第114話 条件

 


 自動ドアを潜り、無事に現実世界に帰還した俺たちとD・A。


 アイテムの換金はせず私服に着替えたら、朝に集まった待合室に向かう。

 そこには関口さんも待っていて、それぞれ着席すると改めてお礼を言ってくる。


「許斐様、星野様、五十嵐様、島田様、メムメム様。この度は急な申し出を受けてくださり誠にありがとうございました。コラボ動画、とてもイイものになっていました」


「すっごく楽しかったです!」


「感謝致しますわ!」


「ありがとうなのにゃ」


「スパシーバ」


 関口さんに続き、D・Aのメンバーもお礼を告げてくる。


 お礼を言いたいのはこちらの方だ。

 ダンジョンに入る目的を再確認できたし、上位パーティーの戦いも近くで見せてもらって勉強にもなったしね。後、単純に彼女たちと探索して凄く楽しかった。


「こちらこそ、俺たちと一緒に探索して頂いてありがとうございました。とても実りのある探索でした」


 俺がそう返すと、灯里たちもそれぞれお礼を告げる。特に楓さんと島田さんは熱意に溢れた感謝を告げていた。

 よっぽど楽しかったんだろう。良かったな~と微笑ましい気持ちに浸っていると、関口さんが口を開いた。


「約束の報酬ですが、振り込みという形にしたいので口座の方を教えて頂いてもよろしいでしょうか。現金が良いというなら、後日直接渡しに向かいたいと思います」


 俺たちは話し合った結果、300万円を五等分にして、俺と灯里とメムメムのダンジョン用口座に、楓さんと島田さんは個人の口座に振り込んでもらうことにした。


 たった一日一緒にコラボしただけで一人60万円も貰えるって、あまり実感がなかったけどよくよく考えたら凄いことだよな。

 俺の給料三ヶ月分ぐらいを、数時間で稼いだことになるんだから。


「本日は以上となります。今後もお声をかけさせて頂きたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します」


「ありがとうございました」


 最後に全員で挨拶をし、解散となる。

 関口さんは俺たち全員に名刺を配ると、先に待合室から出てしまう。


「みなさん、今日は本当にありがとうございました! またよろしくお願いします!」


「とても楽しい時間でしたわ。機会があればまたお願いします」


「シローちゃん、灯里ちゃん、またなのにゃ! 応援してるにゃ!」


「……」


 D・Aのみんなも、それぞれ一言言って待合室から出ていく。


 ただその際、アナスタシアだけはメムメムと何かを話しているようだった。けど一言二言だけだったのか、すぐに別れてD・Aを追うように待合室から退室していく。


「ふぅ~~、終わったね」


 全部終わったことで、肩の力が抜けて深く息を吐く。


 いつもより内容が濃密だったせいか、体力の消費が激しい。楽しいことには楽しいけど、日本で一番人気のアイドルと一緒ということもあって無意識のうちに気を張り、かなり疲れてしまった。


「やっぱりアイドルって凄いね。ずっと笑顔で、それで視聴者を楽しませるように工夫したり頑張ってるんだもん。私だったらあんなこと絶対にできないよ」


 今日のコラボを振り返り、灯里がしみじみと呟く。

 そう言われると、D・Aのみんなは探索中も笑顔を絶やさなかった気がする。特にミオンは戦闘の時でもずっと楽しそうにしていたし、それ以外のメンバーも視聴者に対して魅せるような戦い方をしたり、視聴者に分かりやすいよう配慮していたと思う。


 あれはもうプロの領域だろう。

 素人がいきなりやってできる芸当じゃない。そこに至るまで、相当努力したことが窺える。

 アイドルが好きじゃなかったり興味がない者だったら、あんな風に振る舞うことはできないだろう。


 仮に俺が灯里で、アイドルに誘われても断っていたと思う。

 それほど、D・Aのアイドルっぷりは完璧だった。


「今日は夢の中にいるような素敵な時間でした……」


「その気持ち分かるよ五十嵐さん……もう僕は今日で死んでもいいとさえ思える」


 楓さんと島田さんは、まだ本当の現実世界に帰ってこれていなかった。

 まぁ、自分の大好きなアイドルと一日楽しく過ごせたんだから、夢じゃないかと疑っても仕方ないけどね。


 D・Aのことはダンジョンライブファンとして好きだけど、俺はアイドルとかはそんなに興味がないから、残念ながら二人の喜びを分かち合うことができなかった。


 というかこの二人、ちゃっかり色紙持ってきて全員分のサイン貰ってたしね。

 別れ際にリュックから色紙を出した時は驚いたよ。それに笑顔で応えるD・Aも流石と言わざるを得なかったけど。


「暗くなる前に帰りましょうか」


「ほら楓さんも島田さんも、いつまでもボーっとしてないで立って立って」


「あ~~、帰りたくありません」


「またコラボしてくれないかなぁ」


 俺と灯里は余韻に浸っている二人を起こし、そのまま支えながら駅まで連れていったのだった。



 ◇◆◇



 その日の夜。

 D・Aの事務所にある仕事部屋オフィスで、関口アンナとアナスタシア=ニコラエルが、二人だけで話をしていた。


 腰に優しい高級デスクチェアに座っているアンナは、書類で埋まっているデスクに肘をつくと、目の前に立っているアナスタシアに尋ねる。


「今日の探索は楽しかったですか」


「うん」


「そうですか、それはなによりです。今日でアナスタシアさんがD・Aに仮加入するための条件、“メムメム様と直接会わせる”という条件は達成させましたが、ご満足いただけましたか?」


 アンナの問いに、アナスタシアは静かに首肯する。


 実はアンナがアナスタシアにD・Aのオファーをした時、アナスタシアは“メムメムと直接会わせるセッティングをしてくれるなら、仮加入してもよい”という条件を返したのだ。


 本加入でないのは痛いが、ロシアの歌姫と呼ばれる彼女をD・Aに仮加入させれば大きな話題にもなるし、もし本加入してくれたらD・Aにとって最高の補強となる。人気の面でも、ダンジョンの戦闘面においても。

 だからアンナは、アナスタシアの条件を飲むことにしたのだ。


 そして今日、メムメムがいる士郎のパーティーとコラボすることに成功した。

 コラボの目的は人気を更に爆発させることだったが、アンナの最大の目的はアナスタシアとメムメムを引き合わせることだった。


 SNSもやっておらず、直接探しに行っても全く捕まらない士郎たちには手を焼いたが、何故か士郎の電話番号を知っていたカノンの力を借りて、コラボを達成することができた。

 そして本人が満足してくれたのなら、約束を果たせたことになる。


 だが安堵はできない。ここからが本当の交渉だからだ。


「アナスタシアさん、改めてお願いします。どうかD・Aに加入していただけないでしょうか」


 敏腕マネージャーは姿勢を改め、真剣な声音で頼み込む。

 するとアナスタシアは、あっけらかんといった風に即答した。


「いいよ」


「えっ……いいんですか? 本当に?」


「うん。歌好きだし。ミオンとカノンとシオンも気に入った。だからD・Aに入ってもいい」


「ありがとうご――」


 あっさりと本人から了承の意を告げられ、アナスタシアが喜んで感謝を伝えようとするのを遮り、アナスタシアは「ただ……」と続けて、


「一度だけ、私のタイミングで母国に帰国させて欲しい」


「それは……長期間ということですか?」


「ううん、そんなにかからない。用が済んだらすぐに戻ってくる」


「……分かりました。事前に言っていただけるなら、許可しましょう」


「ありがとう」


 アンナは立ち上がりアナスタシアの前まで行くと、右手を差し出す。


「ありがとうございます。あなたがいればもっとD・Aは輝けるでしょう。これから共に頑張っていきましょう」


 アナスタシアはその手を取ると「うん」と答えるのだった。



 ◇◆◇



 オフィスから出たアナスタシアは、もぞもぞと服の中からロケットペンダントを取り出す。

 パカッと開くと、中に入っている写真を潤んだ眼差しで見つめ、切な気に呟いた。


「もう少しだけ待ってて……レオ」


 次の日、アナスタシアが正式にD・Aに加入することが発表されたのだった。

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