⑶
俺は頑張った。
何とか開店までに売場を整えようと頑張った。
加藤さんも桜戸さんも、先程までいなかった高山さんもやる事が山程あるから一人で頑張った。
だが俺の努力も虚しく、陳列百パーセントの達成を迎える前に店が開いてしまった。
定番売場は一応埋まってはいる。しかし、それは仮初に埋め合わせただけのハリボテ。
商品の配列は昨日以上にバラバラで、商品間の類似性や関係性は壊滅的に喪失していた。
素人目から見ても酷い売場だった。
俺は開店後も、商品を出しながら売場整理をしていた。
だが頭の中には、バイヤーのクソ野郎という愚痴と焦りしかない。その上で更に悩みを抱えることなど不可能だった。
「ねえあんた。ちょっとあんた」
不快感で声に反応するのが遅れ、急いで振り向くと、水菜を手に持った女性のお客さんが、不機嫌そうな顔で立っていた。よく見ると、他の商品は買い物袋に入れられており、買い物をした後の様子だった。
「どうされました?」
「今日水菜九十八円よね?でもレシートには百四十八円って書いてあるんだけど、どういうことけ?」
そう言われて、俺は一先ずお客さんをサービスカウンターに案内した。そこに設置されているレジスターにジャンコードを通すと、確かに百四十八円で通ることが認められた。売変ミスだ。
どうしよう。
ただでさえボロボロの自信が激しく揺さぶられる。
すぐに返金をしなければならないが、レジを見る限り、手の空いている人はいない。かと言って、俺はレジスターの開け方を知らなかった。
「ねえ急いでるんだけど」
俺が対応にあたふたしていることに業を煮やしたお客さんが問い詰めてくる。
ちょっと待ってくれよ。こっちだって余裕のない頭で考えているんだ。
だが、お客さんはそんなことなど知る由もなく捲し立ててくる。
「分かってるのあんた。今もこうして水菜を買おうとしてるお客さんがレジに列んでるのよ?あんたがそうやってる間にレジの人達やお客さんみんなに迷惑がかかってるの。あんたのせいで」
その客は語尾をやたらと強調して言った。
俺の、せい?
混乱する思考が止まった。レジの方を見る。俺の目には、忙しなく働くレジの人達とお客さんの列が映った。その全員が俺の行動を迷惑に思っている?あの見当もつかない個々の胸中には、俺に対する不快感があるというのか。
視界が敵色の真っ赤になった気がした。
すぐにそれは錯覚であることに気づいたが、レジも客も全員が俺を敵対視していると思えてならなかった。
……いいや、そんなことはないはずだ。そもそも、あの中の全員が水菜を持っている訳ではない。これは、このババアの精神攻撃なのだ。
「申し訳ありません。返金のできる者を呼びますので少々お待ちください」
良くも悪くも、このババアのおかげでスムーズに言葉が出た。本当は、
「なんで他人の分までテメエに謝らなきゃいけねえんだよタコ!玉無し!」
と、この自らを大衆の代表だと錯覚しているババアに言ってやりたかったが、騒いだところで意味がないのだ。だがとりあえず爆散しろ。
「俺は何の為にこの会社に入ったのだろう」
通りがかった店長に返金対応をお願いした後でふと思った。
地元を支えたいと思っていたはずなのに、そこに暮らすのは支援の手を差し伸べたくない者ばかり。
勿論、良い人とも出会ってきたが、そうではない人の方が多い印象を受けるのだ。
果たして、そんな地元を支えることは、意味のあることなのだろうか。単純に、嫌いな奴のために使い潰されているだけではないのだろうか。
「三年は続けてみてね」
沢村店長の言葉を思い出す。
果たして俺は、こんなことを三年も続けられるのだろうか。
俺にはもう分からない。
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