一方その頃、領地では。 〜伯爵家でお留守番中の『使用人見習い達』合同会議〜

野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中

1通目 届いた手紙はほんの少し不安で『らしい』

第1話 最初(はな)っからちょと心配



 オルトガン伯爵家の本邸には、今主人達が居ない。


 季節は冬、10歳以上の子女達は親と共に皆王都で社交をして過ごす時期だ。

 今年はこの家の末娘が丁度10歳になる歳で、その為久しぶりにここにはこの時期、世話すべき貴族が居ない。



 しかしそれでも使用人達は仕事をする。


 ある者はスキルを磨き、またある者は主人の在不在に関わらずしなければならない仕事がある。

 その為「いつも通り」とはいかないまでも、皆それぞれそれなりに何かしらはやっている。



 そんな中、とある見習い兵士の少年が、使用人達の憩いの場・使用人棟の共同スペースにやって来て早々に、一通の手紙を放り投げた。


 ペシッという軽い音が、机を叩く。

 ちょうどその机を囲んで座っていた面々が、ほんの一瞬「なんだコレ」という顔をした。

 


 それが一瞬で済んだのは、消印が『王都』だったからである。


 宛名欄には『オルトガン伯爵領、伯爵邸。私兵団見習い・ユン様』という文字が。

 ひっくり返せば送り主欄に『王都、オルトガン伯爵邸。セシリア付き執事・ゼルゼン』という文字書かれている。

 彼らにとってはそれだけで、もう説明は不要だった。


「来てた」


 ぶっきらぼうなその声を、誰も気に留めたりしない。

 これがある意味彼の通常運転だという事は、この卓に居る者ならば誰だって知っている。


「本当に来たんだね、手紙」


 そう言ったのは庭師見習い・グリムであり、それに続いて「来たって事は、王都に着いたんだ。思ってたより遅かった」と言ったのがレディースメイド見習いのアヤだった。

 そしてそれに、デントが「いや、王都に着いてからすぐにこの手紙を書いて送ったとしても配達時間がかかるから、多分予定通りだったんじゃないかと思うよ? 確か片道15日の日程だったし」と言葉を返す。



 デントは御者見習いなので、勿論仕事場には今回の王都行きで馬車を出した人間が居る。

 こんなにも日程に詳しいのは、もしかしたらその人から予めそういう話を聞いていたからなのかもしれない。



 因みに私兵見習いのユンというと、王都までの強行軍にかかる日数が約10日だという事を知っている。

 15日の計画は、おそらく女子供にも無理のない、余裕を持った日程だろう。


 そんな風に思いながら、彼はちょうど空いていたグリムの隣に腰を下ろした。

   

 その間にアヤが机上の手紙を手に取って、鼻歌交じりに封を開け、その隣に座るデントと共に手紙へと目を落とす。

 


 目を通し終わるまでに、それほど時間はかからなかった。

 見たところ、用紙は一枚。

 それほど長文でもないようだ。


「へぇー、やっぱり王都は人が多いんだね。『馬車から見た王都は、人混みで目が回りそうだった』とか、どんなのかちょっと見てみたいな」

「デントとしては、やっぱり他の場所の景色が気になる感じ?」

「うん。それこそが、僕が御者を目指す理由だし」


 一通り手紙を読み終えた二人が、互いにそんな事を話している。

 まだ話は続いているようだが、ユンはそれより手紙を読む方を優先した。


 アヤが机に置いた手紙を、ちょうどグリムが手に取ったので、それを覗いて同じタイミングで読み進める。



 ―――


 ユンへ。


 お前らがあまりにも『セシリアの様子を報告するのはお前の義務だ』とか言ってたから、手紙を書くことにした。

 誰宛にするか悩んだ挙げ句、とりあえず一番当たり障りがなく比較的皆に情報共有ができそうなユン宛しておいたが、一応同期全員宛だ。

 回し読みしておいてくれ。



 さて。

 今日王都の伯爵邸に着いたんだが、思ったよりも凄かった。

 領地の屋敷よりも大きくて立派というか、何というか……。

 調度品から何から、すごく金を掛けている感じがする。


 伯爵家の人間は総じて無駄遣いが嫌いだからちょっと不思議だったんだが、聞いてみると「周りに舐められない為の必要投資」なんだとか。

 因みにそう教えてくれたセシリアは、嫌そうにその調度品を眺めていた。



 と、こんな風に書くと屋敷だけがすごい様に思えるが、王都は街もかなりすごい。

 綺麗な建物や整備された道路なんかは、伯爵領よりも先を行ってるように見える。

 しかし何より、人が多い。


 まだ馬車から見ただけだけど、平民街なんて場所によっては人の頭しか見えなかった。

 注意すべきはセシリアだ。

 アイツの目が目新しいものを前にすごい勢いで輝いていたから、コイツがこっそり街に出るような事が無いように、しっかり目を光らせておかないといけない。


 もしあんな所にセシリアを解き放ったら、きっと好奇心の赴くままに動いて道に迷ってしまうか、その辺で転んで帰ってくるだろう。

 曲がりなりにも伯爵令嬢なんだから、どう考えてもそれはマズい。


 ……まぁ社交活動があるんだし、平民街に降りる機会は無いと思うけどな。



 あぁそうそう。

 セシリアと言えば実は、王都に着く途中に休憩がてら寄った湖でアイツ、まさかの湖に落ちかけた。


 伯爵令嬢が社交界デビューのために王都に行く道すがらなんだから、流石に色々気をつけるだろう……と思っていた俺が馬鹿だった。

 どうにか入水は阻止したが、本当に肝が冷えた。

 まったくアイツは、何で毎度毎度何も無いところで蹴躓くんだ。

 誰かこの謎を解いてくれ。


 因みにこの件については、しっかりと叱っておいた。

 けどこの調子じゃぁ、社交界デビューの王城パーティーが今から不安になってくる。

 大丈夫かな、アイツ。

 そして大丈夫かな、俺。



 と、近況報告はこんな所か。

 まだ着いたばかりだから大して何かがあったって訳じゃないだろ?

 だから安心して次を待ってろ。


 次の手紙がそっちに届くのは、多分二週間後くらいか。

 これが届いている時期くらいが丁度セシリアの社交界デビューの日くらいだろうと思うが、その直後書いて送るから、デビューが何事もなく終わることを、どうかそっちでも祈っていてくれ。

 

 ゼルゼンより。


PS.


 そっちからは、無理に手紙を送らなくていいからな。

 ちょっとマルクさんに聞いてみたら、手紙の送料が結構高いみたいなんだ。

 俺は定期的にそっち宛てに送る荷物に一緒に入れてもらってるから自己負担ゼロで済んでるけど、そっちからこっちにはそういうのは無いらしい。


 無理に自腹切っても多分続かないし、どうせ送ってから届くまでにタイムラグだってある。

 前回のやつが届いてるのかどうか気にするのも面倒くさいし、一方通行が混乱せずに済んで丁度いいだろ?


 ―――



 一通り読み終わり、ユンは心の底から不安になった。


(セシリア、お前は一体何してるんだ……)


 結構軽めに書いているが、伯爵令嬢が誤って湖に落ちそうになるなど結構な大事件だ。


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