第21話

 無力さを知ってもなお泣き崩れつつ、姉へと弱い拳を叩きつけたホクト。そんな姿を淋しく眺めるナンノ。そんなところへ空気の読めない人が一人。


「このホクト! マジで腹パンしたな!」


 姉妹に飛ばされ続けた女性はダメージを受けたのか疑わしほどの動きで快活にやってくる。むしろ元気にしてしまった感じだった。


「あれ? お姉ちゃん?」


 二人の姿を見てこっちに振り向いて訊ねてくる。


「おい、セイホ。どうなってんの?」

「姉上とホクトが喧嘩中」

 寝たふり。

「ぬし様。ありがと。元気げんき」


 自重が軽くなる際に彼女の指を見ると、真っ白に戻ってる。ふらつく様子もなくトウマとは対象的に品よく立って戦ってる二人を見ていた。


「あれ? いつから短髪になった?」

「ぬし様、似合う?」

 ショートカット、可愛い。

「なんでセイホだけ? 僕の髪型も褒めてよ。おい、こら、無視すんな」

「普段はあざといくせに」

「なんだと」

「腹パン、痛い?」

「全然。あいつ手加減したな」

「そう? ぬし様を殺すのは本気だった」

「手は?」

「慣れた。次は大丈夫」

「ふーん。こっちは大丈夫なわけ?」

「攻撃は最大の防御? あれホント? 自分は防御に専念したほうがいい」

「知らんけど」

「いまの盾は姉上が本気で殴ってきても耐えられる」

「そっか。いまはあるじ様に埃一つ飛んできてないもんな」


話を続けながらトウマは俺に背中を向けておんぶでもするかのように両腕を引っ張り遊んでいる。視線を下ろすと谷間を見る好ポジションなんですけど、大丈夫ですか?


「ほら、あざとい」

「ん?」

「昔を思い出す。姉上、ああやって、ホクトの相手をしてた」

「ここまで大規模じゃなかったけど」

「似てたから相手にできた」

「どこが?」

「心が脆いとこ」

「僕たちは玩具と干渉できないもんな」

「そう」

「村であるじ様が助けた子供の名前なんだっけ?」

「さあ。その子供の名前なら覚えてる」

「あるじ様がつけたから?」

「ぬし様には興味がある」

「子供が壊れても悲しくない?」

「兵器はそう。でも、ぬし様が死んだから自分たちは悲しいと思えるようになった」

「うん」

「少しだけ変わったみたい」

「じゃ、二人は駄目じゃん」

「最初から言ってる」

「そうだった」

「世界で一番強いのに弱い」

「あんなに強いのにな」

「どっちかが壊れるかもしれない」

「壊れたら僕たちが治せばいい」

「そうね」

「トウマ」


 離れた場所から声がやってくる。


「はーい。あるじ様。お姉ちゃんに呼ばれたからちょっと行ってくる」

 了解です。


 トウマは両手を放すととことこと二人の元へ走って難なく辿り着いた。


「終わった?」

「ええ。ホクトを頼んでもいいですか?」

「うん。もう、体がでかいくせに子供みたいに泣きながら寝てるじゃん」

「そうですね」

「一人で無理するからだよ。この莫迦」

「許してあげてくださいね」

「姉妹だよ? いつもしてる喧嘩だし」

「愚問でした」

「お姉ちゃん」

「なんでしょう?」

「僕たちは我慢強いからね」

「…………」

「お姉ちゃんに似ちゃったから諦めて」

「…………」

「それに強力な主君もできたし、今度は早いよ」

「…………」

「そいついろんな意味で重たいでしょ? 僕が持つよ」

「任せます」

「自分で行くって決めたんでしょ? なら、いってらっしゃい」

「迷惑をかけます」


 トウマはナンノからホクトを受け取ると踵を返した。自身の体躯よりも大きい人物を軽々しく抱いたままこっちに向かってくる。ナンノは立ったままだった。少し安堵した表情で愚妹たちを眺めていた。俺はナンノから目を離さずにいる。


「おまたせ」


 トウマがホクトを抱きかかえてやってきたのを確認して視線を戻した。


「トウマ、ホクトの衣類の予備はある?」

「あるけど?」

「汚れだらけ」

「着替えさせる。それがいい。ぬし様。鑑賞する?」


 あの二人に訊きたんですけど。

「「何?」」


 俺は一点を見つめたまま三人に訊いた。


 ナンノはいつから俺のように逃げるのが上手になったんですか?

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