第161話 珍しい四人組

 


 士郎が風間と黒い穴に入り、刹那と鉢合わせして巨人の石像を倒す少し前の頃。


 星野灯里とメムメムは、ギルドで待ち合わせをしていた五十嵐楓いがらしかえで島田拓造しまだたくぞうと合流し、旅行土産を渡したり会話をしたあと、ダンジョン二十五階層を訪れていた。


「サンドシャーク1、ライトニングバード2、ヤドカリン1。私がサンドシャークとヤドカリンを引きつけますので、灯里さんとメムメムさんはライトニングバードをお願いします。島田さんは状況を見て戦闘に加わってください。プロバイケイション」


「「了解!」」


「了解、プロテクション、ソニック」


 探索していると、早速四体のモンスターと遭遇する。司令塔の楓が全体に指示を下しながら【挑発】スキルを発動した。島田のバフスキルをかけられた楓は、速足でヤドカリンと対峙する。


「ヒギィ」


「シャアア!」


 ヤドカリンの突進を大盾で受け止めると、側面の砂浜の中からサンドシャークが飛び出して腹に喰らいついてくる。サンドシャークの歯牙は強靭かつ鋭く、普通の冒険者ならば肉を食い千切られていただろう。


 しかし盾職タンクの楓は元々防御力が高く、バージョンアップした防具に加え、島田のバフスキルが付与されているため歯牙が防具を貫くことはなかった。


「イイ、30点! けどまだまだですよ! シールドバッシュ!」


「ジャア!?」


 痛覚に関しても、彼女の場合はダンジョン病性癖(M)により快楽に変換される。久々に“イイ”ダメージを受けたのと、好いている士郎が一緒に居ないことから日頃抑えている羞恥心が解放され、悪い癖が出てしまった。


 若干興奮している楓は、大盾を掲げて自分の腹部に噛みついているサンドシャークの頭におもいっきり叩きつける。悶絶した砂鮫は逃げるように砂浜に潜り込んだ。


「「クワー!!」」


 挑発の範囲外にいる二体のライトニングバードは、上空から灯里とメムメムに雷撃を落としてくる。

 二人は砂浜を蹴って雷撃を回避する。動き回りながら灯里が矢を射るが、雷鳥も身を翻して紙一重で躱した。


「駄目か。ならこれならどう、アローレイン!」


「「クアー」」


「あれ……届かない」


 ライトニングバードはさらに上に飛び上がり、アローレインの攻撃範囲から逃れる。雨の矢となって降り注ぐが、すでに回避されていたので不発に終わってしまった。

 自分の攻撃が届かず手をこまねている灯里に、メムメムが作戦を伝えた。


「ボクが奴等の動きを止める。その隙にアカリが撃ち落としてくれ」


「うん!」


 メムメムの策に灯里が頷いていると、二体のライトニングバードが下降してくる。灯里たちの攻撃が届かないのと同様に、雷撃を当てるには雷鳥もギリギリまで接近しなければならないからだ。


 ライトニングバードが接近しながら雷撃を放出しようする寸前、メムメムが右手に持っているタクトを掲げて魔術を発動する。


「グラビテーション」


「「クワッ!?」」


 雷鳥の手前にサッカーボールほどの重力場が作られる。凄まじい引力に抗えず、二対のライトニングバードは悲鳴を上げながら身体を吸い寄せられた。


 グラビテーションは、超小規模の重力場を作る重力魔術だ。ダメージを与えることはできないが、周囲にいるモンスターを引き寄せ身動きを封じることができる。


「今だ」


「アローレイン!!」


「「クワアアッ!?」」


 灯里が放ったアローレインが、逃げられないライトニングバードに直撃する。雷鳥は悲鳴を上げながら砂浜に落下し、怯んでいるところを島田の鎌で斬り裂いた。


 ポリゴンとなって霧散していくのを横目に、灯里とメムメムが楓の助太刀に入って、連携を駆使してヤドカリンとサンドシャークを倒し、戦闘終了となる。


「皆さんお疲れ様です」


「おつかれ。許斐君が居なくて心配だったけど、意外と安定してたね」


「ふん、ボクらを見捨てた浮気者なんて必要ないよ。もう帰ってこなくていいんじゃないか」


「も~メムメムったら、またそんなこと言って!」


 士郎がおらず、初めてこの四人メンバーでのダンジョン探索。モンスターと数度戦ったが、苦戦することもなく順調にやれていた。


 というのも、普段回復に専念している島田が攻撃役アタッカーの役目も担い、普段余裕を持って戦っている遊撃手のメムメムがいつもより割増で頑張っているからである。


 メムメムがちょちょいとやる気を出せば、シローの空いた穴を埋めるのは難しくなかった。


 久々のダンジョンだというのに自分たちを置いて一人風間と一緒にダンジョンに行ってしまった士郎を、メムメムがニヤリと口角を上げながら責める。そんな魔術師に、灯里が駄目じゃないと叱った。


「約束していたのですから仕方ないですよ。(まぁ、私も士郎さんと会いたかったですけど)」


「そうだよ。それに誘われたのがアルバトロスの風間さんでしょ? トップオブトップの彼から誘われて断れる冒険者なんて居ないさ。僕だって出来ることならご一緒したいし、一緒に写真とか取らせてもらいたいよ(実は僕と紗季ちゃんも風間さんのファンなんだよね)」


 士郎を庇う楓と島田。言葉とは裏腹に楓は士郎と会いたいと思っていて、島田は誘われて断れない士郎の気持ちがよくわかる。


 二人は事前に、士郎から今日一緒に探索できないことを知らされていた。土日に会っていなかったから久しぶりに顔を見たかったし、愛媛に行った話なども聞きたかったのだが、約束があるのならば仕方がない。


 それに、あの有名人の風間の誘いを断る訳にもいかないだろう。彼とダンジョンに行くことは、士郎にとってもかてになるはずだから。


「許斐君といえば今頃なにしているんだろう。二人も二十五階層ここに来てるんだよね? バッタリ会ったりしないかな~」


「じゃあ、ちょっとだけ様子を見てみましょうか」


「うん! 見る見る!」


 士郎と風間も自分たちと同じ階層に来ているはずだから、ワンチャン会えないかと島田が思っていると、楓が提案して灯里が賛成する。


 周囲にモンスターが居ないことを確認してから、それぞれ収納空間からリュックサックを取り出し、中からスマホを取ってYouTubeを開く。


「ダンジョン 許斐士郎」と検索すると、「許斐士郎 風間清一郎」というタイトルの動画がライブ配信されていた。


「これだね」


 士郎のダンジョンライブを見つけた灯里たちが画面をタップすると、視聴モードになる。画面の中の士郎と風間は、丁度黒い穴を発見したところだった。


「なに……この黒い渦みたいなの」


「もしや……最近話題になっている黒い穴でしょうか」


「五十嵐さんはこれがなんなのか知っているのかい?」


 灯里が怪訝そうに眉尻を上げると、楓があれじゃないかと予測を立てる。島田が問いかけると、楓は自分が知っている情報を皆に伝えた。


 最近のことだ。渦を巻いている黒い穴が、全ての階層でランダムに出現しているらしい。偶然発見した冒険者が気になって入ろうとするも、弾かれてしまい中に入ることはできなかった。


 ダンジョンファンや考察廚が新しいイベントが発生したのかと騒ぎ立てていて、楓もチェックしていたのだ。因みに、考察廚の中ではまた士郎が関わってくるのではないかと推測しているスレもあった。


「へ~、そんなのがあったんだね」


「それで? シローの前に黒い穴が現れたという訳かい。相も変わらず厄介事に巻き込まれる男だね」


((……お前もそうだったんだよ))


 やれやれと肩を竦めながらため息を吐くメムメム。

 厄介事に関してはメムメムも同じだろうと三人が胸中で突っ込んでいるのを彼女は知らない。


 それにしても士郎には呆れてしまう。最早、そういう星の元で生まれたんじゃないかと疑うレベルの頻度で厄介事と遭遇しているのではないだろうか。


「あっ、入っちゃいましたね」


「ええ!? ほ、本当だ!」


「ほ~ら、やっぱりそうじゃないか」


「画面が真っ暗で何も見えないよ」


 風間が黒い穴に弾かれた後、士郎が触れると入れるようになってしまう。見たことないほど興奮する風間に連れられ二人が黒い穴の中に入ると、スマホの画面が真っ暗になってしまう。


 その後、キンッ! ガキ! と剣と剣が重なるような金属音が聞こえてきた。


「何かと戦っているんでしょうか……」


「も~! なんで画面が暗いの!?」


 何かと戦っているのを画面から感じられるのだが、真っ暗でどうなっているのか分からない。少しの間見守っていると、風間がランタンで明りを灯した。すると、画面に映っていたのは――、


「ええ!?」


「ここ、この人はまさか……」


「神木刹那!?」


 画面に映っていたのはなんと日本最強のソロ冒険者、神木刹那だったのだ。

 まさかこの場に刹那がいるなんて想像できず、灯里たちは動揺してしまう。


 話を聞いていると、刹那は自分の意思ではなくアクシデントによって黒い穴の中に入ってしまったらしい。そして士郎と風間に斬りかかったという訳だった。


「す、凄いメンツが揃っちゃったね」


「ええ……刹那と風間さんは言わずもがなですが、今や士郎さんも二人に劣らない有名人ですからね。これはダンジョンファンなら絶叫ものですよ」


「へ~、こいつがカミキセツナってやつか」


 唖然とする灯里の口から零れた言葉に、楓が同意する。日本最強の刹那と、アルバトロスのリーダーの風間、それに何かと話題の士郎が一堂に会するのは、ドリームマッチと言っても過言ではないだろう。


 現にYouTubeの視聴者が爆速に増え、コメント欄が嬉しい悲鳴で埋め尽くされていた。


 どうやら三人は、一先ず洞窟の先へと進むそうだ。だがしかし、すぐに黒い化物の群れに襲われてしまう。


「なにこれ……モンスターなのかな?」


「なんだか不気味だね」


 見たことがない化物に嫌悪感を抱いていると、刹那と風間があっという間に化物――黒獣を蹴散らしてしまう。士郎の出番は全くなかった。


「とりあえず無事みたいですね」


「どうしようか……なんだか許斐君が凄いことになっちゃってるけど、このまま探索続ける?」


 ぽりぽりと頬をかきながら島田が皆に尋ねると、灯里が真剣な表情で答える。


「ごめん……皆には悪いけど、戻って士郎さんを見ていたい」


「そうですね……このままだと気になって探索どころではないですし、こんな凄いダンジョンライブを見逃すのも惜しいですから、今日のところは引き返しましょうか」


「うん、僕もそうしたいかな」


「異議な~し」


 満場一致ということで、士郎が心配な灯里たちは探索を中止し、自動ドアを探して現実世界に帰還するのだった。

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