プロローグ5

 


『合馬大臣と他二名が出て行った』


『その二名は許斐士郎とメムメムか?』


『それは分からないが、恐らくその二人だろう』


『全く、そこにいるのは分かってるのに人物を特定できないってどうなってんだ』


『それも魔術とやらの力なんだろう』


『なんでもありかよクソったれ』


『兎に角、今中にいるのはターゲットの星野灯里なんだな?』


『九割は』


『よし、ならば作戦に移そう。まずは外にいる護衛共を蹴散らせ。済み次第、星野灯里を攫いポイントに連れてこい。中にも護衛がいる可能性がある。しくじるなよ』


『『了解』』


 士郎宅の周辺に、一般人に紛れて家の様子を伺う者たちがいた。


 柱の陰に隠れている者、犬の散歩をしている者、住宅の屋根に寝そべっている者。それら全ての者は、白いマスクを被ったりサングラスをかけたりと顔を隠しており、耳に小型のマイク型通信機を装着していた。


 彼等は他国で活動する傭兵組織『黄泉ヨミ』の構成員である。


『黄泉』は要人の暗殺や拉致、武器調達や戦争への加入など、主に黒いことを生業なりわいとしている組織だ。まだ歴史は浅く構成員も多くないが、最近では裏の業界にも名が知れ渡りつつある。


 そんな『黄泉』に、とある依頼が入った。

 その依頼とは、世界を震撼させたくだんの異世界の住人メムメム――と暮らしている星野灯里という女性を攫い、指定された場所まで連れていくというものだった。


 依頼内容を確認した時、『黄泉』は受けるかどうか悩んでしまう。これまでは組織を大きくするために難しい依頼も受けてきたが、今回は難易度が不確定だったからだ。


 相手は摩訶不思議な魔術を使う異世界の住人。さらにその魔術がペテンでもなんでもないことは、襲撃動画と世界に向けた会見を見れば一目瞭然である。


 催眠ガスが効かず、人為的に竜巻を起こし、襲撃を不殺であしらう化物相手にどう対応するか。『黄泉』から見ても、あの襲撃事件に投入された兵士たちはその辺のゴロツキではなくれっきとしたプロだ。


 真っ昼間から平然と襲ったことや、身に着けている装備や兵器から察するに『黄泉』よりも軍事力は高いかもしれない。


 だが、メムメムは彼等を一蹴した。そんな化物相手に、果たして『黄泉』が対抗できるかどうか。

『黄泉』は悩んだ末に、依頼を引き受けることにする。


 理由は三つある。

 一つ目は、ターゲットの対象がメムメムではなく同居人の星野灯里であるからだ。メムメムを相手にするのは難しいが、ターゲットが普通の人間である星野灯里だけならばなんとでもなる。


 二つ目は、依頼報酬が莫大だったからだ。前金だけでも目がくらむほどの大金だが、達成した額もかなり大きい。これから『黄泉』を大きくするためには、喉から手が出るほどの額である。


 三つ目は、大きなパイプを作りたかったからだ。依頼を伝えに来たのは仲介人であったが、仲介人によると、もしこの依頼を受け達成した場合、大きな組織とコネを作ることができると伝えられた。


 裏の業界は横のパイプやコネを重視している。より大きな顧客スポンサーがつけば、組織の力も大きくなるし金にも困らない。まだ歴史が浅い『黄泉』としては、上客との繋がりが欲しいところだった。


 その三つの理由から、『黄泉』は依頼を引き受けることにする。

 日本に来日し、準備を整えたのち、ターゲットを観察する。しかしそこで早くも躓いてしまった。何故ならターゲットが認識できないからだ。


 どれだけ注意深く観察しても、その人物が誰だか特定できない。そこにいることはなんとなく分かっているのだが、誰が誰だか分からないのだ。


 それはカメラで撮り、映像で見てもそうである。確実にそこにいるのに、映像で見ても誰だか判別できない。そして一度外に出て一般人の中に紛れ込まれてしまったら、それ以後見つけるのは不可能に近かった。


 なので『黄泉』は、作戦を決行する場所は、ターゲットが家の中にいる時に絞ることにした。


 だが家にはいつも二人――恐らくメムメムと灯里――がいて、襲い掛かるタイミングが中々見つからない――メムメムは基本家でタブレット端末でアニメやマンガを見てニート化している――。


 どちらかが家から出た瞬間を狙うのも考えたが、それがメムメムだった場合作戦はほぼほぼ失敗するだろう。流石に成功確率50%の作戦を決行したくはない。


 なので、星野灯里が家に一人だけいる確信が得られるまで観察することにした。

 そして今朝、士郎宅に黒い車に乗って合馬大臣がやって来る。メムメムに用があってきたのだろう。一時間ほどすると、三人が家から出てくる。


 その内の一人は合馬大臣だったが、他二名は認識できなかった。だが確実に一人はメムメムであるだろう。そしてメムメムについて行くとしたら、会見でもそうだったように通訳として許斐士郎がついて行く可能性が高い。


 サーモグラフィーを使用し、家の中に一人いるのは間違いない。そしてその者が星野灯里であると判断した。


 このチャンスを逃すまいと、『黄泉』は作戦を決行することにしたのだった。


「あがっ」


『クリア』


「うぐ!?」


『クリア』


「ごはっ」


『クリア』


『はっ、ジャパンの護衛はこの程度の雑魚しかいないのか。歯応えがなさ過ぎるぜ』


 あっという間の早業だった。

『黄泉』の構成員は合馬が残した護衛に接近すると、格闘や電気ショックなど各々の手段で全ての護衛を昏倒させる。それも周りに気付かれないよう速やかに達成された。護衛と『黄泉』の兵士では練度が段違いだった。


 それも仕方ない。護衛たちは有事の際に出くわしたことが全くないのに対し、『黄泉』の兵士は日頃から裏の仕事を行っているのだ。経験値が違い過ぎる。


『ご苦労、これで外にいる護衛は制圧した。一分後、催眠ガスを投入しターゲットを捕獲せよ』


『『了解』』


 そして、護衛がいなくなった灯里に、『黄泉』の魔の手が襲い掛かろうとしていた。



 ◇◆◇



「士郎さんとメムメムは合馬大臣についていっちゃったし、どうしようかな~」


 士郎とメムメムと合馬を見送った後、台所の片付けを終えた灯里はこの後の時間をどう使うか迷っていた。


 買い物に出かけようとも思ったが、天気も良いので先に掃除をしようとする。新しい家は広くて中々掃除が行き届いていないし、最近メムメムは部屋を散らかすし、この際だからとことんやってやろうと意気込む。


 ――そんな時だった。


 どこからか丸い機械がゴロゴロと転がってきて、プシューと白い煙が排出される。


「えっなに!?」


 突然の事態に狼狽する灯里。

 困惑している間に煙は瞬く間に広がり、リビングを覆い尽くす。


「ゴホッゴホ、なに……こ……れ……」


 戸惑いながらも手で口を覆い隠した灯里だったが、すでに煙を吸い込んでしまった上に目からも効果があり、徐々に意識が遠くなっていく。


(士……郎……さん)


 催眠ガスの効果により、灯里はバタリとその場に倒れてしまう。

 ターゲットが眠ったことを確認した『黄泉』の構成員は、呼吸器型マスクを装着した三人が室内に侵入し灯里に近づく。


『クリア』


『よし。すぐに外にある車に連れ込め』


『了解』


 三人の兵士が、眠っている灯里の身体を背負う。外に待機している車に乗り込むと兵士たちはマスクを取って灯里を見つめた。


「こんなに近くにいてもまだ誰だか分からないわね」


「こいつ、本当に星野灯里なのか?」


「反撃もなかったし、体重も軽かったからそうでしょう」


「後は指定された場所に連れていくだけか。簡単な任務だったな」


「出るぞ。なにがあるかわからん、ターゲットを捕獲したからといって油断するなよ」


「「了解」」


 こうして、五分にも満たない作戦で灯里は『黄泉』に連れ去られてしまったのだった。

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