細身な俺が筋肉でゲームの頂点を目指してみた件

つかもとたつや

第1話 選択ジョブは「ボディビルダー」

 誰しもが魔法使いや剣士になれる、夢のような没入型VRゲーム。「アルクロ」


スマホから簡単に仮想空間にダイブすることができ、しかも基本料金0円ということもあり全国で一躍ブームとなった今話題沸騰のゲームだ。


 俺の学校でも、今まで映えスイーツや友達とのお出かけ写真をSNSに載せていた子さえも、「昨日アルクロでね〜」と話題にしているほどだ。


自分をモデルにしたアバターで美味しいスイーツを食べたり、様々な都市や世界遺産を忠実に再現した世界を飛び回れるとなれば流行る理由も分かるだろう。


 そしてこのゲーム最大の特徴は、選べるジョブの多彩さだ。誰もが子どもの頃に憧れた魔法使いや剣士、その他にもテイマーや楽師、忍など上げていったらキリのないほどだ。


しかし、選んだジョブは1年間変更できない、もしくは3万円という高額での変更という制限もあるため、みんな悩みながら選ぶところでもある。


 俺はサービスが始まる前から選ぶジョブを決めていた。それはもちろん魔法使いだ。


魔法学校に通う子どもたちの小説や、魔法を扱ったアニメなどに触れて育った俺は、心のどこかで魔法使いになって自由にほうきで空を飛んだり、魔法を使って様々なことを杖一本でこなしてみたいという憧れがあったのだ。


 そしてめでたくアルクロを始めた俺が得たジョブはこれだ!



「ボディビルダー」



なぜそうなった……。

ことの始まりは高校でのできごとだった。


 俺の名前は細川広斗、どこにでもいる高校1年生だ。俺は生まれつきなかなか食が細く、太れない体質で運動も嫌いだったことから色白でほっそりとした体型だった。


 そんな俺が目についたのだろうか。クラスの乱暴者、熊澤武郎から”いじり”のターゲットにされていた。


体格がよく、身長は同じ180センチなのに見栄えが自分と全く異なる、いわゆるゴリマッチョなやんちゃ者だ。


 ついにアルクロがリリースされたその日に事件は起きた。学校を終えて帰宅しようとしていた俺は、熊澤とその子分2人から足止めをくらっていた。


 「すいません。あの……なんでしょうか」

俺が恐る恐る道を塞がれている理由を聞いた。すると熊澤は、黄ばんだ汚い歯を見せてニタニタと笑った。


「お前、うじうじしてて決められなさそうだからよ。アルクロでぴったりのジョブを俺が選んでやるよ」


熊澤は力任せに俺の肩を叩いて言った。そう、これがすべての始まりだった。


 次の瞬間、子分の一人が俺を羽交い締めにして、もう一人の子分が俺のスマホをバッグから無理やり取り出そうと手を伸ばしてきた。


「や、やめ……!!」

右腕を伸ばしてスマホがとられないよう必死に抵抗をする。それを見た熊澤が、血走った濁った眼でギロリと俺を睨みつけ、拳を握った。


「お前、分かってるよな?」

そう言って熊澤は俺の右腕を容赦なく思いっきり殴った。


「いっ……!!!!」

「ゴッ」という鈍い音とともにやってくる激しい痛み。あまりの痛みに涙がこぼれ、殴られた腕は今まで感じたことのない熱を帯びてドクドク脈打つ。


「俺の言う通りのジョブを選べよ。ほら、さっさとアルクロ起動しろや!」

大声で威嚇してくる熊澤に怯えながら、俺は痛む腕で言われるままにジョブ選択をした。


 そのせいで俺は、憧れの魔法使いとはかけ離れたボディビルダーというジョブを得ることになってしまった。


「よりにもよってボディビルダーってなんだよ……」

てか熊澤の野郎、星の数ほどある選択肢でよくこんなの見つけたな。暇人かよ。


魔法使いになれなくても、せめて異世界を満喫できるようなジョブを選択したかった。


しかし、仮になけなしのお金をかき集めてジョブチェンジしても、熊澤に今より苛烈な嫌がらせを受けるに違いない。


俺の異世界ライフは、異世界感のまったくないジョブでスタートすることが確定してしまった。


 最初はジョブを強制されたショックと殴られた腕の痛みがひかず、家のベッドでうずくまっていたが、いつまでもうじうじしていても仕方がない。


俺は意を決して自宅で改めてアルクロを始めてみた。先程アプリでジョブを選んでいるので、起動後すぐに「仮想空間にダイブしますか?」という表示が現れた。


 「ボディビルダーってのは納得いかないけど。とりあえず行くだけ行ってみるか」


まだ気乗りはしないものの、画面上の「Yes」をタップした。すると目の前が色とりどりの光に包まれた。


光に包まれてから数秒後、どこからか「ダイブに成功しました」というアナウンス音が聞こえた。


 そのアナウンス音とともに色とりどりの光が消え去り、視界がひらけた。

ダイブした先の空間は真っ白で、見渡す限りなにもない、雲の中にいるような感じだった。


想像していた仮想空間よりも随分と殺風景で戸惑っていると、上空から大きな耳のうさぎのような小動物が飛んできた。


淡いキャラメル色でツヤツヤもふもふした毛並み、背中にアニメで見るような白い天使の羽根を生やした生き物は、自分の前に降り立ってちょこんと礼をした。


 「ようこそアルクロの世界ヘ。今から私がこの世界の概要や楽しみ方を説明しますね。私はナビゲーターのルナです。よろしくお願いします」


自分のことをナビゲーターという手のひらサイズのかわいい小動物ルナは、丁寧な物腰で説明を始めた。


 「ここは、パーソナルな空間です。アルクロにアクセスしたらまずはここに来ることになります。そして、そこにある移動装置でオンライン空間に行きます」


ルナが短い指で右側を差すと、そこに淡く緑色に光るワープホールのようなものが現れた。説明によると、あれに乗るとオンライン空間へ移動できるらしい。


「でもレベル3まではこの空間からは出られないんです、ごめんなさい。そこについても今から説明していくので聞いておいてくださいね」

そう言ってルナは、アルクロの概要について話してくれた。


「とりあえず、次の3つが大事です。

・その1、レベル3になるまでは、自分だけのパーソナル空間内にしか出歩けません。ジョブによって固有のレベルアップ方法があるので、それをパーソナル空間で身につけてレベルを上げてください。あなたの腕に付いている端末が情報を通知してくれるので活用してください。

・その2、レベル3になるとオンライン空間が開放されます。ここで依頼やモンスターハント、様々な腕を競う大会に出場してゴールドや経験値を稼ぐことができます。

・その3、レベルが上がると、行くことのできる範囲が広がったり、受けられる依頼の幅が増えたりいいことづくめです」


「あとの細かいことは、実際に経験して慣れていってください。私はこれでおいとましますが、名前を呼んでくれればいつでも参りますので」


そう言ってルナはニコリと一礼して飛び去っていった。


固有のレベルアップ方法、まあなんとなく想像はついているけど……

腕時計のような黒い端末を操作して、ボディビルダーのレベルアップ方法を確認してみた。そこには予想通り「筋力トレーニング」とだけ表示されていた。


……そりゃそうだよな。ボディビルダーが筋トレしなくてなにするんだよ。分かってたよ、うん。


 そして問題は他にもあった。ジョブによって最初の服装、いわゆるスキンが決まっているのだが、ボディビルダーは上半身ハダカで下は短パンという異世界感ゼロの見た目だった。


それにアバターは自分をモデリングしているため、ヒョロヒョロで色白。VR空間なのに現実以上に出歩くのが恥ずかしいレベルだ。


衣装はこのゲーム内通貨のゴールドを貯めれば購入できるようだが、それまではこのみすぼらしい見た目でオンライン空間を歩かなければならない。


 しかし、この空間を楽しむためにも、まずはレベルを上げなくては……


生まれてこのかた、俺は筋トレをほとんどしたことがない。新体力テストの上体起こしでは、クラスの女子たちに負けて恥ずかしい思いをしたこともあったくらいだ。


 今まで運動ということから目をそむけてきた俺は、嫌々ながらも端末を操作し、レベルアップのための筋トレメニューを開いてみた。


すると、端末から空中に筋トレメニューが投影された。


1日目 メニュー

・ランジ 左右10回

・スクワット 10回

・サイドレッグリフト左右10回

・ヒップリフト 10回

各3セット 開始前後にストレッチ


 魔法のような言葉たちが並んでいる…… 筋トレって腕立て伏せとか腹筋みたいな感じじゃないのか?


幸いにもそれぞれのメニューには、きちんと解説動画がついているので、すぐにやり方は理解することができた。


それぞれ10回程度ならいけるか…… なんて言ってもここは仮想空間、現実とは違う。

負荷も俺の体に合わせて調整されている可能性がある。いや、きっとそうだ。さっさとレベルを上げて、少しでも異世界ライフを満喫するぞ! 



 「んぬぐぐぐぐぐぅーーーーーーーーーーーー!!!!!」

筋トレのキツさ、現実と全く変わりなし!



「1セット目のランジからきつ、すぎるっ!!」

開始5回目あたりから、太もものあたりがすでに悲鳴をあげ始めた。


 死にそうになりながらメニューを少しずつこなしていく。

ランジは体が横に倒れたりしながら、スクワットはしりもちをつきながらもなんとか回数をこなす。


サイドレッグリフトは2セット目から涙を流しながらなんとかやり抜けた。ヒップリフトをするまでは、尻がこんなに痛むものだとは知らなかった。


それにしても、なんでこんなに同じようなところばっか使わされるんだ、いじめか?と怒りも覚えた。


 そうして様々な葛藤を乗り越えて、なんとか最後のストレッチまで終えることができた。


「やり、とげたぞ…………」

汗と涙をだらだらと流し、空中に現れるリザルト画面を見る。


Exp +300 Lv.1→Lv.2

よく頑張りました!!という表示とともに、軽快なレベルアップ音が鳴り響く。


「おっしゃぁぁぁぁあああああああ!! レベルアップじゃああああ!!!!」

倒れ込みながらも、自然とガッポーズを取り叫んでいる自分がいた。

 

 VR空間でこんなにつらい思いをするなんてアホらしいと思っていた。しかし、疲れとともに増す達成感、それに頑張ったあとのフィードバックと演出。


これは案外悪くないのかもしれない。ここまで充実感を感じたのは久しぶりだった。運動嫌いの自分からしたら予想外の感情だった。


 「ん? なんだこれ?」

喜びと達成感でリザルト画面をニマニマして見つめていると、画面下部に「経験値アップのためのヒント」という項目があることに気づいた。


気になり開いてみると、筋トレでより効果的にレベルを上げる方法が記載されていた。


「まずはしっかりカロリーを取り、体重を増やしましょう」


ヒントにはこのように記されていた。しかしカロリーは現実世界で取るものであって、こんな何もない空間では取れないだろ?


疑問に思っていると、アドバイスの下部に注意事項があった。そこには、「本空間での筋トレ効果は現実世界に引き継がれます。また、現実世界での取り組みもVR空間へ引き継がれます」と記載されていた。


「これって現実でヒントを実践できれば、こっちの経験値にもなるってこと?」


これは今まで解禁されてきた様々な情報やネットでも見たことのない情報だった。これがボディビルダー特有のものなら、かなり有利にこのゲームを進められるのではないか?


「ルナ、聞きたいことがあるんだ!」

「はーい、ただいま!」

先ほど言われたとおり、名前を呼ぶとすぐにルナが飛んできてくれた。


「現実世界の行いがこのゲームの経験値に加算されるって、他のジョブでもあることなの?」


「他のジョブで聞いた記憶はないですね。かなり珍しいものなのは間違いないです」


やっぱりだ。異世界感のないジョブであることが理由なのか。何はともあれ、これはレベルアップに関して相当のアドバンテージになりうるのではないか。


 「ありがとうルナ。それと、ログアウトはどうやってすればいいのかな」

「いえいえ。ログアウトは腕の端末を操作すればできますよ」


ルナはそう言って穏やかな笑みを浮かべて丁寧にお辞儀をした。ルナにお辞儀を返して俺はアルクロをログアウトした。


 ログアウトを選択すると、またログイン時と同じ色とりどりの光に包まれた。光に包まれながら俺は、一気にレベルを上げて、ボディビルダーでこの世界をのし上がってやると決意していた。


憎き熊澤、こうなったらボディビルダーを選ばせたあいつを見返すくらいレベルを上げてやる。今に見てろ!


 そんな野心に燃えて現実世界に帰っている俺はまだ知るよしもなかった。ボディビルダーはVR空間の疲労度までも現実とリンクしていることに。


俺は帰ってから下半身の激痛でその後の筋トレはおろか、翌日の筋肉痛で学校を休んだ。嗚呼筋トレ、恐るべし……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る