第208話 緊急事態宣言
『君達の中に世界を救う勇者が現れることを、私は楽しみに待っているよ』
「そんな……」
異世界の神エスパスから聞かされた話をすぐに理解するのは難しく、呆然と突っ立てることしかできなかった。
テレビが壊れたかと思ったら四、五十代ほどの男性が突然出てくるし、その男性を
それだけでも情報量が多いのに、それからも驚きの連続だった。
エスパスが妹に怒って、人類に罰を与えることにした。
罰とは、日本――いやこの世界を滅ぼすこと。
最初のターゲットは日本。
既に日本中にゲートが発生し、今この時もゲートを通じて異世界からゴブリンがやってきている。
ゲートの大きさは時間が経つにつれてより大きくなり、強力な魔物が押し寄せてきてしまう。
ゲートを閉じるには、エスパスが用意するエクストラステージをクリアすること。クリアできれば全てのゲートを閉じるし、この世界にも干渉しない。
エスパスが言った内容を整理すると、大体このようなものだった。
その話を聞いて、俺は自然と拳を強く握り締めていた。
日本を滅ぼすだって……ふざけるのも大概にしろよ!
何で急にそんなことになってんだよ!?
異世界の神の理不尽な行動に対して腹が立っていると、隣にいる灯里が崩れ落ちるように座り込んでしまった。彼女は心ここに在らずといった呆然とした表情で呟く。
「お父さん……どうして……」
「なぁ灯里、さっきの男性は本当に灯里の父親なのか?」
「そうだよ、見間違う筈がない。
「そうか……」
真っ青な顔をしている灯里の背中を優しく摩る。
実の子である灯里が断言するなら、あの男性が灯里の父親であるのだろう。本人にとっては正に青天の霹靂で、困惑するのも無理はない。
気になるのは、何故エスパスが灯里の父親の姿をしているのか。
この疑問について心当たりがあった俺は、異世界人でありエルフのメムメムに顔を向ける。すると彼女は、小さく頷くと口を開いた。
「恐らく、アカリの父親の身体を借りているんだろうね。シローの妹の身体を借りたアムゥルみたいにさ」
「やっぱそうだよな」
俺達は昨日、三十階層の階層主である
アムゥルは夕菜の身体を借りて話していたんだけど、エスパスが灯里の父親の姿で話しているのもきっと同じことなのだろう。
「なぁメムメム、エスパスが言っていた妹と接触した日本人って俺達のことだよな」
「確実にそうだろうね」
「はぁ……だよなぁ」
心の底から深いため息を吐く。
俺達はアムゥルからダンジョンについて様々な話を聞かせてもらった。それは兄であるエスパスを止めて欲しいという願いからだったのだが、エスパスとしては気に入らなかったのだろう。
それで怒らせてしまい、日本を危険な目に遭わせてしまっているのなら、その責任は俺達にある。
(いや、“俺達”ではなく“俺”か)
アムゥルは俺に兄を止めて欲しいと頼んできた。だから様々な試練を与えてきたと。
俺を選んだ理由はよく分からないけど、俺でなければ駄目だそうで、それが運命なのだと言っていた。
灯里も含めて皆は巻き込まれてしまっただけで、この事態を招いてしまった責任は俺にある。
重たい責任を感じていると、メムメムが俺の考えを見抜いたのか呆れた風に告げてきた。
「はぁ、やれやれ。おいシロー、どうせ自分の責任だとか思っているんだろうけどさ、そんな事はないから気にするだけ無駄だぞ」
「どうしてだよ、こんな事になったのは全部俺のせいじゃないか」
「そんなことはないさ。シローだって巻き込まれた側なんだからね。それに、アムゥルとしてもエスパスにバレるとは思ってなかったんじゃないか。じゃなきゃシローに接触しようとしてこないだろ」
「それは……そうだけどさ」
話の最後で、アムゥルは会話の内容を世界に公表しない方がいいと言ってきた。公表したらエスパスが機嫌を悪くして何かよからぬ事をするかもしれないからと。
気を付けていた筈なのに、恐れていたことが現実に起こってしまった。
メムメムの言う通り、アムゥルとしても俺達と接触したことがエスパスにバレたのは予想外だったのだろう。
「君が責任を感じている暇なんてないよ。大事なのはこれからどうするか、だろ?」
「どうするって言っても……」
何をどうしたらいいか分からないよ。
そんな情けないことを言おうとする前に、テレビから鳴り響くピコーンピコーンと甲高い音に遮れられてしまう。
テレビに視線を向けると上部に緊急速報というテロップが出され、小さな老人が出てきてマイクのある壇上に上がった。
『内閣総理大臣、菱形鉄心と申します』
「菱形総理……」
テレビに映っているのは“小さな総理大臣”と呼ばれている、菱形総理だった。メムメム関連で何度か会っているが、物腰が柔らかい好々爺という印象。
けれど画面に映っている総理は、総理になって初めて見るといっても過言ではないほど険しい顔を浮かべていた。
『国民の皆様は今、酷く混乱されていることでしょう。あんな事が起きれば誰もがそうなります。ですがどうか、国民の皆様には慌てず、落ち着いていただきたい』
『まず初めに、異世界の神と名乗る者からの放送について私から言えるのは、あの話が事実である可能性が高いということです』
「それを言っちゃっていいのか……」
「どういうことだい?」
「いや……こういう場合ってさ、不安を煽らないために本当のことは言わないで隠しておくのがお決まりだと思ってたんだ。事実を知った国民がパニックにならなようにさ」
「あ~そういえばドラマや映画にそんな展開があったね。でもさ、隠す必要性はないんじゃないかい。だってもう神の存在は世界中に知れ渡ってしまっているんだからさ」
「それもそうか……」
メムメムの意見に納得する。
既に知れ渡っているのなら、包み隠さず正直に話した方が効果的なのか。考えが足らなかったと反省していると、菱形総理が話を続ける。
『それを念頭に、政府はここに緊急事態宣言を発令すると共に、国民の皆様には安全のため、速やかに自宅待機をして外出しないようお願いいたします』
『総力を上げ必ず事態を解決いたしますので、国民の皆様はどうか慌てないで、我々政府を信じて事態が解決されるのをお待ちいただきたいと思います』
最後にそう言って、菱形総理は深く頭を下げた。
それから画面が切り替わり「以上、菱形総理による緊急会見でした」とニュースキャスターが喋ると、続けて外出しないよう視聴者に対して強く呼びかけていた。
「本当……なんだな」
菱形総理による緊急会見を見て、とんでもないことになってしまった……と今になってやっと現実味を抱いていると、メムメムが「ふん」と鼻で笑った。
「あの狸爺、やるじゃないか」
「何がだ?」
「動き出しが早いんだよ。台本を用意している様子でもなかったし、恐らく二次被害を避ける為にすぐに会見を開いたんだろうね。
モタモタしていると国民はパニックに陥ってしまうだろう? 一度そうなってしまっては収拾がつかなくなるから、国民を落ち着かせるように即座に行動した。そういった臨機応変な判断がデキるのは、上に立つ者として優秀だとボクは思うよ」
「そう言われるとそうだな」
いきなり神が現れて、世界を滅ぼすなんて言われたら人々は混乱してしまうだろう。今までに大地震とか病気とかあったけど、流石に世界が滅ぶようなことはなかった。
今日明日にでも世界が滅ぶかもしれないという恐怖に駆られ、倫理観さえも捨てて何をしでかすか分かったものではない。
そんな事はさせまいと、不安を抱いている国民を少しでも落ち着かせるようにすぐに緊急会見を開いたんだ。
エスパスによる放送から全然時間が経っていないのは、エスパスが話している間にも菱形総理が緊急会見の準備を初めていたからなんだろう。
やっぱり菱形総理は凄い人なんだと実感していると、メムメムが聞いてきた。
「なぁシロー、テレビでもYouTubeって見られたっけ?」
「ああ、これは結構新しい方だから見れる筈だぞ」
「ならつけてくれないか。さっき神が言っていたけど、YouTubeで神チャンネルを開いているそうだ」
「わかった」
メムメムに言われ、俺はリモコンを操作してテレビでYouTubeを開く。検索欄に「神」と打つとすぐに出てきた。
「うわ、何だこれ……こんな視聴者数今までに見たことないぞ」
「さて、質問に答えると言っていたが、どれくらい答えてくれるのか見物じゃないか」
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