第169話 ロシアへ
「うわ~、やっぱり人が多いねぇ」
「夏季休暇もピークだからな。皆どこかに出掛けたりするんだよ、俺達みたいにね」
「人混みは苦手だよ……」
長期夏季休暇もピークに差し掛かった頃、俺と灯里とメムメムの三人は朝早く成田空港に訪れていた。
これから旅行に出掛けるのか、旅行から帰ってきたのか、空港内は歩くのも大変なぐらい人で溢れかえっている。
俺達が成田空港に来た目的は、ここにいる人達と同じように海外に向かう為である。
目的地はなんとロシアだ。
他人からしたら二度も旅行するの? って感じだよな。まぁ今回のロシア行きは旅行というより、用事があって行くんだけどね。
どうして俺達がロシアに行く事になったのか。それは、夏季休暇が始まる前にメムメムからお願いされたからだった。
『ある人物と約束をしてしまってね。一緒について来て欲しいんだ』
そう言われた時は東京近辺かなと思ったけど、目的地がロシアって聞いた時は凄くビックリしたよ。東京近辺どころか、まさか日本を出て国外に行くとは思いもしなかった。
何故突然ロシアに行きたいのか詳しく理由を聞いたところ、どうやらある人物に一緒に行って欲しいと頼まれたそうだ。
その人物は、楓さんや島田さんでもない。
引きこもりのメムメムは俺達以外の交友関係が乏しい。だからいったい誰なんだろうと頭を捻ったんだ。彼女の知り合いっていうと後は合馬大臣ぐらいだし。
では、メムメムにお願いした人とはいったい誰なのか。それは――。
「シロー、アカリ、メムメム、
「あっ、ナーシャ!」
俺達に声をかけたのは、アイドルグループDAの四人目のメンバーであり、ロシアの歌姫と言われているアナスタシア・ニコラエルであった。
――そう、メムメムに一緒にロシアに行って欲しいと頼んできたのは彼女である。
いつの間にそんな約束をしたんだと本人に聞いてみたところ、DAとコラボをした時に頼まれたらしい。
そういえばコラボが終わって解散する際、メムメムはナーシャと一言二言話をしていた気がするが、きっとその時に頼まれたんだろう。
でもメムメムが人の頼みを聞くなんて少し意外だよな。面倒な事とかには余り関わらないタイプなのに。
「シローさん、あまり大きな声で言っちゃダメだよ」
「ごめん……つい」
灯里に注意された俺は、頭を掻きながら謝る。
ナーシャは今をときめくアイドルだ。もし彼女の正体がバレたら大騒ぎになってしまうだろう。
それは本人もよく分かっているのか、しっかりと変装をしていた。
目立つ銀髪を隠すのに帽子を被っており、美しい顔立ちはサングラスとマスクで覆われている。服装もやや地味目のワンピースを身に纏っていた。
しかし、変装しているにも関わらずナーシャは目立ってしまっている。
歌姫として、またアイドルとしての
俺達はメムメムに認識阻害の魔術を掛けてもらっているが、それでも周囲を歩く人達はこちらを振り返ったり見てくる人も少なくない。
「まさかボクの魔術をその身一つで打ち破られるとはね。ほら、かけておいたよ」
「ナイス、メムメム」
「見世物はごめんだからね」
注目されるのを嫌がったメムメムが、ナーシャにも認識阻害の魔術をかける。すると
多分これで大丈夫だとは思うけど、迂闊なことはしないように気を付けよう。
視線が消えて落ち着ける中、俺達は改めてナーシャと挨拶を交わす。
「ナーシャちゃん、久しぶり」
「元気にしてたかい」
「三人とも、今日はワタシの為に来てくれてありがとう。本当に感謝してる」
「色々聞きたい事もあるけど、飛行機に乗ってからにしようか」
軽く挨拶を交わした後、俺達はロシア――モスクワ行の便に乗る搭乗手続きを行う。
自動チェックイン機に向かい、長い列に並んで航空券を発券した。それから手荷物カウンターで、財布やスマホ以外の機内に持ち込まない荷物を預ける。
保安検査場で荷物の確認を無事に済ませた後、搭乗口に向かった。
「綺麗っていうか、なんか凄いね……」
「これがビジネスクラスか……」
俺と灯里は、ビジネスクラスの風景に圧倒されていた。
初めて乗ったけど、こんな風になっているんだなぁ。空間が広いのもそうだけど、椅子の高級感だったりテレビもついていたりと、エコノミークラスとは全然違う。まるでホテルの一室のような設備だ。
ビジネスクラスの充実した設備に圧倒されつつ、俺は恐る恐るナーシャに尋ねた。
「でも本当に良かったのか? エコノミーでも良かったんだよ……高いし」
実はというと、全員分の航空券をナーシャが買ったんだ。しかもお高いビジネスクラスを。
勿論自分達の分は自分達で払うと言ったんだけど、彼女は頑なに拒んだ。彼女なりの誠意だから厚意に甘えてしまったんだけど、改めて乗ってみたら申し訳ない気持ちになってくる。
「問題ない。お金ならあるし、ワタシがどうしてもとお願いしている立場なんだから出すのは当たり前。シロー達は気にしなくていい」
「でもさ……」
「いいじゃないかシロー。彼女なりの誠意なんだ、素直に受け取っておこうぜ」
「メムメム……そうだな、ありがとうナーシャ」
「うん」
うじうじしてもナーシャに失礼だろう。ここは彼女の気持ちを尊重し、初めて乗るビジネスクラスを存分に満喫するか。
「それに、彼女はボク等よりもがっぽがっぽ稼いでいるんだろ? これくらい大した出費じゃないさ」
「こらメムメム、そういうこと言わない」
「お前……」
手でマネーポーズを取りながら、にやりと下卑た笑みを浮かべるメムメム。
珍しく良いこと言ってるなぁと感心していたのに、余計な一言で全部台無しだよ。
『間もなく出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。シェレメーチエボ空港までの飛行時間は約10時間30分を予定しています。それでは快適な空の旅をお楽しみください』
メムメムに呆れていると、キャビンアテンダントから機内アナウンスが流れる。出発準備が完了したのだろう。
俺達は灯里・俺・通路を挟んでナーシャ・メムメムの順に横一列で座った。
成田空港からモスクワ行の直通便は、約10時間30分の飛行時間。成田空港を10時45分に出発して、シェレメーチエボ空港に15時到着予定だ。
因みに、ロシアに行く事は合馬大臣に報告済みだ。
電話で伝えると、合馬大臣は呆れた風に、
『愛媛の次はロシアか。羨ましいね~、私は忙しくて家族旅行にもいけないというのに。これも許斐君がゴブリンを見つけたお蔭だよ、本当にありがとう』
といった感じで皮肉を言われてしまった。
愛媛にゴブリンが出現したことで、合馬大臣はその対策に追われているらしい。申し訳なくなったのでなにか手伝えることはないかと聞いてみたら「その時が来たらお願いするから楽しんできたまえ」と言われた。
国を纏める国家公務員は大変だよなぁ。
折角の長期夏季休暇なのに、休みも取れず仕事に追われてしまうんだから。
合馬大臣に同情していると、アナウンスが鳴る。どうやら飛行機が離陸するらしい。
「離陸する時ってなんだかドキドキしちゃうよね」
「そうだな。ちゃんと飛ぶのかな~とか心配しちゃうよ」
隣にいる灯里に話しかけられ、俺は大きく息を吐きながら同意する。
多分灯里のドキドキはワクワクだろうけど、俺の場合は不安のドキドキなんだよな。大丈夫だよな? 落ちないよな? とか心配の方が大きいんだ。
そういう所が自分でもちょっと情けない。
まぁ、飛行機に乗るなんて高校の修学旅行以来だしな。大学では卒業旅行とかしなかったし。
そんな心配をしているとついに離陸し、俺達を乗せた飛行機はモスクワへと飛び立ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます