれだけ」

「最初はそうではなかったでしょう」

「アナタに出会う前は忘れてしまいました。出会いはいまでも覚えています。ワタクシはこの髪色が嫌いだった」

「…………」

「自身の性格のように何色にも染まってしまうこの色が嫌いできらいで。幼子だったワタクシはいつか死んでしまえるのを心待ちにしていた」

「…………」

「アナタが褒めてくれるまでは。人は必死になれば常識を非常識に非常識を常識に変えられると理解していなかった。アナタと一緒にいたいと願い続けて禁術を見つけて臨床実験を繰りかえして不老不死だとナンノに吐いたウソをホントにしたかった。不老不死になるのをアナタが望まないのは知っていた。それでも一緒にいたかった。独りでいるアナタのそばにいてあげたかった。アナタが認められない世界を憎んだ。アナタの所為ではない。憎しみがワタクシに力をくれたのです」

「…………」

「ここの文字を解読できればその限りではないのかもしれない。文字を羅列した魔法陣により魔法を使う者は過去に居たとこの場所が示している。そうしたらナンノは特異体質などと嘘を吐いて人を遠ざけなくて済むようになるわ」

「…………」

「ナンノ、貴女の不老不死の秘密はここにあると感じています。しかし、ワタクシにはそれが解読できていませんがいつかワタクシがアナタのために奇蹟を起こしましょう」

「余計なことです」

「ワタクシはそう思いませんよ」

「彼方が作った世界も」

「喜んでくれると思ったのに」

「アナタの作った世界は旦那様には合わないようなのです。この世界は善人には生き辛い」

「善悪は関係ないわ。ワタクシはアナタだけに都合がよければいい。いまの世界では満足できない。ならばナンノのためにまだ改善が必要ね」

「ですから」

「しかし、トラベラさん? ナンノが旦那様と呼ぶだけあって大した人物でした」

「会った、のですか?」

「あら、焦る表情は可愛らしい。やっぱり最後まで事を進めておくべきでしたね。心配しなくていいわ。ワタクシの計画は失敗しましたから」

「計画? 彼方、まさか?」

「ワタクシの考えを覗いてくれて嬉しい。転移は自身の血族ではないと成功しない。そうです。子種をいただこうと思いまして。アナタの尊敬する方の血族ならアナタがワタクシを愛してくれる」

「なんてことを!」

「ナンノ、アナタは自分自身を軽視しすぎています。ワタクシが異常と思うのならそんな存在を量産させてしまう存在であると自覚しなければなりません。ワタクシだけではないでしょう? アナタが呼ぶ妹もそう」

「…………」

「否定ではありませんよ、肯定です。そんなナンノ、アナタは頂点に立つべき存在なのです。嫌なら立っているだけでいい。ワタクシはいつまでも一緒にいますから頼ってください」

「……やっぱり、そう」

「どうしました?」

「私がいたから人殺しが当たり前となったのです。私がいたから英雄が讃えられるのです。私がいたから失敗作が生まれたのです。私がいたから妹が苦しむのです。私がいたから彼方が狂うのです。私がいるからいつか旦那様だって……」

「ああ、ナンノ……」

「死ね、ない、私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が」

「ナ、ナン、ひひィィィ!」

「コワレ」

 こんばんは、ナンノに用があるのですが。


 存在を現すとそこにいる全員がぎろりとこっちを見た。


「「「た」」」

 あ、なんか、すみません、お邪魔でした?

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