呑み込みの早い世界に

川字

プロローグ:呑まれる

 ”それ”は大きかった。私をひと呑みなのだから。

 蛇に丸呑みにされた人の話をときどきニュースで聞く。あの人たちは、暗く、狭い、そのあなの中でなにを考えただろうか。そして、私はなにを考えるだろうか。白から黒へ移り行く世界に、とうとう全身が染まった。

 咀嚼そしゃくは、ないようだ。次の瞬間、嚥下えんげだろうか、一挙に引きずり込まれると、粘膜の蠕動ぜんどうで周期的に締め付けられては解放され、徐々に奥へと運ばれる。この種は粘膜が灰白色から褐色に近いようだ。赤血球がヘモグロビンではないのだろう。そもそも酸素呼吸ですらないのかもしれない。なんとなく頭に引っ掛かりを感じる。ついに噴門ふんもんか。

 ここまで来て、自分の性癖の意固地さが少し可笑しくなった。死神の歩く道ですら、それがなにか気になっている。まあ、いいか。こいつが脊椎動物なら、もうすぐ確実に生を溶かされるのだ。自分の頭くらい、最期まで好きにさせてやろう。

 次第に拘束が脱がされ、空間へ吊られる。腕まで解放されたタイミングで、塗れた粘液を拭い、ついの床と対峙する。さて、胃の内腔は……。


「石畳?」


 思わず口に出る。そこは広場だった。

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