第29話
ディアトン国立魔法研究所前所長ヴィクトルは、表情と態度は固く、しかし内心は浮き立つような気持ちで会議室の扉を開けた。
部屋の中央では己の息子クロードとその婚約者ヴェロニカが相対しており、周りを取り囲む職員たちには戸惑いが広がっている。
仁王立ちをするクロードの背後にはぶるぶると震えるリリアンがいる。
その様子が少し気がかりだったが、びりりとした一触即発の空気を怪訝に思うふりをして、ヴィクトルは息子へ問いかけた。
「クロード、ヴェロニカくん。これはどういうことだ?」
父親に固い声で問いかけられ、クロードはヴェロニカに向けていた目をこちらに転じる。
憎悪の表情は一瞬でためらいにかき消されたが、すぐに気を取り直したようで、こちらに食い掛るような態度で答えた。
「父さん、邪魔しないでください!これは正当なる断罪です!ヴェロニカは魔法学会から追放すべきです!」
「落ち着かんか!状況を説明しろ!いったい何があったんだ!?」
怒鳴りつけるが、ヴィクトルはこの事態が何によって引き起こされ、どういう意味を持っているのかはよく理解していた。
昨晩既に、薬品部門の職員たちが研究室内で倒れたという一報を受けている。受けてはいたが全ては己の思惑通りだったので、知らないふりを続けていたのだ。
クロードが温室に植えた植物を最初に職員に見つけられたときは焦ったものだが、リリアンをけしかけて全てを回収させている。
同時に調査に乗り出していた職員たちもリリアンの魔法にかけることには成功しており、彼らが疑問を持つことはもう無いだろう。
ただ病院で寝込む者たちの中にアロマ研究室のヒオリがいないことが気にかかっていたが……、愚かな我が息子のおかげで手を汚さずに排除出来そうだ。
昨日の件を話し合うための緊急会議の場で、彼女と婚約者ヴェロニカに対してクロードは断罪を決行したのだから。
温室の件が片付くだけでなく、リリアンのことを探っていた小癪な小娘、ヴェロニカにも鉄槌が下る。
今日ばかりは出来の悪いクロードに感謝するしかない。
「ここにいるヴェロニカはアロマ研究室のヒオリ氏と共謀し、リリアンの研究を台無しにしたのです!父さん、彼らに罰を!」
考えなしの息子はリリアンをかばうように前に出て、必死な表情で訴える。
笑いだしそうなのを堪え、ヴィクトルは息子の顔を睨みつけた。
「……なんてことを、たったそんなことで。それでこんな場でずいぶん先走ったものだな」
「それだけではありません!彼女らこそが薬品部門の職員に危害を加えた張本人!これを見てください!」
ちらりと肩越しに振り返った息子の視線の先にいたのは、先日香水研究室に配属されてきた魔法博士だった。
確か名前はニールとか言ったか……は、目礼してヴィクトルの前に出てくると、手に持っていたタブレットを操作してこちらに差し出す。
「ヴィクトル前所長、昨晩の監視カメラの映像です。この映像こそが、ヴェロニカ殿とヒオリ殿の罪を決定づける証拠になります」
「これは……、ふうむ」
深刻ぶって唸りながら、少々画質の荒い映像を凝視する。
曰く監視カメラの映像らしいが、流れたのは昨晩アロマ研究室で起こったことの一部始終だった。
動き回る研究員たちが戸惑い、倒れ、眠りだす。何が起こったのかは知ってはいたが、なるほどこんな状況だったのか。
慌てた様子のヒオリが倒れ伏す同僚を起こそうと肩を揺らしているところを最後に、その映像はぷつりと切れた。
監視カメラが故障したらしい。リリアンがやったのだろう。
「これは……どういうことなのだね、ヒオリくん。君が何か知っているのか?」
「いいえ、誓って私は関与していません。私にも何が何だかわからないんです」
「しかし……」
苛立たし気に眉根を寄せて弁解するヒオリに、ヴィクトルは怪しむような視線を寄せる。
それだけで部屋の中にいる博士たちの敵意が彼女に向くのがわかり、愉快だった。
断罪に傾くその空気を焦らしながら悩むふりをするヴィクトルに、ニールは追い打ちをかけるように続ける。
「ほぼ同時刻、ヴェロニカ殿は玩具研究室でリリアン女史のデスクを漁っています。彼女に何かしようとしていたのは明白かと」
「……事実無根ですわ」
ヴェロニカが苦笑して肩を竦めるが、疑いの眼差しは弱まらない。
彼女たちに弁解するチャンスは無かった。
笑い出しそうなのを何とかこらえながら、ヴィクトルは難しい顔で腕を組んでヴェロニカ、ヒオリを見て、クロードを見る。
三者三様の感情が映る瞳を眺め見、大仰な態度で吐息を漏らしながら口を開いた。
「ヴェロニカくん、ヒオリくん。今回の件、君たちが無関係とは思えない。話を聞きたい。別室へ移動してくれるかね」
「……そんな」
ヒオリはがっくりと肩を落とし、ヴェロニカは「仕方ありませんわね」と呟きながら不機嫌そうに視線を逸らす。
クロードは希望に満ちた瞳でこちらを見て、リリアンの手を握った。
しかし彼女は自らの言い分が通ったというのに、何故か震えが止まらない様子だった。
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