第16話
「あ、怖がらないでください。そんな乱暴をしようとかしていたわけじゃないです。させようとしていただけで、いえ、強姦を望んでいまして」
真実が漏れすぎです。
「逃げないでください。あれ、なんて説明すればいいのかしら。罪の意識を持っていただければ責任をとっていただけると思いましてそんな言い方をしてしまいました。その一度では着手するとは限りませんからどろどろと関係がもつれていけばつまるところ子供が生まれると言いますか。はい! ただ、旅人さんの子種が欲しかっただけなんです!」
…………。
「どん引きされてるじゃねぇか」
アダチは不遜に云い放った。さっきまでの羞恥心などなかったかのように腕を脚を組んでこっちを見ていた。隣のアビルは頼もしくなったアダチに問う。
「説明不足でしたか?」
「過多だ。いらん内情まで説明すんな。赤裸々に語るなよ」
「しかし」
「解った。信用だろ。解ったから!」
アダチは体から空気を吐く。
「旅人。女としてはさ。あそこまでやられると子種が欲しくなるというか」
なりませんよ。
「その顔、お前。否定したろ!」
なるほど、これが妄想でなければ俺たちは死んだようだ。
気を失ったあと全滅したと考えるべきだろう。死んだと自覚して死ぬのは珍しいのではないだろうか。一人納得していると黙っていたアラキが声を出した。じーっとこっちを見ている。顎を掌で支えてこっちを観ている。胸ぐらを掴まれた感触が忘れられない。普段黙っている人ほど怒ると怖いのがよく解った。
「旅っち。好きすき」
…………。
「好きすき」
そんなに前のめりになると溢れますよ?
俺は鈍感ではない。少なからず嫌われているわけではないようだ。だけれども、一体全体この急展開はどうしたのだろう。死んでいると仮定するのも胸の微かな痛みがあるので初めから可能性の内には入っていない。頭を抱え情報が錯綜して混乱している中、三人はこそこそと話を始めた。
「旅人さんにワタクシたちの体は魅力的ではないのでしょうか?」
「自慢じゃないが魅力的だろ。瑞々しいし柔らかさもある」
「この衣装が原因だったり?」
「地下の書物に記されていたのを特注で作ったのですよ?」
「どこにもない物だからって良いわけじゃなかったかもな」
「でも、こっちが恥ずかしいから性癖に何かしら影響を与えたはず」
「さっき、じろじろ見てくれていましたわ」
「じゃあ、そっちが原因じゃないとして」
「肝心なところを説明してない」
「え、どこでしょう?」
「旅の目的とか性格とか」
「ああ! てっきり話してたかと」
「それだ!」
「それそれ」
三人は居住まいを正してからアビルが軽く咳払いをした。
「旅人さん。ワタクシたちの旅の目的を話していませんでした。目的が判らないままだと犯しづらいですよね」
人を変態扱いしないでもらえます?
「旅の目的は伴侶をみつけることだったのです。
昔から性格がちょろくて、ちょっと優しくされただけで開いちゃうんです。いや、ワタクシ自身が開いた覚えはないんですけど。誰も彼も好きだと言っていたらビッチの蔑称をいただきまして近づくと食べられてしまうそんなものだから王宮で誰も近づいてくれなくなってしまったのです。それで外の伴侶を探す旅に出ました。
旅に出たのはいいのですが王宮とは違い視線を向ける場所に男性ばかりいるもので気がついたら手当たり次第接触してアダチは気に入った男性を見たら喧嘩を売って拒絶され。アラキも気に入った男性を見つけたら暴君になったりして、そんなところで旅人さんと出会ったのです。ワタクシですか? ワタクシは勿論口八丁て八丁でどん引きされる始末です」
では、俺もその人たちの一員なので逃げさせてもらいます。
「ちゃんと話は最後まで聞けって。そのな。あの、旅人と出会うまではそんな性格だと思ってたんだ。でも、お前に対してはちょっと違ったんだよ。色々と迷惑をかけて、終いには助けてもらって。結構強さには自信があったわけだ。それが、なんだ、未熟さを知って、心がきゅんとなった」
さっぱりと物言いが薄れて視線を外して戻す作業を何度が続けるアダチだった。
「好きすき」
…………。
話をすべからく聞いみて、それでは行いましょう、となるはずもなく俺の危機感が増して増していく。
彼女たちの求愛行動は彼女たちの感情から生まれたもののはずなのに、どこか妙に本質がずれている気がする。言葉で覆い隠してもっと大事なモノのための通過点であるかのような素振りが見れた。
姉妹であるけれど、姉妹であるがゆえにあまりにも統一されすぎて、単純に気持ち悪い。
一つのホントの感情しかないような。
――感情ほど環境に左右されホントとウソを混ぜ込んでいるモノはない』
彼女たちが自分を大事にしていないのがもっと気持ち悪い。
我が儘とか自分勝手だとか自己中心的だとか自分自身を優先しているのなら別段深く感じもしなかっただろう。けれども、彼女たちからの雰囲気は自分自身を道具として扱っている嫌いがある。
「身分とか気にされてますか?」
見るとアビルがこっちの表情を覗こんでいた。
「問題ないですよ」
不安を蹴散らすよう笑みを浮かべる。
「既成事実があってしまえば周囲の関係は瑣末な問題に過ぎませんから。堂々としていただいて顔となってもらえれば権力や財力を好きなように使っていただいて構いません。ご心配なく、一生では使い切れませんよ」
誰もそんな心配はしていません。
「願望が現実になりますから」
随分と前にホクトが最強だとかアイデンティティとかの似たような話をしていた。女性からすると俺はそんな人間に見えているのだろうか? うん、そうだろう。職業が職業だ。口にしていなくても所作によって感じ取られているのかもしれない。
そうだったら尚更関係してはならない人種だ。
「さてさて。そういうわけですから性欲だけでお選びください。無理矢理だとか望んでないとかワタクシたちにそんな気持ちはないですよ。単純にアナタに愛してもらいたいだけ。国民を護りたいだけ。全員愛してくださいね。喧嘩はしたくないですから、選べないなら一度に三人同時でも大丈夫ですから」
そこで三人はあからさまに恥ずかしそうな顔をした。橙色のランプの光では隠せないほど羞恥心いっぱいの姿は男を虜にするほどのフェロモンが確実に分泌されている。
今日が自分の好転機なのかもしれない。昨日まで半分は死んでいて生き返ったほど運気が向上している。未来が視覚化できるほど、別の世界にやって行こうとしているのが理会できる。願いが望みが叶ってちっぽけな塵芥になってしまうほど、あまりにも魅力的な全てがここで完結する。完結する?
――本質にお従い下さい』
云われなくたって知ってます。云われなくたってやってます。
従ってなければ貴女から逃げてません。
従っていればいまごろみんなでわいわいやってます。
ずっと自分はそうなのだ。いつも自分はそうだった。
扉か出ると一本道だった。自分の人生のように迷うことなく進んで突き当たりの階段を登ってくと再び扉がやってきた。鍵がかかっていたとしても職業柄困った経験は最初の頃しかない。
扉の向こうは木製の椅子やテーブルが数多く並べられており、窓口のあるカウンタがいくつもある。申請窓口、依頼窓口、受注窓口、報酬窓口。ここはギルド。あまり関わりのなかった施設。施設内に人の気配が一つもない。ギルドに人がいないのは異常事態だと知りつつもなんとなく理由は解っていた。
歩くと床が軋む音がする。足取りは元に戻って健康体。出入り口を見つけ向かっていくと鍵はなく簡単に外へと出られた。視界は夜。闇夜の中、俺が出てくるのを知っていた彼女は不敵に笑みを浮かべながらこっちを見ていた。死臭が漂う言葉通りの死屍累々の中央で真っ白い衣類は汚さず自慢げに声を漏らした。
「乙女の勇気を応じてあげないなんて、やっぱり悪逆非道だわ、ご主人様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます