マンション暮らしの不老不死

sir.ルンバ

 朝日の光を感じて目が覚めた。ベッドから降りて、寝室の部屋の扉を開け、キッチンでコップ一杯の水を飲んだ。

 朝食にパンを一枚、棚から取り出してバターをぬりつけてトースターで焼く。熱でバターの溶けるさまを眺めていると、匂いにつられたのか同居人が起き出してきた。


 テーブルについて、トーストを食べる俺の横の、プラスチックの蓋がされたガラスの容器のなかに、その人差し指はぷかぷかと浮いていた。サイズは成人男性のものほどもない。脂肪の付き方からして、おそらく幼児のものだった。


「これ、なんだ?」


 俺はテーブルについてビンを指さしてキッチンで自分の朝食を用意している同居人に尋ねた。

 キッチンに立つ彼女はむしゃむしゃと、ドレッシングまみれのレタスサラダを咀嚼する。野菜の青臭さが苦手だからといって、いつも大量のドレッシングを垂らして食べるのだ。そんなに嫌いなら食べなくてもいいのに。

 口のはしについたドレッシングをぬぐって彼女が言った。


「多分、今回の依頼品。指定された場所にあったの」

「詳細は?」

「特になし」


 特に意味もなく、彼女は俺に灰色の虹彩をちらりと向けた。

 彼女の説明が端的なのはいつものことだった。普段どおりじゃなかったのは、このテキトウな説明にいつも適当な補足をするアルの姿がなかったことだ。

 サラダを片付け、塩で焼いた牛肉を頬張りはじめた彼女をぼんやり見ながら、目の前の皿のカシューナッツを手にとる。


「アルはどうしてる?」

「寝てる。帰ってきたの朝方だったし。多分もうしばらく寝てる。」

「珍しいな。いつもならこの時間には起きてくるくる動き回ってんのに」


 普段、一番はやく起きてくるのはアルだった。いつもその物音で俺は目を覚ます。彼の睡眠時間は異常に短い。


「昨夜は忙しかったみたい。今回の情報戦のクオリティがひどいって嘆いてたわ。『優秀なのが全滅して、馬鹿しか残ってない。無駄に疲れてなんにもたのしくない』」

 エルが声真似して茶化した。

「優秀なのを全部殺した人。なにか言う事は?」

 肩をすくめて開き直るしかなかった。

「優秀なやつがあんなに無防備なわけないだろ。ほら、最高に優秀なアルに何撃ち込んだってどう斬り込んだってそうぽろっとあいつは死なない。つまり俺がぽろっと殺せた奴らは優秀な人間なんかじゃなかった。単なる向こうの人材不足だ。」

「あれが普通よ」

「俺の記憶じゃこの時代の人間はもうちょっとマシだったよ」

「もちろんマシなのもいる。けど、時代が平和になってる。期待しても無駄」

「こないだの戦争は楽しかったけどな」

「いつの話だと思ってる?あれは三十年前」

「マジか」


 気の抜けた様子で喋りながら、用意した朝食を平らげる。


「あの依頼品の指。引き渡しはいつだ?」

「今日の18時。もうちょっとしたら引き渡し場所の連絡が来る」

「夕方か。暇だな」

「暇って言った?行きたい場所がある。一緒に来て」


 しゃあなし。行きますか。

 車の鍵どこやったかな。


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