第158話 鎧の軍団

 


「明るい……」


「広い部屋……のようだね」


「随分と風景が様変わりしたな」


 あれから俺たち三人は、何度か黒獣と戦闘を繰り返したのち、洞窟の出口のような場所に辿り着いた。そこを抜けると、空間がかなり広い場所が現れる。


 一見すると、広間は遺跡のような雰囲気を醸し出していた。岩肌だった洞窟の中とは真逆に、床や壁面が大理石のような造りになっている。


 それと内部は円形の造りになっており、松明や電気が無いのに室内が結構明るかった。


「壁面に並んでいるのは鎧の像かな?」


「正面には巨大な石像もあるぜ」


「今にも動き出しそうですね……」


 中世ヨーロッパ風の騎士を彷彿させる鎧像が、壁面にずらっと並んで置かれている。数は多く、ざっと三十はあるだろうか。


 さらには丁度真正面に位置する壁面に、腕を交差している巨大な石像が建てられていた。

 鎧像も石像もどこか不気味で、今にも動き出してしまいそうな雰囲気がある。


 まさかとは思うけど、アレが動き出して戦ったりしないよな……。

 そんな嫌な予感を抱いていると、風間さんがこう提案してきた。


「一先ず部屋の中を探ろうか。見た感じ、次に繋がる通路みたいなものがないようだし」


「わかりました」


 風間さんの提案により、俺たちはバラバラに別れて広間の中を調べることにした。

 広間の中央辺りは何もないので、基本的には壁に沿って歩いて鎧像を触ったり、鎧像の背後を見て何かないかと探したりする。


(こうして見ると、鎧像が持ってる武器って違うんだな)


 鎧像を調べていると、一つ分かったことがある。それは、鎧像が携えている装飾の武器や防具が、一つ一つ違うということだ。


 剣や盾を持っている鎧像もあれば、槍や斧、モーニングスターみたいな武器も持っている鎧像もある。ボディは全て統一されているみたいだが、持っている武器が違っていた。


 一通り広間の中を調べ終えた俺たちは、再び中央に集まって情報を交換する。


「どうだい、なにか分かったかい?」


「あまり役に立つか分からないけど、鎧の像が持っている武器がそれぞれ違うってことぐらいですかね」


「何もわからねぇよ。出入り口みたいのも見つからねーしな」


「そうだね……僕も巨人の像を調べてみたけど、次に繋がる扉や階段らしきものは何も見つからなかったよ」


 どうやら二人も何かを発見することはできなかったようだ。

 困ったな……完全に足止めを喰らってしまったみたいだ。次に繋がる扉や通路もないみたいだし、来た道を引き返すしかないのだろうか。


 はぁ……また黒獣と戦いながら暗い洞窟の中を戻るのか。嫌だなぁと心の中でため息を吐いていると、風間さんが俺たちにどうするか聞いてくる。


「これ以上ここに居ても時間の無駄だし、仕方ないけど引き返そうか」


「まぁ待てよ、こういうのはどっかに仕掛けがあるのが相場ってもんだろ。こんな風にな――ファイア」


「「あっ」」


 風間さんの意見に待てを唱えた刹那が、突然右手を巨人の石像に向け、初級炎魔術を撃ち放ってしまった。突飛な行動に俺と風間さんが唖然とする中、火炎は石像の顔面に着弾してしまう。


「ちょっと刹那、いきなり何してんだよ!?」


「これくらい試してもいいだろ。ゲームとかによくあるじゃねーか、行き止まりのステージを攻略するためのギミックを発動したりとかよ」


「許斐君、刹那が言っていることは案外的を射ているよ。僕としたことが、その可能性を失念していたなんてね」


「えっ……そうなんですか?」


 刹那の行いが間違っていないと言われてキョトンとしていると、突如ゴゴゴゴッ!! とけたたましい轟音と共に地面が大きく揺れる。


 な……なんだ!? 何が起こっているんだ!?

 不可解な現象に混乱していると、側にいる刹那が僅かに口角を上げた。


「ほら、ビンゴだ」


『侵入者発見、侵入者発見。侵入者を排除する』


「石像が……喋った!?」


 地面の揺れに戸惑っていると、正面に位置する巨人の石像の目がくるりと回転し、俺たちを見下ろしながら口を開いた。石像からは明確な敵意を感じ、【危機察知】スキルが反応する。


『兵士たちよ、侵入者を排除しろ』


「今度は鎧が動いたね」


 巨人の石像が命令を下すと、壁面に飾られている全ての鎧像が駆動する。ダンッダンッと足踏みし、俺たちに向かって歩み寄ってきた。


 くそっ、やっぱり動くんじゃないか。嫌な予感が当たってしまうなんて……フラグを立てるようなことしなきゃよかったよ。


「ふふ、楽しくなってきたね」


「やっとイベントが発生したってところか」


(ええ……この二人めっちゃ楽しんでるよ)


 三十体以上ある鎧が一斉に動き出したというのに、風間さんと刹那は楽しそうに笑みを浮かべている。流石上級冒険者というべきか、俺なんかとは違い肝が据わっているよな……。

 こっちは全然楽しめる状況じゃないって……。


「少し数が多いな。小手調べに数を減らすか」


「そうだね、一斉に来られると面倒だし」


 ドン引きしていると、意志を統一した二人がそれぞれ片手を空に向ける。彼らは鎧像に狙いを定め、同時に呪文を唱えた。


「「メテオフレイム」」


 その瞬間だった。上空に巨大な炎の塊が二つ出現し、ドパンと弾ける。弾けた炎の塊が豪雨のように降り注ぎ、鎧像へ一斉に襲い掛かった。


 ズドドドドドッ!! と爆音が鳴り響き、鎧像が灼熱の業火に包まれる。凄まじい攻撃魔術に、俺はただ圧倒され茫然と見ていることしかできなかった。


(すげー……確かこの魔術って、炎系の最強魔術だよな)


 風間さんのダンジョンライブで何度か見たことがある。

 二人が今放った魔術はメテオフレイムと言って、ファイアの系統で現在確認されている最大級の炎魔術だ。


 広範囲と大火力を誇り、隕石を模した複数の大火球が一斉に敵を焼き払う。ド派手なモーションは迫力があり、ダンジョンライブを視聴している時はすっごく楽しいんだよな。


「やったか?」


「どうだろうね……あまり手応えはなかった気がするけど」


「いやいや、十分すぎますよ」


 謙遜する風間さんにツッコンでしまう。いやだってそうだろ……超火力の広範囲魔術、それも二発同時に浴びせたんだ。ひとたまりもないどころかオーバーキルなんじゃないか? きっと今の魔術で鎧像は全滅しただろう。


 そんな俺の楽観的思考は的外れなようで、硝煙が晴れた光景を目にして絶句する。


「なっ……無傷だって!?」


「ちっ」


「はは、どうやら不発に終わったようだ。ダメージを負っている気配は皆無だね。それに鎧像だけじゃなくて、ステージにも変化がないことを見るに、鎧像含めてこの広間全体に魔術無効化の効果が施されているようだ」


 メテオフレイムが直撃した筈なのに、鎧像は全て無傷だった。何事もなかったかのように歩みを進めている。


 嘘だろ……風間さんが言ったように、本当に魔術が効かない仕様になっているのか? 鎧像がどれだけ強いのか見当もつかないが、これだけの数を相手に魔術が使えないハンデを背負うってかなり厳しいだろ。


「ボケっとするな、来るぞ」


『排除する』


「くっ!」


 俺の間合いまで接近してきた鎧像が長剣を振り下ろしてくる。咄嗟に左腕に装着しているバックラーで防御するも、パワーが強く押し込まれてしまう。

 重いッ! それに斬撃速度も想像以上に速いぞ。まともに受けたら体勢を崩される。


『排除』


『排除する』


「くそ、数が多い!!」


 背後から横薙ぎに振るってくる斧をしゃがんで回避するが、すぐに右側面から三体目の鎧像が長剣を振り下ろしてくる。逆側に跳んでギリギリ回避するも、狙い済ましたように大盾を持った鎧像が突撃シールドバッシュをしてくる。


「がはっ!?」


 回避も防御も間に合わず、大盾の突撃を喰らった俺は衝撃によって軽く吹っ飛ばされてしまった。地面に尻もちをつく隙だらけの俺に、すかさず近くにいた鎧像が追撃を仕掛けてくる。


(やば――)


 これは死んだ。頭をかち割らんと迫る凶器に身体が硬直してしまい、死を悟って茫然としていた中、横から駆け付けた風間さんが盾で鎧像を跳ね飛ばす。


「許斐君、大丈夫かい?」


「はい……ありがとうございます」


 お礼を言いながらすぐに立ち上がる。危なかった……風間さんが助けてくれなかったら、死んでいたか致命傷をもらっていただろう。


「悪いけど、こちらもいっぱいいっぱいで君をフォローしきれない。なんとか堪えてくれ」


 そう告げると、風間さんは近くにいた鎧像に攻撃を仕掛けに行ってしまう。そうだ……魔術の使用を封じられているから、刹那や風間さんだって余裕がある訳じゃない。二人におんぶに抱っこじゃ駄目なんだ。


 俺自身の力で切り抜けなければならない。せめて死なないように、二人の邪魔にならないように立ち回らなくちゃ。


『『排除する』』


「ぐぉ……!! (とはいっても、この数を相手に立ち回るのはキッツい!!)」


 再び鎧像に囲まれてしまい、四方八方から矢継ぎ早に猛攻が飛んでくる。致命傷を避け、なんとか躱してその場を凌ぐのに精一杯だった。


 が、躱し切れず徐々にHPを削られてしまっている。回復薬ポーションを飲んでいる暇もないし、このままでは体力が尽きるのも時間の問題だろう。


 鎧像は一体一体がかなり強い。パワーもあり、攻撃速度も速く、持っている武器も様々。そんな厄介な鎧像が複数同時に攻めかかってくるんだ。


 しかも魔術が使えないというハンデを背負っている始末。俺の実力じゃ手に負えない。


「はぁ……はぁ……」


「おいシロー! お前の力はこんなものか!? そのザマじゃあの時と同じじゃねーか、しっかりしやがれ!」


「刹那……」


 鎧像の猛攻を紙一重で掻い潜っていると、離れたところで戦っている刹那から叱咤怒号が飛んでくる。その言葉に、俺はハッとなった。


 言われてみれば今の状況はあの時と似ている。罠転移に引っかかり十九階層に一人飛ばされ、強力なモンスターから次々と襲われてしまい、死にそうになったところを刹那に助けられたあの時と。


 あの時は、俺は手も足も出ずただ死を待つだけだった。

 でも今は違う。あの頃に比べ、俺も多くの修羅場を掻い潜り強くなったんだ!


(しっかりしろ! 目を覚ませ! また刹那に助けてもらうつもりか!)


 自分の力を信じるんだ。俺ならできる筈だ。


「ぉぉおおお!!」


 いつまでも、新米気分に浸っている訳にはいかないんだよ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る