エピローグ5

 


「ギガフレイム!!」


「ジェラアアッ!!」


「くそっ、ダメか!!」


 撃ち放った豪炎が、触手によって薙ぎ払われてしまう。

 やはり海のモンスターには火属性の攻撃が効きづらいのか。とはいっても、相手が海の中にいるんじゃ近づく事はできないし。


(調子が良いと思ったら、最後にこれだもんな……本当にダンジョンって奴は意地が悪いよ)


 俺達は今、ダンジョン二十五階層にてモンスターと戦闘を繰り広げている。

 今日の探索は順調に進み、二十三階層から二十五階層まで、一気に二層も階層を更新できた。


 今日のところはこれくらいにして帰還しようと自動ドアを探していたところ、突然俺の足が何かに掴まれてしまう。グッと引き寄せられ、地面を引き摺られながら海の中に引きずり込まれてしまった。


 息ができず藻掻いていると、突然俺の足を拘束していた何かが解き放たれる。急いで海上に上がり呼吸を繰り返した。


 マジで死ぬかと思った……ステータス恩恵で身体能力が上がってなかったら、あんなに息も続かなかったし体力も持たなかっただろう。泳いで砂浜に上がると、島田さんと楓さんの手を借りて立ち上がった。


 お礼を言いながら状況を確認していると、灯里とメムメムが海に向かって攻撃を放っているのを目にする。視線を追いかけると、そこには強大なイカがいた。


 大きなイカ型モンスターの名はクラーケン。別名『海のギャング』と呼ばれ、孤島ステージでは中ボス相当のランクを誇っている。

 草原ステージでいうミノタウロスのような存在だ。階層主とまではいかないが、倒すのに困難なモンスターには間違いない。


 クラーケンとの戦闘に発展したのだが、奴は基本的に海の中にいるのでこちらの攻撃手段が限られてしまう。手をこまねいている内に、他のモンスターも続々と現れ厳しい状況に追い込まれてしまったのだ。


「ジェルア!!」


「あっぶね!!」


 上から叩きつけるように降ってくる足を、横に跳んでギリギリ躱す。クラーケンの主な攻撃方法は、十本ある触手あしによる打撃や捕縛だ。単純ではあるが、これが厄介極まりない。手数が多いのもそうだが、触手がウネウネと不規則な動きをするので軌道が読みづらい。


 そして何よりも、クラーケンからは一方的に攻撃され、俺たちの攻撃は届きづらい八方塞がりなこの状況。カウンターで触手にダメージは与えられているが、それで倒しきるイメージが湧かなかった。


「プロバケイション!!」


「やぁああ!!」


「アスタリスク!!」


 楓さんが挑発スキルを発動し、彼女に注意を向けられている隙に俺と島田さんの斬撃でモンスターを屠る。


 ふぅ、これで雑魚モンスターは粗方倒しきったか。まだ本命クラーケンはピンピンしているけど。

 どうやって倒そうか考えていると、メムメムが近寄ってきて相談してくる。


「シロー、今のボク達ではあいつを倒す有効な手段がない。ここは逃げるのも一手だと思うけどね」


「えっ……逃げる?」


「そうだよ。階層主のように、必ず倒さなければならない訳じゃないんだろう? ならば戦わず逃げる手段を取っても構わない筈だ」


 逃げる……か。その考えは思いもつかなかったな。

 確かにそうだよな……メムメムの言う通り、別に逃げたって構わない。というより、それが一番良い案じゃないだろうか。


 長いこと探索していたから疲労も溜まってるし、何よりもクラーケンを倒す方法が思いつかない。このままダラダラと戦ったとしても勝てる見込みはないし、下手したら全滅してしまう。


 今までのように絶対戦わなきゃならない状況ではないし、逃げようと思えば逃げられる。それだったら、倒すことに固執せず逃げても構わないんじゃないのか?


「このまま戦うか、それとも逃げるか、その判断はパーティーのリーダーであるシロー、君が決めるんだ」


「「……」」


 皆が俺のことを見つめ、答えを待っている。

 俺はどうするか悩み、考え、決断した。


「戦おう。今までもこんな状況はあったけど、皆の力で乗り越えてきた。死んでしまうかもしれないけど、本当に死ぬ訳じゃないし。それに、ここまでダメージを与えて引き下がるのは勿体ないし、今日の締めがここで終わるのは後味が悪そうじゃん?」


「うん、やろう!!」


「そうですね。難しいからといって簡単に逃げては、冒険者の名折れですから」


「正直言うと少し疲れたけど、あいつを倒せば今日のお酒も美味しく飲めそうだ」


「ふふ、パーティーの意見が一致したね。それならとことん戦おうじゃないか。でもどうする? 依然奴は海の中だ。倒す手段はあるのかい?」


「それなら俺に考えがあるんだ。ちょっと賭けになるけど、試してみる価値はあると思う」


 そう言って、俺は皆に作戦を伝える。

 作戦を聞いた皆は驚愕したが、一応納得してくれた。灯里とメムメムがクラーケンの注意を引き付けている間、俺は収納空間から長縄を取り出す。


 こういった道具は、冒険者になる時に沢山買ってあった。懐中電灯やマッチ、方位磁石など探索で役に立ちそうな物を纏めて買っておいたんだ。

 まさか長縄が、こんな所で役立つ訳とは思わなかったけどね。


「よし、これで大丈夫ですか?」


「うん、ありがとう」


 楓さんに手伝ってもらい、長縄を腰に強く巻き付ける。

 魔力回復薬マジックポーションも一本飲んだし、これで準備は万端だ。あとは覚悟を決めて、作戦を実行するだけだ。


「星野君、メムメム君、こっちは準備オッケーだ! いつでもいけるよ!」


「「オッケー!!」」


 島田さんが声をかけ、二人も配置につく。

 楓さんが先頭に立ち、挑発スキルを発動した。


「プロバケイション!」


「ジュララ!!」


 挑発に乗ったクラーケンが、雄叫びを上げながら触手を楓さんに叩きつける。


「グラビティ」


「ソニック、プロテクション」


 彼女がガードしている間に、メムメムが重力魔法で触手を地面に縫い付ける。その間に島田さんがバフスキルを掛けてくれて、俺は触手に向かって駆け出した。


「よっと、おお……意外としっかりしてるな」


 固定されてある触手に飛び乗る。もっとヌメヌメしてると思ったが、これならいけそうだ。

 俺は体勢を整えると、クラーケンの本体に向かって触手を駆け登っていく。


「ジュラアアアアアッ!!」


「パワースラッシュ!!」


「チャージアロー!!」


 俺を払い除けようと襲い掛かる他の触手を、豪剣と灯里の支援によって撃ち落としていく。クラーケンも負けじと邪魔をしてくるが、その度に灯里や楓さんの援護によって払い除ける。そしてついに、クラーケンの下まで辿り着いた。


「はぁぁあああああ!!」


「ジャアアッ!?」


 俺は高く飛び跳ね、クラーケンの眉間に剣を突き立てる。

 悲鳴を上げる海のギャングは、たまらず触手で攻撃しようとしてくるが――、


「ギガフレイム!!」


「ジャラアアアア!?!?」


 豪炎を剣に伝えさせ、直接体内を焼き尽くす。剣に魔法を伝えさせられるのは、ジョブが魔法剣士だからできることだ。体表に火属性の耐性があろうが、直接体内に火炎を流し込めば関係ない。効いているかどうかは、クラーケンの悲鳴を聞けば一目瞭然だ。


 よし、このまま二発目を打ち込んでトドメを刺してやる。

 そう思った時だった。突如、苦しむクラーケンの全身から黒い液体がぶちまけられる。


「うわ!? なんだこれ……目が見えない!?」


 黒い液体を浴びせられた俺は、視界が真っ黒に染められてしまった。この液体って、まさかイカ墨か? ダメージは受けていないみたいだが、顔を拭っても視界が回復しない。もしかして、浴びただけで暗闇デバフ効果を付与されてしまうのだろうか。


「ジャラララララ!!」


「うおっ!?」


「「士郎さん!!」」


 クラーケンが暴れ始めると、俺も身体を激しく揺さぶられてしまう。振りほどかれまいと強く剣を握り締めるが、視界が暗くて平衡感覚が狂ってるし、衝撃に耐えられずに吹っ飛ばされてしまうのも時間の問題だ。


 ギガフレイムを使いたいのは山々なんだけど、必死にしがみつくのが精一杯で魔法の詠唱ができない。


(やばい……もう、だめ――)


 三半規管も限界がきて、剣を離してしまいそうになった時。

 突如けたたましい轟音が鳴り響いたと思ったら、暴れていたクラーケンの動きが止まる。

 何が起きたか分からないけど、やるなら今しかない。最後の力を振り絞り、魔法を詠唱した。


「ギガフレイム!!」


「ジャアアアアアア!?!?」


『レベルが上がりました』


 断末魔と機械音が聞こえると、俺は海に放り出されてしまった。

 泳ぐ力も残っておらず、体力の限界がきた俺はそのまま意識を失ってしまったのだった。



 ◇◆◇



「ごほっ……かはっかは……」


「士郎さん!!」


「良かった、気がつきましたね」


「あれ……みんな……」


 目を覚ますと、皆が心配そうな表情で覗き込んでいた。

 あれ……どうなったんだっけ。クラーケンにギガフレイムを撃ち込んだまでは覚えているんだけど、その後の記憶がない。

 ダンジョンにいるって事は、死なずに済んだみたいだけど。


「皆で士郎さんのことを引っ張り上げたんだけどね……」


「気絶してしまっていて……」


「シマダが応急処置を施して息を吹き返したって訳だ」


「応急処置って……まさか!?」


「ははは、心配しなくていいよ。人工呼吸する前に気が付いたからさ」


「そ、そうですか……」


 島田さんにそう言われ、ほっと安堵の息を吐く。

 よかったぁ……その前に起きれて。


 クラーケンを倒した後、三人で俺のことを引っ張ったそうだ。だけど俺が気絶していたから、慌てて灯里と楓さんが起こそうとしたらしい。けどやり方が雑だった為、すぐに島田さんが変わって適切な処置を施したそうだ。

 凄いな島田さん……応急処置まで覚えてるんだ。なんにしても、助かってよかったな。


「それじゃあ作戦は上手くいったみたいだな」


「とはいっても、無茶し過ぎです」


「そうだよ! 作戦を聞いた時は驚いたんだからね!」


「シローは見た目に似合わず無鉄砲なところがあるよね」


 ははは……俺も段々そう思ってきたよ。

 女性陣に怒られていると、島田さんが「まぁまぁ」と宥めて、


「無事倒したことだし、新たなモンスターがポップする前に自動ドアを探そうよ。流石にこれ以上戦うのは厳しいからさ」


「そうですね」


 という事で、俺達はモンスターと遭遇しないように自動ドアを探す。その際に、俺は気になっていたことを皆に尋ねた。


「そういえばさ、メムメムが俺のことパーティーのリーダーって言ってだけど、そんな事いつ決めたっけ?」


「「えっ?」」


 えっ……て、逆に何でそんな反応になるんだ?

 困惑していると、島田さんがこう言ってくる。


「僕はてっきり、このパーティーに入った時から許斐君がリーダーだと思っていたけど」


「私も士郎さんから誘われましたので、士郎さんがリーダーだと思ってましたよ」


「私は最初から士郎さんがリーダーだと思ってたよ」


「ボクは普通にシローだと思ってたよ」


「そ、そうなの?」


 もう一度聞くと、皆は同時に「うん」と頷く。

 あれ~おっかしいな~、俺としてはいつも指示してくれる楓さんがパーティーリーダーだと思ってたんだけどな。皆俺だと思ってたのか。


「リーダーは士郎さんでいいじゃん。ね?」


「そうですね。全員そう思ってましたから、これからも何も変わりませんよ」


「うん……じゃあ、とりあえずはリーダーをやらせて貰うよ」


 今更だけどパーティーのリーダーに決定した。とはいっても、楓さんが言うようにリーダーだからって特別何かやるわけでもなく、いつも通りでいいんだよな。


「それとさ、最後に暴れてたクラーケンの動きが突然止まったんだけど、あれは何が起きたんだ?」


 もう一つ気になっていたことを問いかける。

 クラーケンが俺を振りほどこうと暴れ回っていて、攻撃できず意識が飛びそうになった時、突然轟音が聞こえてきたと思ったら、クラーケンの動きが止まったんだ。


 あの時は無我夢中だったから何が起きたか分からなかったんだよな。


「あれは灯里さんの攻撃ですよ」


「灯里が?」


「そうなんだよ、本当凄かったんだ。いきなり星野君の身体が輝いてさ、放った弓矢がビームみたいに飛んでいってクラーケンに直撃したんだよ」


 ビ、ビーム……? 灯里にそんなアーツあったっけ?

 首を傾げていると、当の本人は「えへへ」と恥ずかしそうに頬をかきながら、


「士郎さんを助けたいと思ってチャージアローを撃ったら、なんか凄いのが出ちゃった」


「あの威力と性質はただのチャージアローじゃないだろう。そもそも矢ですらなかったよ」


「発光現象はユニークスキルだとして、攻撃の方はチャージアローがユニークアーツに昇華したのかもしれませんね」


 へぇ、灯里もユニークアーツを習得したのか。俺も見てみたかったなぁ。

 と、そのタイミングでようやく自動ドアを発見する。


「それじゃあ、帰ろうか」


 俺達は自動ドアを潜り、現実世界に帰還したのだった。



 ◇◆◇



 その日の夜。

 リビングのソファーでくつろいでいると、隣に灯里が座ってくる。

 何故かモジモジした様子でいたので、どうしたんだと聞くと、灯里は言いづらそうに口を開いた。


「あのさ……士郎さんの会社って夏休みがあるって言ってたじゃん?」


「うん、あるけど」


 俺が働いている会社は大企業ではないけど、かなりのホワイト企業だ。この前のGW《ゴールデンウイーク》もそうだったけど、夏季休暇や冬季休暇、それに祭日もしっかりと休みがある。


 そろそろ訪れる夏季休暇も、有給休暇を一日取れば一週間近く休みを貰える筈だ。


「もし士郎さんが良かったらなんだけど、一緒に愛媛に行かない?」


「え、愛媛!? って、灯里の祖父母がいるところだったよな?」


「うん。おじいちゃんがさ、お盆休みぐらいは帰ってこいってずっと言ってね。それに、お母さんの様子も見ておきたいと思って……」


 なるほどな……あのお爺さんなら言いそうだ。

 まぁ大事な孫が一人都会に行って、心配する気持ちも分からなくなはない。それに灯里の母親も、愛媛で療養してるんだよな。一度祖父母と母親に顔を見せに行った方がいいだろう。

 それに、灯里としても家族と会った方がいいだろうし。


「いいよ、行こうか」


「ありがとう! 士郎さん!」


 凄く喜ぶ灯里を見て、これで良かったと心から思った。

 少し話をした後、灯里は「疲れたから寝るね、おやすみ」と言って部屋に戻る。俺もそろそろ寝ようかなと腰を上げた時、メムメムが声をかけてきた。


「シロー、ちょっといいかい?」


「ん、どうした?」


「シローの会社は夏休みとやらがあるんだろ?」


「まぁ、あるよ」


 なんだ、メムメムもその話か。

 どっか連れて行って欲しいところでもあるのかな。あっ、そういやメムメムにも愛媛に行くこと言っておかないとな。

 そのことを話そうとする前に、メムメムはとんでもない事を口にしてきた。


「ある人物と約束をしてしまってね。一緒についてきて欲しいんだ」


「へぇ、いつの間にそんな約束してたんだよ。別にいいけど、どこに行くんだ」


「確か、ロシアって言ってたね」


「へ~ロシアか」


 …………。


 …………。


「ロシア!?!?」


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