第160話 三人の戦い

 


 鎧像の軍勢を全て倒した士郎と風間と刹那だったが、戦いはそれで終わらなかった。


 士郎が回復薬ポーションを飲んで体力を回復していると、沈黙を貫いていた巨人の石像が動き出してしまう。


 交差していた両腕が解かれ、ドシンと大きく一歩踏み出した。すると、今まで石像が立っていた場所の後ろに扉があるのを発見する。刹那と風間は、石像を倒せば扉が開くのであろうと推測を立てる。


 その推測は当たっていた。次のルートに進むための扉を開くには、石像を倒さなければならない仕組みになっている。


 だが、石像から放たれる威圧感は凄まじく、一筋縄ではいかないことが対峙して分かった。

 恐らく階層主相当の脅威度だろう。三人は警戒レベルを最大限まで上げ、集中力を高める。


「ギガフレイム」


 開幕の火蓋を切って落としたのは刹那だった。

 右手を掲げると、石像に向けて炎魔術を放つ。豪炎は石像の顔面に直撃したが、煤すらつかずダメージを与えた気配はなかった。

 突然魔術で攻撃した刹那に、士郎が疑問気に尋ねる。


「えっ……なんで魔術を使ったんだ?」


「一応魔術が効くかどうか知りたかっただけだ。結果は御覧の通りだがな」


 鎧像には魔術の効果が無かったが、石像には効くかもしれない。刹那はそれを知るために試してみたのだろう。

 しかし、鎧像と同じく石像にも魔術は無効なようだ。


「何事も試すのは良いことだよね」


『排除する』


 刹那の行動に風間がフォローしていると、三人に接近した石像が大きく足を上げ、踏み潰そうとしてくる。


「散開!!」


 風間がいつもの癖で合図をかけると、三人はバラバラに散って踏み潰しを回避した。


「許斐君、足を狙おう!」


「了解です!」


 風間の指示に従い、士郎は石像へ駆け出す。ゴーレムなどの大型モンスターと戦う場合は、物理攻撃が届かないため片足を削り、体勢を崩したあとにトドメを刺すのが定石である。


 魔術の効果があったり、遠距離物理攻撃ができる仲間がいればそれでも構わないが、今回はどちらとも選択肢にない。

 なので士郎たちが取れる戦法は、とにかく片足にダメージを集中させて石像の体勢を崩すしかなかった。


「「はぁああ!!」」


 二人は石像の左足に接近すると、大きく長剣を振り下ろした。

 しかし風間が与えたのは掠り傷程度で、士郎に至っては表面が硬くて弾かれてしまう。


(硬いな……これは削るのに時間がかかりそうだ)


(くそっ、硬すぎるだろ!?)


「そんなチマチマやっていられるか。スカイウォーク」


 二人が足に攻撃している間に、刹那は大きく踏み込んで空中を跳んだ。【回避】スキルのレベルを上げると覚えられるスカイウォークは、五回だけ空中を飛び回れる武技アーツである。


 凄まじい勢いで宙を跳び回る刹那は、石像の肩に着地して二つの剣を振り翳した。


「アスタリスク」


『ぐっ……』


 石像の顎付近に強烈な斬撃を浴びせる。アスタリスクは一度に六度の斬撃を放つアーツだが、刹那の場合は二刀流なので二×六となり十二連撃とさらに強力な攻撃となっていた。


「凄い……」


「はは、相変わらず集団行動は嫌いなようだね」


 刹那の攻撃に士郎は感心し、風間は苦笑いを浮かべる。そして石像も、顔面へのダメージは効いたのか不愉快そうに歯軋りをした。


『小癪な侵入者め、焼き払ってくれるわ!』


「――っ!?」


 石像の両目が妖しく光る。その直後、光る両目からビームのようなエネルギー波が放たれた。 


 予想外の攻撃に刹那は回避できず、咄嗟に二つの剣を交差して防御する。

 しかし衝撃が強くて踏ん張りきれず、空中に投げ出されてしまった。


「「刹那っ!!」」


『次は貴様等の番だ』


 ニヤリと下卑た笑みを作る石像は、二人に攻撃されていた左足を大きく振りかぶる。何をしてくるのか察した士郎は、マズい! と背を向けてその場から逃げ走る。


『死ね』


「うぁぁああああ!?」


 サッカーボールを蹴るかの如く、石像はおもいっきり左足を振り抜いた。ブオンッと凄まじい風圧とともに巨大な足が迫り来るが、士郎と風間は事前に行動していたので蹴られることはなかった。


(あんなの喰らったら一撃で死ぬだろ!)


 石像の脚撃に、士郎は心臓が縮みあがるほどの恐怖を抱いた。まともに受けてしまえば、木端微塵に粉砕されてしまうだろう。絶対に喰らっちゃ駄目だと心に誓った。


『ちょこまかと煩わしい、薙ぎ払ってくれる』


 苛立たし気な石像の目が赤く輝き、士郎に向けて二対のビームを放つ。士郎は走り逃げて回避するのだが、石像の顔が動いてビームが追いかけてきた。


(このままじゃ逃げ切れない!)


「ギガンシルド!!」


 逃げる士郎にビームが追いつく瞬間、風間が間に割って入る。左手に持つ盾を構え、防御アーツを発動した。

 ドオオッ! とビームが盾に直撃するが、風間はギリギリ踏み止まる。


「風間さん!」


「なに、これくらい大丈夫さ!」


「タイダルウエーブ」


『ぬぅぅうう!?』


 スカイウォークで再度接近していた刹那が斬撃の竜巻を放つと、石像の顔面に着弾する。攻撃を受けた石像は仰け反り、ビームから解放された士郎と風間はこの好機を逃さず一気に足下へ駆け出した。


「今だ、行くぞ!」


「はい!」


 士郎と風間は石像の左足に肉薄すると、渾身のアーツを繰り出した。


「パワースラッシュ!」


「インパクトソード!」


 士郎が豪剣を、風間がパワースラッシュよりさらに強い一撃豪剣のアーツを同時に放つ。

 二人の一打がクリティカルヒットしたのか、左足首の関節部分が大きく削れた。二人に負けじと、刹那も追撃を仕掛けた。


「インパクトツインソード」


『グオオオオオオオオッ!!』


 刹那が放った斬撃が、石像の顔面に×印を刻み込む。三人から与えられた大ダメージに、堪らず石像は絶叫を上げた。


『許さん、許さんぞ! よくも我を傷つけたな。この痛みは倍にして返してくれよう! まずは蝿のように煩わしく飛び回る貴様からだ!!』


 怒りが頂点に達した石像は、怒声を上げながら空中にいる刹那に殴打のラッシュを繰り出す。

 刹那はスカイウォークで紙一重ながら躱すが、制限回数の五回目の後に捉えられ、殴り飛ばされてしまった。


「ぐはっ!?」


『次は貴様だ』


 さらに巨人はその場でしゃがみ込む。嫌な予感がした士郎は、直観に任せて大きく後方に距離を取るが、風間はその場で盾を構える手段を選択した。


 しゃがんでいる石像は地面を縫うように右足を振り回す。その攻撃範囲は広く、今から逃げても間に合わないと判断した風間は巨人の盾を発動して受け止めるも、威力に耐えきれず打ち破られ、勢いよく吹っ飛ばされて壁に激突してしまった。


「がはっ!!」


「風間さん!」


『余所見をしている場合か』


「しまっ――!?」


 風間の安否が気になって一瞬だけ振り返っている隙に、近づいていた石像が両手で士郎の身体を捕まえる。士郎は逃げようと藻掻くが、握力が強くビクともしなかった。


『グフフ、このまま握り潰してやろう』


「ぐぁぁあああああああああああああああああ!!!」


 握る力が強まると、激痛に悲鳴を上げた。バキバキと嫌な音が聞こえてくる。


 恐らく腕かあばらの骨が折れた音だろう。今まで味わったことがない苦痛に意識が飛んでしまいそうになった。


「風間ぁぁああああ!!」


「分かってるさ!!」


 士郎の悲鳴が甘美な音色に感じる石像は、愉しそうに嗤いながらさらに強く握ろうとする。そうはさせまいと、立ち上がった刹那と風間が助けに向かった。


「――我が王よ、円卓の誓いを今ここに果たそう――」


 風間が詠唱を謳うと、金色の長剣――ランスロットが青く光輝いた。石像に向けて、全身全霊の一撃を繰り出す。



「ジ・アロンダイト!!」



 眩く光る長剣を振るうと、極光の斬撃波が放たれる。斬撃波は大気を斬り裂きながら驀進し、石像の胸部に直撃した。


『ガァアアアアアア!!?』


「ぅ……」


「シロー!」


 風間の切り札の一つであるユニークアーツ、『ジ・アロンダイト』。発動するための条件に多少の手間はあるが、その威力は絶大だった。


 金色の長剣ランスロットから放たれる超強力な斬撃波を喰らった石像は、後ろに倒れながら士郎を手放した。

 解放された士郎は宙に投げ出されるが、落下する前にスカイウォークで跳んでいた刹那に間一髪抱き留められる。


「おいシロー、生きてるか!?」


「な……なんとか」


「ふっ、ならこれを飲め」


「んぐっ!?」


 ぐったりしている士郎に意識があるかどうか確認すると、震えた声音で返事をする。すると刹那は収納空間から小瓶を取り出すと、士郎の口に無理矢理突っ込んだ。


 液体が体内に流れこんでくると、全身の痛みが和らいだ。恐らくハイポーションを飲まされたのだろう。折れた骨が治っていくのが分かった。


 刹那が地面に着地して士郎を立たせていると、風間が合流する。


「許斐君、無事かい?」


「はい……なんとか。二人とも、助けてくれてありがとう」


「礼を言ってる場合じゃねぇぞ。やっこさん、風間の攻撃でブチ切れてるぜ」


 刹那の言う通りだった。風間のユニークアーツを受けてHPを大幅に削られた石像は、ギリリと歯を噛み締めて怒りを露にする。


『許さん、絶対に許さんぞ! 排除してやる!!』


「来るぞ!」


 怒りを乗せた拳を振り下ろしてくる石像に対し、士郎と風間は左右に分かれ、刹那はスカイウォークで回避する。左足を狙おうとする二人に、そうはさせまいと石像は左足を振り上げ、踏み潰そうとしてきた。


「風間さん、右に移動してください!」


「――!? 了解した!」


「タイダルウエーブ」


 空中で刹那が放った竜巻斬撃波が石像の側面に直撃すると、片足立ちの石像はバランスを崩してしまい、攻撃を中止して地面に足を着く。足がついた場所には、既に士郎と風間が攻撃準備を整えていた。


「アスタリスク!」


「インパクトソード!」


 二人のアーツが同時に決まり、左足首の硬い表面にようやく大きな罅が入った。あと強力な攻撃を一、二発当てれば部位破壊を成功させられるだろう。


 それを危惧した石像は、倒す優先度を士郎と風間に決めた。真下にいると攻撃がしづらいので、石像は三人から大きく距離を取る。


 石像の狙いに気付いた士郎は、風間に指示を下しながら迷わず走り出した。


「風間さん、今度は前だ!!」


『馬鹿め! 自分から喰らいにくるとは! 纏めて吹っ飛ばしてくれるわ!!』


「馬鹿はお前だ」


『何ぃいい!?』


 士郎と風間を狙って両目からビームを放つ寸前、忽然と現れた刹那が二つの剣を振り上げ、石像の顎をかちあげる。

 発射されたビームは士郎と風間の頭スレスレを通過し、二人に当たることはなかった。


 何故石像が刹那の接近に気付けなかったか。それは【隠形】スキルを使用したからだ。


【隠形】は自分の気配を消し、モンスターから発見されにくくする効果がある。戦闘に発展すると効果は薄れてしまうが、刹那は石像の意識が完全に士郎たちに向いたタイミングで発動したので、上手く決まったのである。


(凄いな……刹那も許斐君も、まるで未来さきを読んでいるかのようだ)


 怯む石像に走りながら、風間は驚嘆する。

 石像がたたらを踏む前から、士郎は左足が着地する場所がわかっているように思えた。それは、刹那が攻撃すると読んでいたのだろうか。


 ビームを回避した時もそうだ。普通直線で来る攻撃の対応は左右どちらかに回避するのだが、士郎は迷わず前に突っ込んだ。


 あの行動も、刹那が石像の顔を上げるような攻撃をすると分かっていないと出来ない芸当だ。失敗すれば直撃して死んでいたのだから。


 いや、士郎だけではない。刹那もまた、石像と士郎がどう行動するのかを分かっているような立ち回りをしている。ベストなタイミングで【隠形】を発動したのもそうだが、まるで一瞬先の未来を見ているかのようだった。


 それも、士郎と刹那は同じ未来感覚を共有しているようにも思える。


(いや、それは考え過ぎか?)


 有り得ない出来事に、風間は自分の考え過ぎだと心の中で一笑する。


「パワースラッシュ!」


「インパクトソード!」


 左足に肉薄した士郎と風間が、渾身の一打を左足に叩き込む。蓄積したダメージが限界を迎えたのか、ビキビキッと罅が広がり、ついに左足の関節部を破壊した。


『グオオオオオオッ!?』


 左足が壊された石像は立っていられず尻もちをついてしまう。こうなったら後は袋叩きにするだけだ。刹那はトドメを刺そうとスカイウォークで石像に接近する。


『己己ぇぇえええ!! これで終わりだと思うなぁぁああああ!!』


 このまま殺られるかと石像は両目を光らせ、宙に浮いている刹那にタイミングを計ってビームを放とうとする。


『死ねぇぇ「ギガフレイム!!」――ッぬぉぉおお!?』


「ナイスアシストだ、シロー」


 ビームを放つ寸前、士郎が放ったギガフレイムが石像の顔面に直撃する。何故効果がない魔術を使用したのか。それは、硝煙による目隠しをしたからだった。


 魔術でダメージは与えられないが、目隠しの役には立つ。刹那をアシストするために、士郎は豪炎を放ったのだ。

 それは奇しくも士郎が刹那と戦った時に行った戦法で、刹那は思い出して嬉しそうに微笑む。


『どこだ、奴はどこにいった!?』


「ここだ」


『なにぃぃ!?』


 硝煙が晴れた時には刹那の姿はなく、石像は首を振って探すが、聞こえてきたのは頭の上からだった。刹那は今、石像の頭に乗っていた。


「やっと見下ろせるぜ。オレはな、見下ろされるのが嫌いなんだよ」


『我の頭から退けぇぇええ!!』


 怒号を上げる石像は、頭の上にいる刹那を潰そうと両手を上げる。その前に、掲げていた二つの剣が力強く輝いた。



「テンペスト・ジ・ストリーム!!」



 石像の頭から股にかけ移動しながら、超高速の連続斬撃を繰り出す。


『テンペスト・ジ・ストリーム』は刹那が使えるユニークアーツであり、アスタリスクの進化版。

 一度のスキルモーションで十二連続、刹那の場合は二刀流なので計二十四連もの斬撃を繰り出す超高火力の固有武技だ。


『グァァアアアアアアアアアアッ!!!』


 技名の由来の通り攻撃する姿は暴風そのもので、刹那が斬りながら通った道筋は凄まじい傷跡を残していた。

 攻撃を喰らった石像は絶叫を上げると、HPが底を突いたのか鎧像と同じように黒い靄となって消滅していく。


「か、かっこいい……」


「はは、良いところ取られちゃったね」


 刹那のテンペスト・ジ・ストリームを生で見れて感激している士郎と、トドメを持ってかれ少し残念そうな風間。


「ふん」


 消滅していく石像を横目に、刹那は二つの剣を背中の鞘にカチャンと納刀しながら、満足そうに鼻を鳴らしたのだった。

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