去る年

エリー.ファー

去る年

 逃げるべきだ。

 ここにいては、助からない。

 余りにも残酷な事象が迫ろうとしている。

 誰かに伝えて私も逃げるとしよう。

「あの、何が起きるのですか」

「宇宙人がやってきて、人類を死滅させようとしているようです。ここも危険区域になります」

「それは、知りませんでした。ありがとうございます」

「それより、あなたはどこから来たのですか」

「センテネアです」

「あぁ、それはいけない」

「どうしてですか」

「センテネアということは、宗教は」

「コルチオ教ですが」

「いけません。この辺りでは、コルチオ教徒によるテロ行為が頻発していて、イメージが良くないのです」

「コルチオ教の中でも過激派の行動なのですが」

「分かっています。しかし、それでもイメージの悪さというものまでぬぐうことはできないでしょう。あなたが悪いとか、コルチオ教に問題があるか、ということではないのです。とにかく、今現在のあなたの立場は決して良くはないのです」

「どうすればいいですか」

 さて、困った。

 多くの事象から考えれば、これらは一気に解決できるようなものではない。コルチオ教の友人はいるが、このあたりには住んでいない。かくまってもらうには距離がある。連絡を取るための手段も持っていない。

 悲劇は近づいているが、そもそもこのあたりにも悲劇は充満している。上がっていくようなものではなくむしろ下がっていく。地を這うような絶望である。

 私の移動手段は徒歩だ。車も持っていないし、飛行機も持っていない、まし手や宇宙船もないのだ。

 私一人でも大変なのに、そこにもう一人。

 逃げ切れるのか。

「このあたりに、あなたの中までコルチオ教の方はいらっしゃるのですか。いや、いらっしゃらないから困っているということでしょうか」

「えぇ、まぁ、そうですね。分かりました。ご迷惑をおかけしました。自分でどうにかします」

「いや、いけません。いけません」

「いえいえ、教えて頂けただけでも、非常に助かりました。これより先については自分でどうにかします」

「自分でどうにかできるようなものではないですよ」

「分かっています。でも、自分の命くらい自分で守らないと」

「まぁ、そうですが」

「すみません。ご迷惑をおかけいたしました」

「さようなら」

 命は大切だ。

 そうなれば、時間も大切だ。

 私は私を大切にしなければならないようだ。

 そのまま別れた。結局、もう二度と会うことはなかった。

 間違いなく、私にとってなんということのない出会いである。きっと、何に影響を与えることもなく、忘れてもいい事象である。

 しかし。

 私はなんとなくその相手のことを憶えていた。目が生きていて、髪の色は赤色、眼鏡はかけていなかったが、ピアスをしていた。

 落ち着いた雰囲気。

 私とはまた違う道を歩んでいることを感じさせる仕草。

 人類はほぼ滅んだ。

 地球上には少数の人間しか生きておらず、皆言葉も使わずテレパシーのみで会話をする。体に急に現れた進化は、非常に有用なものではあったが少しずつ人類が別の生き物になっていく転換点のように思えた。

 私はもう言葉を失くしてしまった。

 喋り方など分かるはずもない。

 春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て。

 私のことを好きになってくれる人に会って。

 そして、それから。

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去る年 エリー.ファー @eri-far-

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