エピローグ6

 


「みんなー! 盛り上がってるー!?」


「「いえぇええええええええええええええ!!」」


『歌って踊って戦う』アイドルグループDAのたちばな美音みおんことミオンが観客に向かってマイクを掲げながら問いかけると、観客ファンたちは枯れた喉を振り絞って応えた。


「皆様ー! 暑い中来てくださって本当に感謝しておりますわー! こうして皆様と一緒に楽しめて、わたくしも最っ高に嬉しいですわ!」


「「俺たちも嬉しいよー!!」」


「ちゃんと水分取ってるかにゃー!? 飲まないと途中で倒れちゃうにゃー!」


「「飲んでるにゃー!!」」


 ミオンに続いて、DAのメンバーである龍宮寺りゅうぐうじ詩音しおんことシオンと、音無おとなしかのんことカノンも、ファンに向かって楽し気にマイクパフォーマンスを行う。


 三人共額に前髪が張り付くほどびっしょり汗を掻いており、肩で息をするほど疲弊している。実際、喋るのも立っているのも辛い筈だ。肉体的疲労はとうに限界を超えており、満身創痍の状態。


 しかし、彼女たちは生粋のアイドルである。

 ファンに疲れている素振りを微塵も見せず、常に最高の笑顔を浮かべていた。


 長い夏季休暇も最終日。

 この日、人気絶頂のアイドルグループDAは、東京のギルド付近にあるライブ会場にて、ラストサマーライブを開催していた。


 DAのサマーイベントは、長期夏季休暇に合わせて九日間の日程。初日と二日目はライブを行い、月曜日から金曜日の祝日を合わせた平日の五日間は東京タワーダンジョンで水着の装具(特注品)を着て冒険したり、生配信のテレビ番組に出演したりと大忙しで、一日も休まず活動を行っていた。


 さらに昨日の土曜日は東京湾に浮かぶ船の上で中継ライブ行い、そしてサマーイベント最終日の今日は、ギルド付近にあるライブ会場で夕方からライブをしている真っ最中である。


 会場の雰囲気は真夏の猛暑に負けないほどの熱気で盛り上がっている。ファンたちはタオルを首にかけ、両手にペンライトとうちわを持ってDAと一緒に大いに楽しんでいた。


 祭りは最高潮クライマックス

 しかし、そこには本来いるべき人間が一人欠けていた。ミオンはマイクを口元に寄せ、ファンに向けて申し訳なさそうに話し始める。


「皆も知っていると思うけど、ナーシャはここに居ないの。大切な家族を救う為に一時的に帰国してるんだ。ナーシャの歌を楽しみにしていたファンの皆には、本当に申し訳ないと思っています。ごめんなさい」


 DAの四人目のメンバーであるアナスタシア・ニコラエルことナーシャは、諸事情によって緊急帰国し、土日のライブには参加していない。その報告自体はDAのホームページで既に通達している。ナーシャがライブに参加しないと知って落胆したファンも少なくないだろう。


 だが、どんな諸事情なのかはファンは皆知っていた。それは昨日、ロシアのダンジョンにナーシャが現れたからだ。ダンジョンライブの内容から察するに、ナーシャは弟のレオニートを救うためにダンジョンに入ったと思われる。


 普段表情を変えないクールなナーシャの嬉し涙を見たファンは、自分のことのように喜んだはずだ。大切な家族を救う為だったのなら、ライブに来られなくても仕方ないと思っている。決してファンを蔑ろにした訳ではないと分かっているのだ。


 だからミオンも、敢えて諸事情とは言わず包み隠さず口にした。ミオンと同様に、シオンとカノンも深く頭を下げる。

 頭を上げたミオンは、にかっと花のような笑顔を浮かべた。


「と、ここでファンの皆さんにサプライズがありま~す! 後ろのモニターをご覧ください!」


 ババン! と、ミオンが舞台の背後にある大型モニターに手を向けて言うと、突然モニターに映像が映り出す。


「え……?」


「ナーシャ?」


「嘘!? ナーシャだよな!?」


 モニターの映像を目にしたファンたちは驚愕した。なんとモニターには、ロシアにいるであろうナーシャが映っていたからだ。ファンの困惑をよそに、シオンとカノンもナーシャを横目に口を開いた。


「なんと今、ロシアにいるナーシャと中継が繋がっているんですわ!」


「驚いたかにゃ!? 驚くのはまだまだこれからにゃ! これから一曲だけ、ナーシャによる単独ライブを行うんだにゃ!」


「「ええええええええ!?」」


「マジ!?」


「よっしゃああああああ!!」


 嬉しいサプライズにファンは興奮して絶叫する。そんな中、モニターに映るナーシャは頭を下げて謝った。


「ファンのみんな、こんばんは。ナーシャです。せっかくのライブに行けなくてごめんなさい。ファンのことより、自分のことを優先してごめんなさい」


 そう言ってもう一度頭を下げたナーシャは続けて、


「ワタシもライブに参加したかった。だけど今はロシアにいるから、そっちにはいけません。なのでせめて、ワタシの歌を聞いてください」


 ナーシャはマイクスタンドがある場所に移動する。そこは西部劇に出てくるレトロチックな酒屋バーのような部屋だった。様々な種類の酒が置かれているカウンター席やテーブル席に、壁には絵画が飾られている。実際、この場所は学生の頃ナーシャが働きながら歌っていたバーだった。


 モニターには、綺麗なドレスを纏っているナーシャがマイクスタンドに立っている姿が映っている。パッとライトが消えて一瞬真っ暗になるも、上から降り注ぐスポットライトがナーシャを明るく照らした。


 ジャラン……と柔らかなギター音が奏でられた後、ナーシャが静かに歌い出す。


「~~~~~~~~」


 ナーシャの歌はロシア語でどういう歌詞なのかはファンに分からなかったが、ただただ素晴らしい歌だと本能で理解する。

 静かで、だけど力強く、感情を揺さぶってくるような歌声。アイドルとしての歌ではなく、歌姫としての歌。


 覚えたての日本語で歌うアップテンポな歌よりも、スローテンポだが圧倒的なまでの歌唱力。勿論DAとして歌うナーシャの歌も上手いし可愛いし良い歌ではあるが、それを遥かに凌駕する美しい歌声だった。

 これが本来の、歌姫と云われたナーシャの歌なのだろう。


「すっげぇ……」


「うっ……うぅ……」


 ナーシャの綺麗で力強い歌声に聞き入るファンたちは言葉も出ず感動し、涙を流す者までいた。それはファンだけではない。


(やっぱり凄いなぁ……)


(あぁ……なんという歌唱力でしょうか。心が癒されますわ)


(いや~ナーシャのガチ歌半端ないにゃ。カノンたちとは比べもんにもならないにゃ)


 DAの仲間もまた、ナーシャの圧倒的な歌唱力に感動していた。

 自分たちもアイドルとしての自負はある。歌のレッスンだって誰よりも沢山やってきた。それでも尚、モニターの向こうで歌うナーシャには遠く及ばないと分かってしまう。悔しいことに。


 因みにモニターには映っていないが、ギターを弾いているのはロシアの英雄アレクセイだった。しかもムカつくことにかなり上手い。


 ジャラン……とギターの音が響き、ナーシャが歌いきると、会場にいるファンは一気に沸いた。


「「うぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」」


「ナーシャーーーー!!」


「最高だったよーーーー!!」


 多くのファンの声にナーシャは小さく頭を下げると、マイクを持って口を開く。


「ファンのみなさん、スパシーバ。また日本で会えることを、楽しみにしています」


 最後にそう言って、モニターの映像が途切れる。

 最高のサプライズに興奮冷めやらぬ中、ミオンがファンに向かって告げる。


「ナーシャの歌凄かったね! 私たちも負けないよ! さぁみんな、最後まで盛り上がっていこーー!!」


「「おおおおおおおおおお!!」」


 DAのサマーイベントは、大成功で幕を閉じたのだった。



 ◇◆◇



「ふぁあ……」


 九日ぶりに会社に出社した俺は、自分のデスクで大きな欠伸を溢す。部屋には俺以外誰も居ない。遅刻しないように朝早く家を出たからだ。


「ふふ、大きい欠伸ですね。眠いんですか?」


「あっ楓さん……うん、ちょっとね」


 欠伸が止まらず連発していると、隣に座ってきた楓さんにくすっと笑われてしまう。うぅ……恥ずかしいところを見られてしまったな。いかんいかんと頭を振るが、眠気は取れないし、頭がボーっとする。


「昨日までロシアに行ってたんですよね。時差ボケでしょうか?」


「かもしれないな~」


 昨日ロシアから帰ってきて、夜中に家に到着した。そこからすぐに寝ようと思ったんだけど、中々寝付けなかったんだよな。楓さんの言う通り時差ボケだろうか。

 でもロシアに行っていたのは一日ぐらいだし、そんな短い時間で時差ボケってなるもんなのかな。


「愛媛の次はロシアですか。それにナーシャさんに会いに行っていたなんてズルいです」


「ははは……ごめんね」


 ポリポリと頭を掻きながら謝る。

 予め楓さんと島田さんには、灯里とメムメムと一緒にロシアに行くから土日の二日間はダンジョンには行けないと伝えていた。

 だけど、ナーシャに会うことまでは言ってなかったんだ。言わなかったのはなんとなくで、特に理由はないんだけどさ。

 申し訳なく謝ると、楓さんは意味深な笑顔を浮かべてこう言ってくる。


「許しましょう。その変わり、今度旅行に行く時は私も誘ってくださいね」


「う、うん……勿論。そういえば楓さんは土日どうしてたんだ?」


「天気も良かったので私は一人で外出していましたね。気になっていた映画を見たり、昨日はDAのライブに行きましたよ。そういえば島田さんも紗季さんと来ていたみたいです」


「そうなんだ」


 流石DAのファンだな……。確かライブのチケットって凄く倍率が高かった気がするけど、楓さんも島田さんもよく取れたな。これが愛の成せる力だろうか。


「おお許斐~! 愛媛に行くことは知ってたけどロシアにも行ったんだって~?」


「それもナーシャちゃんと会ったんだろ? いいよな~」


「お前ほど夏季休暇をエンジョイしてる奴なんて居ないぞ。このリア充め~」


 楓さんと話していたら、次々と出社してきた同僚たちにからかわれてしまう。

 そういうあなた達だって、こんがり肌が焼けてるように見えますけど。しっかり海でエンジョイしてるじゃないか。人のこと言えないでしょうよ。


「あっ、皆さんにお土産買ってきたんですよ、どうぞ」


「気が利くね~」


「俺はお土産なんかじゃ騙されないぞ~」


 デスクの横に置いてある愛媛とロシアで買ったお土産を皆に配る。楓さんと島田さんには個別で買ってきているから後で渡そう。


「あれ、そういえばエマがまだ来てないな」


「そうみたいですね。もう始業時間ですが……休みでしょうか?」


 いつもお世話になっているからエマにもお土産を買ってきていたんだけど、彼女の姿は見当たらない。遅刻だろうか? でもエマって今まで遅刻したことなかったし、それじゃあ休みだろうか?


 疑問を抱いていると、日下部部長がやってくる。彼の姿を見てバっと社員が立ち上がると、日下部部長が朝礼を始めた。


「皆さんおはようございます。長い夏季休暇は楽しめたかな? 許斐君は愛媛にロシアと満喫したみたいだけど」


 部長が俺の方に顔を向けてにっこり笑いながら冗談っぽく言うと、ははっと社員の皆による笑い声が溢れる。

 うう……ダンジョンに行くと個人情報がもろバレしちゃうのがキツいよな。


「まだ休暇気分だろうけど、仕事のほうはミスをしないようにお願いね。それと皆に、一つ残念なお知らせがあります」


 残念なお知らせ? なんだろう……部長の口からそういうこと言われると、こっちとしては身構えてしまうんだが。

 どんな内容なのか気になっていると、部長は眉尻を下げて悲し気にこう告げた。


「エマ・スミスさんが自己都合により本日付けでアメリカ支部に転勤となりなりました。急遽決定したことだから既にアメリカに発っているよ」


「ええ!?」


「エマちゃんが!? そんな~~急過ぎですよ部長~!」


「エマちゃ~ん、カンバ~ック!」


「うん、彼女の転勤は皆と同じく私も寂しいよ。エマ君も皆に挨拶をしたかったって申し訳なさそうにしていたよ。とまぁそういうことだから、今日からエマ君が居ないけど頑張ろうね」


 部長の報告を聞いた社員の皆のテンションがだだ下がる。さっきまでとは偉い違いようだ。それだけ、皆にとってエマの存在が大きかったってことだろう。


「エマが転勤……」


「それにしても急過ぎですね……」


 まさかの事態に、俺と楓さんは顔を見合わせて酷く驚いていたのだった。

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