第7話

居達さんに最初にあったのはあの説明会でだ。説明会の最後に、アンジェリンの母親が急いで、立ち去ろうとしていた彼を後ろから引き止めた。アンジェリンは母親から少し 離れた所に待たされていた。       居達さんが振り返り、母親に言った。自分はもう話し終えたから行かなければならないと。だが母親は食い下がった。頼むから話を聞いてほしいと。            居達さんはイライラして嫌そうだったが、 仕方が無いからそこに踏みとどまった。  「あの、うちの子の事なんですけど…、」 「ですからそうした事は僕におっしゃられても。僕は個人個人の相談を今此処では聞けませんから。」             「あの、うちの子は普通の子とは違うんです!」                 「エッ?」               居達さんは不審そうな顔をしてやっと興味を示した。これから自分があちらで面倒を見る生徒達だ。何か問題があったら困る。   「実は、うちの子は混血でして。父親がアメリカ人なんです。だから見た目も日本人の子達とは違いますから。」          居達さんは母親の顔をジッと見つめて聞いていた。                 「今呼びますから。一寸会ってやって下さい?!」                そう言うと母親は急いでリホの名前を数回呼んだ。アンジェリン(リホ)が忠犬の様に、まっすぐ母親を見つめながら近付いて来て、目の前に立った。            「リホちゃん。あんた、居達さんにご挨拶をして。」                「うん、分った。」           アンジェリンは居達さんの方へ向き直ると、笑顔で「今日わ。」と言って頭を下げた。 そして頭を上げると、又笑顔で居達さんを見た。                  だが居達さんは彼女をジッと見るだけだった。何も言葉を発しない。只ジッと顔を見てから直ぐに全身を上から下まで眺めて、黙っている。                アンジェリンは驚いて、顔が強張った。そして思った。何か自分は見透かされていると。自分の事を、自分の境遇や環境を一瞥で見抜いたのだと。              母親が直ぐに横から割って入った。それは 長く感じても、そんなに長い間では無かったのだ。                 「娘のリホです。」            それからアンジェリンにもう離れて良いから、後もう少し待つ様にと言った。    アンジェリンは直ぐに離れて、母親が居達 さんへ自分の事を色々と説明しているので待っていた。               こうした出来事から、アンジェリンは居達 さんが嫌いではなかったが、何か少し苦手だし恐かった。              だから食堂へ呼ばれた時には何となく不安だった。しかもドリーまでが一緒にだ。   ドリーも不思議がった。         「なんで私まで一緒に行くの?!」    「部屋を替えた事かな?」        「だって、あれはもう良いって言ったよ! そう言う事なら仕方が無いからって。」  「じゃあ何だろう?」          二人は5時少し前に付いて、カフェテリアに働くメキシカンの従業員で、アンジェリンをえらく気に入っている若いホルヘー(英語 読みではジョージ.Jorge)と言う男と話していた。                      すると居達さんがやって来た。いつも颯爽と歩いて来る。その少し後ろからは他の男も 付いて歩いて来た。           「アッ?、石黒さんだ!」         アンジェリンが嬉しそうに声を上げた。  ドリーは不思議そうに見ている。     「石黒さん?!」            「よぉ、待ったか、お前達?」      居達さんが快活に言った。        「ううん、全然!」           アンジェリンは気持が高揚していた。まさか石黒さんに会えるだなんて!!      石黒さんも凄く嬉しそうだ。居達さんも満足そうだ。ドリーだけは訳が分からず、キョ トンとしている。            「石黒さん!!今日わ。」        アンジェリンが元気一杯に挨拶をした。  「リホちゃん!久しぶりだねー。元気だった?」                 「はい!!」              こうして四人は同じ席に付いて食事をした。大きな丸テーブルに四人が腰掛けたが、アンジェリンは居達さんの隣にはならない様に 注意をして、すかさずドリーがそうなる様にした。そして斜め前には石黒さんが座った。そして会話は和やかに始まり、アンジェリンがよく話し、その席を仕切った。自然とそうなった。                若い割には彼女は色々な事を知っていた。 何故か日本のや、海外の文学の話をしたり、海外の話になったり、歴史上の人物の話に なったり、漫画の話になった。食べ物の話にもなった。何故こんな事になったかと言うと、ドリーが何も知らなかったからだ。  何か言うと毎回毎回質問をしてくるから例を出して答えると、それについてそれは何だ、誰だと聞いてくる。           彼女は一般的な事や常識を何も知らなかった。だからその説明をしていて、そうした 偉人だとか作家や有名な本について説明を する羽目になったのだ。         ドリーはテレビで放映していた、子供なら、又は大人でも誰でもが知っているアニメや そのキャラクターも知らなかった。    一般的な食べ物も知らず、食べた事が無かった。とんかつや唐揚げ、ハンバーグも知らなければ鉄腕アトムや妹のウラン、ジャングル大帝のレオやパンジャ、ひみつのアッコちゃんも魔法使いサリーも知らなかった。   勿論鰻や天丼も食べた事が無かったし、縁日も知らず、そこで売っている様々な食べ物や、金魚すくいも知らなかった。     お菓子も食べた事が無いから別に食べたいとは思わないし、見た事が何度かあって名前はかろうじて知っていても、別に欲しいとは 思わなかった。             新御三家の誰も知らなかったし彼等の歌も 聞いた事が無かった。テレビを殆ど見せてもらえなかったから高倉健だとかの有名な俳優や女優の名前も聞いたことが無ければ、メロンパンやアンパンもカレーパンも知らず、 ゴム飛びもした事が無かった。      コックリさんも知らず、一度もした事が無ければ、漫画やぬいぐるみも家には一度もなく、リカちゃん人形も知らなかった。   要は、丸で宇宙から来たか無人島で生まれてそのまま育って今に至る、と言う感じだった。                  友達とも学校の帰りに遊んだ事がなく、コーヒー牛乳も知らなかった。        アンジェリンは小さな時から好きだったし、公立の小学校に転向してからは、給食にコーヒー牛乳がたまに出ていたから皆喜んで飲んでいたと言って、驚いて聞いた。給食に出なかったのかと?             公立の小学校に行き、中学高校も公立だったと言うので、長崎の公立の小学校の給食には横浜の様にコーヒー牛乳が出ないのかと聞いたが、知らないし飲んだ事が無いとハッキリと言った。               アランドロンもエリザベステーラーも知らなければ西部劇も知らないし、マカロニウエスタンと言うと、その言葉を繰り返して笑いながらそれは何だと聞いた。        番茶も知らなかったし、じゃあ普段はコーヒーか紅茶を飲むのかと言うと違った。   コーヒー豆も知らず、コーヒーを越して飲むのも知らず、水しか飲んだ事が無かったらしい。                  オレンジジュースさえ数回飲んだか飲んでないかだし、クリームソーダも知らなかった。ラーメンもスイカも食べた事が無かったし、名前はかろうじて知っていた。      童話も何も知らないし、絵本も読んでもらった事がないから、マッチ売りの少女や三匹の子豚も知らなかった。桃太郎や金太郎の話も知らなかった。             他にも知らない事ばかりで、知っている事は本当にうんと限られていた!!      彼女は父親が船の船長をしていて普段はいつも家を開けて航海をしていた。だから母親が、彼女が不良にならない様に、又は扱い 安い様にと、色々な物をシャットアウトしたのだ。                 だから普段は学校から戻ると算数を、もっと大きくなると数学の問題集を与えた。それをおもちゃ代わりにしたのだ。       それが当たり前に育った彼女は他の物には目が行かず、満足して毎回問題を解く。そして母親はその問題集が終われば又幾らでも新しい物を買い与えて問題を解かせる。    そうして週末もそんな事をしていれば時間は早く経つ。               だから小学生の夏休みにプールヘ行った事も無い。学校の授業でだけだ。映画館へも行った事が無い。              家では毎日、ステーキにパンが食事だ。白いお米におかずを箸で食べる習慣がなく、父親が帰宅中でもいつもその同じメニューだったそうだ。只、まれに外でチャンポンか皿うどんは食べさせてもらっていたらしい。   だが彼女は何故かクリスチャンで、いつもではないが首に金の十字架のネックレスをかけていた。                そしてそんな風でも、中学の時には誰か男の子に付き合って欲しいと言われて遊園地へ 行ったそうだ。最初のデートから手をつないだり軽くキスを交わしたとそのテーブルで 言っていた。              高校の時にはアメリカから来ている若い宣教師の、20歳の青年とも付き合っていたと。教会へ通っていたからそこで知り合い、親も友達付き合いを認めていたと。この青年ともキスをしたと言っていた。        そして、何故アンジェリンは可愛いのに中学や高校で彼氏がいなかったのかとしつこく 聞いた。                困ったアンジェリンが、自分は目立つからと言っても一向に分からず、食い下がった。 ドリーは九州出身で、石黒さんもそうだった。                  アンジェリンはその事からハッとして、九州や九州人は懐が広いからそうして違った人間、外国人や外国の血が入った人間にでも 分け隔てなく、又は違いを認めながら付き 合える、と言うのを経験上思い出してそれを言って非常に褒め称えた。        そして大昔から、江戸時代からそう言えば そうだと言った。薩摩藩や西郷隆盛、又は 土佐の坂本龍馬の事も絶賛した。あんな時代から頭が進歩していて、カチカチ頭では無かったと言って。             そして将来、いつか必ず九州ヘ行ってみたい。何故そんなにオープンな土地柄なのかを自分の目で見極めたい、と繰り返した。  だからドリーはそうした意味では悪くなかった。地方出身者が多かったからか、この学校では既にアンジェリンを煙たがったり倦厭 する人間も多くいたが、彼女は違ったからだ。                  だが彼女にはその、アンジェリン以上に変わった特殊な育てられ方をされた事で、とんでもない人間に化していたのだ!!     アンジェリンを利用して千鶴子に部屋を変えさせる段取りをしたのがその一例だが、そうした事はその後も幾つも出てくる!!   そしてアンジェリンの同じクラスの人間は皆が殆ど成人だし、又は高校の時には勉強や英語がずば抜けてできだだろう若い子達が数名いただけだった。だからそうした差別的な事は無かった。              だが他のクラスの、むしろアンジェリンと歳が余り変わらない20歳前後の子達が酷かった。                  そしてそれは大阪の人間達が最悪だった。 他の関西人はそうでもなかったが、大阪人の多数が、男女問わずそうだった。     良い大阪人も少数いたし、同じクラスの  仁平さんなどは最高に良い人だった!   だがとんでもない酷い、鬼の様な三人組の 男達がいて、これも又違うエピソードで記したい。                 彼等は大学中の、彼等を知る全てのアメリカ人達にも嫌われる事になる。勿論、KBSの 居達さんや全てのクラスの教師達にもだ。(これは居達さんが話した事から分かったのだが。)                 そして彼等はアンジェリンを敵対視する。 理由は、関東出身者であり、アメリカの血 が入った、顔が東洋人ではない彼女だからだ。                  この中の一人はアンジェリンヘ一度、いきなり暴力をふるい、又もっと酷い形で嫌がらせをしようとした。これは未遂に終わったが、警察に分かれば犯罪行為だった!!    だから彼等についても、何をどうした、又 どうなったかを記したい。        ちなみに、アンジェリンに最も良くしたり、彼女に恋愛感情を持つ青年達も現れた。又は彼女を理解して助けようとしたり、助けて くれた人間達が。            この彼等は殆どが九州人と、(次に多く) 北海道の人間達だった。          土地柄ってあるのかもしれない?アンジェ リンは今もこの2つの土地は好きだ。どちらも行った事がないが。          ドリーに付いては、こんな子には会った事がない!!アンジェリンは改めてその食事中に驚きまくった。             当然、居達さんも石黒さんも聞きながら物凄く呆れ返った顔をしていた。石黒さんに関しては、時たま呆れすぎて頭に来ていた。彼等の顔がそう物語っていた。        だがこの席で、何故か芝やんや千鶴子の話になった。居達さんがアンジェリンに聞いてきたのだ。彼女達はどうかと。       当たり障りがない事を話した。芝やんは悪くないと。只何故余り口をきいてないのに、 自分が子供っぽいから部屋を変えたいと言ったのかは分からないと言った。居達さんは黙って聞いていた。(もしかしたら自分も少しは変だと思ったのかもしれない?)    そしてアンジェリンは悩んだが、千鶴子に 関して以前から気になっていた事柄を言った。千鶴子は、何かおかしいと。     ドリーが繰り返した。          「おかしい?何が?」          アンジェリンは余り乗り気ではなかったが、丁度良いチャンスかもしれない?!そう思って重たい口を開いた。          「あの子、普通じゃないよ。変だよ。」  居達さんと石黒さんが真剣な顔で聞く体制を取る。ドリーも不思議そうにアンジェリンを見つめる。

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