第4話 木崎華子4

 昼休みが終わるということは、八坂瞳が小走りで戻ってきたことで、ぼんやりしていた木崎華子にも分かった。八坂瞳は浮き浮きした様子で、木崎華子の顔色を覗き込んだ。八坂瞳は、甘える子供のような声を出して、顔の前で手を合わせた。


「ごめんね。あいつが無理言うから」

「華子もそんな事言うんだ」

「みんな隆一のこと誤解しているんだ。ちょっと格好つけているだけ。それにあいつ馬鹿なの。隆一には、結婚してくれって言われているんだ。馬鹿だろ。付き合ってくれって言うのなら、まだ分かるけど、それを通り越して結婚しろって迫ってきたんだよ」


 八坂瞳は、嬉しそうに笑った。木崎華子は、返す言葉が見つからなかった。八坂瞳には恋人がいて、木崎華子が立ち入ることのできない世界がある。折角親友を得た気分でいたのに、突き放されたようで寂しい気がした。八坂瞳はそんな木崎華子をよそに、しゃべり続けていた。その男子生徒の悪口ばかりだったが、自慢話のように聞こえた。その男子生徒の悪い噂が、全て事情を知らない人たちの偽りのように思えた。


「教室移動しなきゃ」

 誰かの声が、木崎華子の沈黙を救った。木崎華子は、急いで机の上の弁当を片付け始めた。八坂瞳はさっきもその男子生徒と交わした別れの挨拶のように、それじゃあねと言って、木崎華子の席を離れた。午後からは、化学の授業だった。苦手でないのに、また詰まらない授業が始まると、木崎華子は思った。それに授業が終わっても、職員室に呼び出されている。木崎華子は、化学とは自分にとって何の役にも立たないんだと沈んだ気分で、鞄の中を掻き回し、化学の教科書とノートを用意した。あと五分で予鈴がなってしまうと、急いで席を立った。


 ほとんど担任に呼び出されたことのない木崎華子には、事務机の並んだ職員室は馴染みがなかった。木崎華子の隣には、八坂瞳がいて一緒に行こうと付いて来た。八坂瞳もホームルームの持ち物検査で、何か取られたのだと言う。他にも何人かの生徒が職員室に集まっていた。ちょっと窮屈なくらいに生徒が、担任の松波の前に並んだ。


 松波は集まった順番に生徒を叱りつけ、回収した品物を返していった。次々と品物を返していく中で、特に携帯ゲーム機を持ってきた生徒には、お前は学校に何しに来たんだと、熱い灸を据えた。


 八坂瞳の番が回ってきた。お菓子の空き箱の中に、まだ色々な物が入っている。木崎華子は、予想できないことに、背筋が冷たくなるのを感じた。それは火曜日に無くした大切な物を、その箱の中で見つけた。それだけでも驚くべきことなのに、その品物を松波に促された八坂瞳が、つまみ上げたからだ。


「学校に不要な物を持って来ないように、今度から気を付けなさない」

 松波は腕組みをして唸った。

「でもこれ、私のじゃありません」

「私のじゃありませんって。じゃあ、一体誰のだ?」

「拾ったんです」

 木崎華子の大切な物は、八坂瞳の手によって拾われていた。松波は、箱の中にそれとよく似たもう一つの品物を見つけて、摘み上げた。それから用心深く見比べて、首を傾げた。


「おい、これもか?」

「それは違います。華子のです」

 木崎華子は、八坂瞳が手にした物を指差した。自分の物だと打ち明けた。

「えっ、二つとも木崎の物なの?」

「どうなんだ、木崎?」

「学校に持って来たのか。もう一つは、どうしたんだ」

「鞄に。でも、不要な物を持って来るから無くしたりするんだ。八坂もそれで間違いないな」

「あっ、はい。私、特別教室で落ちていたのを拾っただけです」

「木崎、今度から気を付けなさい」


 木崎華子と八坂瞳は、他の生徒と一緒に失礼しましたと言って、職員室を出た。職員室を出ると、木崎華子は、先に歩く八坂瞳を呼び止め、ゲームの景品を差し出した。


「上げる? これ、昨日のゲーセンの景品じゃない。それと、ちょっと似ているね」

「いいの。分かった、もらっとく。私、それちょっと気に入っていたの。そうだ。何で華子がゲームの景品に必死だったか、今やっと分かったよ」


 八坂瞳は、大切なプレゼントのように木崎華子から快くゲームの景品を受け取った。木崎華子が火曜日に無くした物は、誕生日に父親からもらった小さな真珠の指輪だった。八坂瞳がゲームで取った景品は、真珠風のプラスチックの付いた物だった。八坂瞳はそれを指にはめて微笑んだ。


 木崎華子は、それからも八坂瞳とはときどき話すが、それほど親しい関係に進展しなかった。それでも、ちょっと親友みたいにふざけ合うこともあった。


「木崎。お前、結局八坂とは親友になれなかたんだな」

「どうして友達になれなかったんだろ」

「性格の不一致だな。海の魚と川の魚とは、一緒にいられないだろ」

「まあ、そうがっかりするな。海と川は繋がっているのだから」

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