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「……眠い」
起きた第一声がそれだった。
夜間店長は夜の九時までという話だったが、九時閉店では、九時きっかりに帰れるはずもなく、家に着いたのは十時ごろだった。
文字通り、昨日は朝から晩まで働いたのだ。そのせいで、脳も身体も疲弊している。
だが休むことは許されない。今日も出勤だった。
「おはようございまあす」
俺は元気なく挨拶をした。作業所には桜戸さんがいた。
「おはようございます。どうだった?」
桜戸さんが尋ねてきた。「どうだった?」というのは、きっと夜間店長のことだろう。
「……疲れました」
俺は正直に答えた。
「次から一人でできそう?」
「やりたくはないですね」
俺は正直に答えた。
「ハハハ、期待してるよ」
桜戸さんは俺の正直な思いを往なして、カット台車を押しながら作業所を出た。
俺はため息を吐いてから、カット台車を用意して作業所を出た。出勤してまずやることは、鮮度チェックと決まっていた。
「おはよ〜渡君」
売場に出ると、先に来ていた加藤さんが元気よく挨拶をしてきた。こちらには元気が無い分、加藤さんはいっそう元気そうに見えた。
「おはようございます」
「どうだった、昨日?」
昨日というのは、やはり夜間店長のことだろう。
「疲れました」
俺は正直に答えた。
「疲れるよね。次の日が休みならまだマシねんけど、そんなことあんまり無いげんちゃ」
「でも、田代さんは今日休みですよ?」
「あれ、そうだったっけ?今日は山さんもいないし、野菜は俺たち二人だけ⁉︎」
加藤さんは自分で言って驚いた。今の今まで気づいていなかったようだった。
「俺は今日使い物にならないんで、実質加藤さん一人ですよ」
「ぁああ、ようし任せろお!」
加藤さんは俺を心配させまいと、今日の業務が火の車になることを承知しながら、笑って元気を振り絞った。
「そこは諦めましょうよ」
俺は冷静に言った。二人で業務を回せないのは明らかだった。
「諦めちゃダメだあ!」
消火剤にするつもりだった俺の言葉は油となって、加藤さんを燃え上がらせた。
「ぁああ、無理だあ」
「無理ですね」
加藤さんは野菜の加工をしながら諦観を吐露した。既に察していた俺は、不要となった段ボールを畳みながら相槌を打った。
どう考えても無理に決まっている。俺たちのどちらかが休憩すると、もう片方は、一人で現場を切り盛りしなければならない。野菜を出すだけなら、或いは可能なのかもしれないが、仕事はそれだけではないのだ。
「諦めるぞ渡君。売場は放置プレイや」
加藤さんが匙を投げた。
明日は土曜日で、野菜が一ヶ月で一番安い日だ。
売場を見続けて明日に必要な仕越しをおざなりにしてしまっては、明日の業務に支障が出る。今日か明日、そのどちらかを犠牲にするしかない状況で、加藤さんは明日を選んだ。
「そう言えば、昨日は六時から九時過ぎまで夜間店長やったんですけど、これって三時間分の残業になるんですかね?」
手を動かしながら、俺は加藤さんに尋ねた。
夜間店長の労働時間は、シフト上のどこにも記載されていない。きっと誰かが管理しているのだろうが、それが誰なのかについても全く知らず、正確に労働時間が給料に反映されるのか、一抹の不安があったのだ。
「あれ、知らんの渡君?夜間店長は七時から九時までって決まっていて、二時間分の手当しか出んげんよ?」
「は?」
加藤さんの答えに、俺の手が止まった。
「二時間しか残業つかないんですか?」
「正確に言うと、残業もつかんくて、夜間手当ってものがつく。一律三千円やわ」
俺は呆れ返って微苦笑を浮かべた。
三千円だとすると、あの三時間の時給は千円という事になる。それも、残業扱いにすべき労働時間の時給が千円なのだ。
いくらなんでも安すぎる。
「そんなんおかしいでしょ」
俺は、怒りの感情を露わにして加藤さんを見た。手当の額もおかしいし、残業に含めないこともおかしい。夜間店長の待遇は明らかに問題だった。
「うん、おかしいと思う」
加藤さんは、加工の手を止めずに答えた。パックされた商品が、次々とカゴに整然と並べられていく。
「なんで問題にならないんですか?」
「問題にすると目をつけられるんや。ここはブラックやからな」
俺の問いに加藤さんは手を止め、苦笑に諦観を混ぜた表情をして、どこか遠くを見ているようだった。
それから少しして「お金がなくなったら請求するわ」と戯けて見せたが、俺は何も言えなかった。
「あ、これ全部腐ってる」
加藤さんが呟いた。
近寄って見ると、一ケース十キロもある枝豆の五ケース分全てがダメになっていた。それは竹村バイヤーからの送り込みで、出そうにも量が多すぎて放置していたものだった。
「なにが高質スーパーや!」
加藤さんは声を荒げると、段ボールごと枝豆をゴミ箱に投げ捨てた。
しかし、十キロの巨体はゴミ箱を跳ね飛ばし、枝豆は床に散乱してしまった。
「……ごめん」
加藤さんは冷静になって謝った。
俺も疲れているが、加藤さんもとっくに疲れていた。
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