ガラスのうさぎ
西園寺 亜裕太
第1話
5時間目の授業が終わり、理科室から戻ってくると、教室内ではウサギのガラス細工探しが始まっていた。
「ねえ、奈緒のウサギどこにいったか知ってる人いる?」
声量のある横山佳奈が大きな声でクラスメイトに問いかけているすぐ横で、佳奈の親友の東堂奈緒が目を潤ませながら机の中やカバンの中を必死に探していた。
「奈緒が今日ウサギのガラス細工持ってきてたの知ってるでしょ? それが理科室に行っている間になくなったんだって! ねえ、あれ奈緒の大切なものみたいだから、見つけた人いたら教えてあげてね!」
佳奈が大きな声でクラスメイトに問いかけ続けていると、誰に言うでもなく、大きめの独り言のような形で、頬杖をつきながら作ったような不安そうな声で
「さっきのお昼休み理科室に行く前には、奈緒ちゃんの机に置きっぱなしになってたよね? だったらあのウサギ誰かが盗んだんじゃないかな?」
瑠美香の言葉を皮切りに教室内はざわつきだした。
「誰か盗ったの?」
「うわ、人の物盗るとか普通に引くんだけど」
「よりによって奈緒の盗るなんてね」
奈緒はこのクラスで一番可愛くてオシャレなクラスのリーダー的存在である。その奈緒の物を盗るということが何を意味するのか、クラスメイトたちはしっかりと理解していた。それらの言葉を聞いて佳奈がまた大きな声で言う。
「もし奈緒の大切なウサギが誰かに盗まれたんだとしたら、わたしそいつのこと許せないと思う」
教室内の有象無象のどの子の発言よりもしっかりと芯の通った力強い声で佳奈が言い切った。
教室内では他人事として皆がめいめい非難の声を上げていた。
ガラスのウサギ紛失事件に関わっていない人たちからすれば、この騒ぎは平凡な日常の中で突如発生した楽しいお祭りみたいなものでしかないのだろう。
だが、その渦中にいて、現在進行形で教室の端っこで冷や汗をかきながら事の成り行きを伺っている子も教室内にはいるのである……。
中川紗枝はクラスの隅っこで怯えていた。誰かがわざとウサギを盗んだという方向に話が動いていることに、大きな不安を感じていた。
とくにその方向に話を動かしたのが瑠美香であるということに恐怖を感じていた。紗枝には瑠美香の目的が全く理解できなかった。
紗枝のブレザーの右ポケットに入っているウサギがまるで鉛みたいに重たく感じ、体が右側に傾いているような気分になってしまう。紗枝はすっかり頭の中が混乱しきっていたせいで、佳奈が近づいて来ていたことにまったく気づいていなかった。
「ねえ、中川さん」
「は、はい!」
突然佳奈に声をかけられて、紗枝の返事が思わず上擦ってしまう。これでは怪しさ満載ではないかと、不安な気持ちはさらに加速する。
だけど、幸い佳奈はそんな怪しげな紗枝の反応にはとくに違和感を持たずに、話を先に進めた。
「奈緒のウサギ、見なかった?」
「えっ……」
今も紗枝のブレザーのポケットの中で眠っているウサギの姿が脳裏に浮かぶ。
一刻も早く返さないといけないと思いつつも、先程の佳奈の怒っていた姿を思い出すと、ここでいまさら差し出しても許されないような気もして、躊躇してしまう。
それにこんなクラス中の視線が集まっている状況で差し出すという度胸を紗枝は持ち合わせてはいなかった。クラス中からの非難の声と軽蔑の視線の矛先にいる自身の姿が脳裏に浮かんでしまい、思わず身がすくんでしまう。
だけど、このまま黙っていたら本当に盗ったと思われても仕方がない。紗枝が逡巡しつつも何か返答しようとこの場にふさわしい答えを探していると、先に佳奈が口を開いた。
「ごめんね、知らないんだったらいいんだ」
佳奈は追及をさっさとやめてしまい、また別のクラスメイトの元へとウサギの聞き込みをしに行った。紗枝は口の中でもごもごと言葉にならなかった声を飲み込んだ後、去っていく佳奈の背中を見つめる。
そんな紗枝のことをニヤニヤしながら瑠美香が見つめていた。
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