第205話 許斐夕奈
「あぅ……ぁあ」
「可愛い……」
許斐夕菜は、天使のような可愛い女の子だった。
九歳も離れた生まれたばかりの妹をこの手に抱き上げたその時、まだ小学生だった俺は自分が“兄”になったのだと実感した。そして、妹を守っていこうと己に誓ったのだ。
「んぁー! んぁああ!」
「よしよし、どうしたんだ」
友達とは遊ばずに、学校が終わるとすっと飛んで家に帰り夕菜の面倒を見ていた。
赤ん坊に対する世話の仕方を母さんに教わりながら、おしめを替えたり、哺乳瓶を温めてミルクを作ったり、泣き止むまで抱っこしてあやしたり。
大変ではあるけど、それ以上に夕菜の世話をするのは楽しかった。
笑うと可愛いまん丸の顔。ぷにぷにの頬っぺた。小っちゃい手足。赤ん坊は見たり触ったりするだけで癒される。可愛くて可愛くて仕方なかった。
「あ~、あ~う」
「立った! 凄いよ夕菜!」
初めてのことは何でも嬉しい。
離乳食を食べ始めたり、ハイハイを覚えたり、言葉のようなものを発したり。中でも嬉しかったのは自分の力で立ち上がった時と、俺に向かって「にーに」と言ってくれた時だった。
「に~に」
「そうだよ、にーにだよ」
夕菜は両親を「まま」と「ぱぱ」と呼ぶようになった。
それは夕菜が生まれてから、両親が「名前」や「あなた」とかで呼ぶのではなく、「まま、ぱぱ」と呼びあうになったからだ。
何で急にそう呼ぶことにしたのか当時は分からなかったが、赤ん坊が覚えやすい単語にする必要があったのだろう。
だから俺も、夕菜に呼んでもらいたくて自分のことを「にーに」と呼ぶことにしたんだ。夕菜が俺に「にーに」と呼んでくれた時は、涙が出るほど嬉しかったな。
夕菜が生まれて変わったのは、俺よりも両親だった。
両親に対する俺の印象は“冷たい親”だった。別に虐待を受けていたとかそういう訳ではない。赤ん坊の頃の記憶はないが、何事もなかったからしっかりと育ててくれたのだろう。
ただ物心がつき始めて、俺が幼稚園に通い出した頃。
両親は俺に対して無関心になり、ご飯を作るなど必要最低限のことしかしてくれなかった。おもちゃが欲しいと言えば買ってくれたけど、一緒に遊んだり、休日に出掛けるようなことは全くなかったんだ。
運動会とか授業参観などに来てくれてはいたが、今思えば体裁を保つ為のものだったのだろう。まぁ、学校行事に来てくれたのも夕菜が生まれる前までの話だけどな。
俺としてはこれが普通の家庭だと思っていたのだが、そうではなかった。友達の家に遊びに行った時、仲睦まじい親子のやり取を見てこっちが普通なんだと気付いた。
だから一度だけ試しに「友達は親と遊びに行ってるよ」と我儘を言ってみたのだが、「よそはよそ、うちはうち」と冷たくあしらわれてしまってから、俺は両親に求めることを諦めたのだ。
両親は共働きで忙しかったし、相手にしてくれないのも仕方ないと自分に言い聞かせて。
そんな両親は、夕菜が生まれてからは人が変わった。
夕菜を溺愛し、俺に対する接し方も緩和された。俺とは違い夕菜を可愛がることに少しだけ嫉妬もしたが、「頼りにしてるわよ、お兄ちゃん」と俺にも優しくしてくれるのが嬉しかったんだ。
「お兄ちゃん、ねぇお兄ちゃん」
「どうしたんだ」
夕菜が少し大きくなった頃に母さんがまた働き出して、夕菜の面倒は専ら俺になった。「にーに」から「お兄ちゃん」と呼ぶようになり、年がら年中甘えてくる夕菜はとても可愛くて、俺は兄として幸せだった。
「ねぇ、退いてよ」
「あ……ごめん」
しかし、夕菜は中学生になった頃から突然態度がガラリと一変してしまう。
あんなに仲が良かったのに、俺に対して凄く冷たくなってしまったんだ。「ウザい」とか「いつまでも構わないでよ、キモいんだけど」とか、終いには「あ~もう死んでよ!」とか言われた時はかなりショックだった。
どうして妹がそんな風になってしまったのか理由を聞いてみたのだが、何も話してはくれなかった。俺自身が夕菜に対して怒らせるようなことをした覚えはないし、よく分からないが突然嫌われてしまったらしい。
まぁ兄妹間でそういった悪口なんか当たり前だし、反抗期というか、そういうお年頃なんだろうと理解して俺から構うのをやめることにした。ただ、反抗期にしては両親にはそのままだし、俺だけに冷たくするのは違和感があった。
唯一の居場所だった“夕菜の兄”という俺のポジションもなくなり、邪険にされていた昔に逆戻り。家の中で孤独を感じ、居心地が悪くなってしまう。
その居心地の悪さに耐えられず、俺は大学卒業と同時に逃げるように家を出て東京に一人暮らしを始めた。
東京に出て二年目。
慣れない社会人に四苦八苦な日々を送る
「嘘だろ……夕菜が……」
世界中の塔がダンジョンに変貌した。
日本では東京タワーがダンジョンとなり、東京タワーの中に居た人達はダンジョンに囚われてしまう。
そして友達と東京タワーに遊びに行っていた夕菜もまた、ダンジョンに囚われてしまったのだ。
「どうして……どうして、アンタじゃなくて夕菜なのよ!」
「おい、言い過ぎだぞ。すまない士郎、母さんも悪気がある訳じゃないんだ。ただ今は――」
「……」
夕菜がダンジョンに囚われたと知り、俺は慌てて実家に帰った。
だが、母さんは久々に帰った息子に無慈悲な言葉を浴びせてきた。父さんが何か言っていたが、俺の耳にはもう入ってこなかった。
帰ってくるんじゃなかったと後悔し、俺はもう二度とこの家とは関わらないと誓い、自分の中で縁を切りその日の内に東京に戻ったのだった。
◇◆◇
「夕菜……」
俺は今、病室に居た。
目の前にはベッドがあり、ベッドの上には夕菜が眠っている。ダンジョンから救出して一日経っているが、妹はまだ眠りから覚めない。
『夕菜! 夕菜!』
『落ち着いてください士郎さん。まずは病院に連れて行きましょう』
レッドドラゴンを初見突破するという偉業を達成した俺達は、勝利を祝うでもなく急いで夕菜を病院に連れて行った。
三年前から変わっていない身体は特に異常がなかったようで、診断的には健康だったようだ。メムメムに魔力の調整を行ってもらうが、それをしても夕菜は目を覚まさなかった。
メムメムが診断したところ、ナーシャの弟のレオ君のように魂が無いとかそういう訳ではなく、ただ単に目を覚ますだけの体力がないらしい。数日経てば、体力が回復して目を覚ますだろうと言っていた。それを聞いて心の底から安心したよ。
「士郎さん」
「灯里……」
夕菜の頭を優しく撫でていると、病室の扉がガララと開いて灯里が入ってくる。彼女の手にはパンパンに膨れたビニール袋が握られていた。
「必要なもの色々持ってきたよ」
「ありがとう、助かるよ」
「夕菜はどう?」
隣の椅子に腰かけながら聞いてくる灯里に、俺は首を横に振って、
「まだだよ」
「そっか……」
「灯里の気持ちが分かったよ。家族がこうなってると、心配するもんなんだな」
苦笑いを受かべながらそう告げる。
母親の里美さんがダンジョンから救出された時、灯里も凄く心配していた。メムメムが現れ、魔力を調整して目が覚めるまでの間、毎日病院に見舞いに行ってたもんな。
「早く起きるといいね」
「そうだな……でも起きたら起きたで嫌がられないかな」
「そんなことないよ。前にも言ったでしょ? 夕菜は士郎さんのこと全然嫌ってないよ」
「そうだといいけど」
中学時代、灯里と夕菜は同じ学校で友達だったそうだ。
それで夕菜は俺のことも話していたそうなんだが、悪口を言うでもなく自慢していたらしい。家を出る前の夕菜を知っている俺からしたらとてもじゃないが信じられないけど、こればっかりは本人に聞いてみないと分からない。
「ん……んん……」
「夕菜!?」
中学校での夕菜の話を灯里から聞いていたら、夕菜の瞼がピクリと動き口からも声が漏れる。慌てて名前を呼び続けると、夕菜は瞼を開けて俺の顔を見ながら、
「お兄……ちゃん?」
「ああ、そうだよ! 夕菜、お兄ちゃんだ。あぁ……良かった……本当に良かった」
完全に意識を取り戻したようで、俺は全身から力が抜けたように安堵の息を吐く。
よかった……このまま目が覚めなかったらどうしようかと本当に不安だったんだ。
「私……どうして……ここ病院? えっ何で?」
「大丈夫だよ夕菜、動かなくていい。そのままでいいから」
混乱して起き上がろうとする夕菜を落ち着かせ、ベッドに寝かせる。
夕菜からしたら、気付いたら病院のベッドで寝ているんだ。今自分がどんな状況に置かれているのか不安で困惑しているのだろう。
「えっ、灯里……だよね?」
「久しぶり、夕菜」
「うん、久し……ぶり? なんか大人っぽくなった? でも何で灯里がお兄ちゃんと居るの?」
灯里に気付いた夕菜が、怪訝そうに俺と灯里を交互に見やる。
確かに夕菜からしたら、兄と友人が何故一緒に居るのか不思議に思うだろう。見舞いの時に偶然出会ったとのだろうかと考えているかもしれない。
「「……」」
俺と灯里は顔を見合わせながら頷き、夕菜に何が起こったか説明する。
「夕菜、落ち着いて聞いて欲しい」
「……わかった」
「実は三年前――」
それから俺は灯里と一緒に、これまで起きた出来事を夕菜に話した。
三年前、世界中の塔がダンジョンに変貌したこと。
東京タワーもそうなってしまい、東京タワーの中に居た夕菜はダンジョンに囚われてしまった。
三年後、俺と同じ家族をダンジョンに囚われた灯里が、冒険者になって自分達の力で救出しようと協力を持ち掛けてきた。
俺は灯里の提案に乗り、冒険者になってダンジョンに入り、色々あったがやっと夕菜を救い出せた。
質問もせずじっと静かに最後まで話を聞いていた夕菜は、呆然とした風に口を開いた。
「何それ……嘘でしょ。冗談だよね」
「信じられないのは分かる。でも本当のことなんだ」
「じゃあ何、私は三年もの間そのダンジョンっていう所に居たの?」
「そうなる……今はもう2025年の九月だ」
「2025年……って、はは……浦島太郎じゃん」
衝撃の事実を知って、乾いた笑みを浮かべる夕菜。
信じられないのも無理はない。ただ友達と東京タワーに遊びに行っていた筈が、目を覚ましたら世の中が三年も経っていたんだからな。
夕菜が言ったように、プチ浦島太郎みたいなもんだろう。
頭の中を整理するまで黙って待っていると、やがて夕菜は小さく呟いた。
「本当……なんだよね。お兄ちゃんと灯里が、そんなくだらない嘘吐く筈もないもの」
「ああ……残念だけど本当だ」
「そっか……そうなんだ。ならまずは二人にお礼を言わなくちゃね。お兄ちゃん、灯里、私を助けてくれてありがとう」
「「夕菜……」」
妹からの真摯なお礼の言葉に、俺はなんて言えばいいのか戸惑ってしまう。
嬉しいという感情よりも、凄まじい後悔の念に駆られてしまう。どうして俺は、もっと早くに行動を起こさなかったのだろうか。
(何で俺は……)
ダンジョンに囚われた人を助け出せると知り、その一年後にはダンジョンが一般人にも解放された時、どうして自分から夕菜を助けに行こうとしなかったのか。
もっと早く行動すれば、もっと早く夕菜を助けられたかもしれない。
三年間も、妹をダンジョンの中に閉じ込めておかずに済んだかもしれない。
確かに俺は、夕菜に冷たい態度を取られていた。
そんな妹のことなんてわざわざ助けにいかなくてもいいと心の中で思っていた。でも、あれだけ兄として妹のことを守ると誓ったのにも関わらず、俺は夕菜のことを簡単に見捨てたんだ。
なんて薄情な兄なのだろうか。
俺には、夕菜にありがとうとお礼を言われる資格は無いんだ。
「ねぇ夕菜、あのね――」
「ごめん灯里、ちょっとだけお兄ちゃんと二人にしてくれないかな」
「……うん、わかった」
口を閉ざしたままの俺に気を遣ったのか灯里が夕菜に話しかけようとするも、夕菜はそれを遮って外して欲しいと頼む。
了承した灯里は、静かに病室を出て行った。
「「……」」
気まずい沈黙の空気が漂う中、先に切り出したのは俺だった。
「ごめんな、夕菜」
「何でお兄ちゃんが謝るのよ」
「三年も夕菜のことをほったらかしにした。灯里が協力して欲しいと言ってこなければ、俺は助けに行くことすらしなかった。酷いお兄ちゃんで、本当にすまない」
深く頭を下げながら夕菜に謝る。
謝ったって許される訳じゃないし、助け出せたからといって俺が夕菜を見捨てたことに変わりはない。
すると夕菜はもぞもぞと起き上がり、自嘲気味に笑った。
「お兄ちゃんは悪くないよ。私の方がお兄ちゃんに沢山酷いことをしたり言ったりした。お兄ちゃんが私を助けに行きたくない気持ちも分かるしね。何であんな妹の為にってさ」
「……」
拳をぎゅっと握り締める。
ああ、そうだ。
夕菜の言う通りだ。「何であんな妹の為に」と言い訳を作って、俺は大切な妹を見捨てたんだ。
「それでも、結局は助けてくれるんだよね……。そういう優しい所は全然変わってないや。まぁ、灯里に言われて助けることにしたのはほんのちょっと癪だけどね」
「すまない……」
「別に謝らなくていいって。つまらない嫉妬なんだから」
「嫉妬?」
とは誰に対して、何に対しての嫉妬なのだろうか。
突然出てきた不可解なワードに引っかかっていると、夕菜が尋ねてくる。
「ねぇお兄ちゃん、灯里とはどんな関係なの? 付き合ってるの?」
「えっ!?」
「そんな驚くことじゃないでしょ」
「え……あ~」
突然妹から恋愛事を聞かれて、何て返せばいいのか戸惑ってしまう。
どうしよう……なんて言えばいいんだ?
「付き合ってはないよ」
「へぇ……そうなんだ。でも、一緒に住んでるんでしょ?」
「そう……だな」
「同居じゃん。それで付き合ってないんだ」
「いや、成り行きというかこれには色々事情があってだな。それに今は、メムメムっていう異世界の……いや女の人? と三人で暮らしてるし」
「ぷっなにそれ、ハーレムでも目指してるの?」
「うぐ!?」
鋭いツッコミを入れられ、言葉に詰まってしまう。
そうか、第三者から見たら俺がハーレムを囲っているようにも見えてしまうのか。俺達の事情を知っている人は少ないし、自分から話すこともなかったから誰かに追及されるのは初めてだな。
あれ? そう考えると俺って女たらしに見えるのか?
「まぁいいや、じゃあこれだけ聞かせてよ。お兄ちゃんは灯里のこと好きなの?」
「それは……」
正直に答えるべきかどうか迷った。
妹に、妹の友達のことをどう思っているのかなんて伝えていいのだろうか、と。
でもこれに関しては、俺は嘘を吐けない。
だから、灯里をどう思っているかを正直に話す。
「ああ、好きだよ。俺は灯里が、星野灯里のことが好きだ」
「ふふっ、凄いね。そんなに真っすぐな顔で言うんだ」
「ああ、大切なことだからな」
真面目に答えると、夕菜は天上を見上げて、小さい声音で呟く。
「そっか……そっかぁ……取られちゃったかぁ」
「ん? なんて?」
声が小さく聞えなかったので聞き返したものの、夕菜は「ううん、何でもない」と首を振り、話題を変えるように口を開いた。
「私さ、お父さんとお母さんには友達と東京タワーに遊びに行くって言ったんだけど、あれ嘘なんだよね」
「嘘?」
「本当はね、一人でお兄ちゃんに会いに家に行ったの」
「っ!?」
そんな……夕菜が俺の家に来ただって?
全然知らなかった……てっきり友達と遊びに行っていたのとばかり思っていたから。
でも何で、嫌っている筈の俺に会いに来たのだろうか。
その疑問を問いかけると、夕菜は申し訳なさそうにこう言った。
「お兄ちゃんに謝りたかったから。それで、もし許してもらえるなら一緒に暮らしたかったから」
「え……」
夕菜の口から出た言葉に、俺は酷く動揺した。
謝りたかった? 一緒に暮らしたかった? 言ってることが全然理解できない。
「でもね、家の前までは行ったけど結局インターホンを押せなかった。恐かったんだよ……いざお兄ちゃんに会って、許してもらえなくて、帰れって言われるのがさ。おかしいよね、自分はあれだけお兄ちゃんに酷いことしたってのにさ」
「……待っ――」
「そのまま帰ろうと思ったんだけど、折角東京に来たからこのまま帰るのももったないと思って、東京タワーに行ったの。まっ、そのせいで三年も閉じ込められたみたいだけど。これならお兄ちゃんに会っておけば良かったよ。きっと……お兄ちゃんに酷いことした私に神様が罰を与えたんだね。遅くなったけど、本当にごめんね、お兄ちゃ――」
「まっ、待ってくれ夕菜!」
つい大きな声を出すと、夕菜の肩がビクンと跳ねる。
俺はすぐに「ごめん」と謝り、右手で頭を押さえながら妹に問いかけた。
「ずっと、分からなかったんだ。どうして夕菜が、俺に対して突然態度を冷たくしたのか。自分で言うのもあれだけど、俺達の仲は良かった筈だ」
「……そうだね」
「でも夕菜は、中学生になった頃から急に俺を嫌うようになったよな。反抗期かなって思ったけど、母さんや父さんに対しては今まで通りだった。何で俺にだけ冷たく当たるのか分からなかったし、理由を聞いても何も言ってくれなかった」
「うん、私はお兄ちゃんにだけ態度を変えたよ。理由も特に話さなかったね」
「夕菜は俺と話もしたくないくらい嫌いになったんだと思った。そんな夕菜が、俺に謝ろうと会いに来たとか、一緒に暮らしたいとか思ってたことが信じられないんだ」
「信じられないよね……それもわかる」
「なぁ夕菜……どうして突然、俺を嫌うようになったんだ? 俺が何か悪いことをしたのか?」
そう聞くと、夕菜は静かに首を振って、
「ううん、お兄ちゃんは何もしてないよ」
「じゃあ……何で」
俺が何もしてなかったとすると、いったい何が原因なんだ。
夕菜は少しの間口を閉ざしてしまったが、意を決したのか深呼吸を繰り返した後、話始めた。
「中学生になる前、夜中に喉が渇いてリビングに行ったら、たまたまお父さんとお母さんの会話を聞いちゃったの」
「会話……? 会話ってどんな」
「それはね――」
『ねぇ、士郎と夕菜の距離近すぎないかしら……夕菜ももう中学生なのに』
『何を気にしてるんだ。ただの仲が良い兄妹だろ。あれくらい仲が良い兄妹なんてどこにだっているよ。普通のことさ』
『でも、それは“普通の兄妹でしょ”。士郎と夕菜は、“普通の兄妹じゃないわ”』
『おい、その話は……』
『(えっ、どういうこと? 私とお兄ちゃんが普通じゃないって……)』
『だって、士郎は“あの親子”の子供なのよ“! あの親子”のようにもしものことがあったとしたらって!』
『落ち着け、考え過ぎだ。そんなことにはならないよ』
『そんなの分からないじゃない!』
『(嘘でしょ……そんな……)』
『やっぱり、士郎に本当のことを言って二人を引き離すべきよ』
『その事は言わないって決めたじゃないか』
『(私とお兄ちゃんって……)』
「――それが、お父さんとお母さんから聞いた会話の内容」
「嘘だろ……まさかそんな……それじゃあ……」
夕菜が聞いた父さんと母さんが話していた内容を知って驚愕する俺に、夕菜はこう告げたのだった。
「私とお兄ちゃんは、血が繋がった本当の兄妹じゃない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます