エピローグ3


 記者会見を終えた俺とメムメムは、合馬大臣の部屋に戻ってきていた。

 たった一時間だったけど、疲れがどっときて身体がくたくたになっている。


『許斐君にメムメム、お疲れ様。いい記者会見だったよ』


『ありがとうございます。でも、最後にあんな物騒なこと言ってしまって良かったんでしょうか……』


『あれぐらい言ってもらった方が効果的だよ。なあメムメム』


『そうだね。こちらとしてはしっかりと警告はしたんだ。これでまた襲撃されても、今度は容赦なく叩き潰せるからね』


 なるほど……大義名分を得るために、世界に向けて脅すことにしたのか。

 それもあるけど、多分あの言葉を放つことで抑止力になると思うし、結果的に宣言して良かったのだろう。


『これで君たちの役目は全て終わった。後は私たち国が対応するから、もう帰ってもらっても構わない。まあその前に、彼女たちが会いたがっているから呼ぼうか』


 彼女たちっていったい誰のことだろうか。

 首を捻っていると、合馬大臣がドアに向かって「どうぞ、入ってくれたまえ」と告げると、ガチャリと扉が開く。


 大臣の部屋に入ってきたのは、灯里と楓さんと島田さんだった。


「灯里!」


「士郎さん!」


 顔を合わせた瞬間、灯里は飛ぶ込むように抱き付いてくる。

 俺も彼女を抱きとめ、優しく身体を抱き締める。


「会いたかった……会いたかったよぉ」


「ああ、俺もだよ」


 灯里と会わなかった時間は、たった一日ぐらいだ。

 ただこの短い時間が、俺には途轍もなく長い時間に感じていたのだ。


『ひゅーひゅー、お熱いねーお二人さん』


 念話でからかってくるメムメムにうるさいと突っ込みながら、俺は楓さんと島田さんの方に視線をやって、


「楓さんも、島田さんも、無事でよかったよ」


「それはこちらの台詞ですよ」


「本当だよ。テロに遭ったって時は心臓が飛び出るかと思ったんだからね。会見も見ていたよ、まーた凄いことになっちゃったね」


「ははは……本当にそう思いますよ」


 それから俺たちは、ギルドから別れた後のことを話す。


 灯里たちはギルド長に呼び出され、喋るオーガの時と同様に詳しいことを説明させられたようだ。

 ただ、以前よりもかなり念入に詳しく訊かれたらしい。まるで警察に取り調べを受けているみたいだとか。それを聞いて、少しだけ得した気分を抱いた。


 説明を終えた後は、ギルドにある住居部屋で寝泊まりすることになり、次の日に政府の人たちに連れられ、灯里たちも国会議事堂に来ていたそうだ。


 だが、記者会見を済ませるまでは俺と会うことを許されず、ずっと部屋で待機していたらしい。


 今度は俺とメムメムのことを話す。


 国会議事堂に行く途中にテロに遭い、メムメムが魔術で対処して、国会議事堂に来た。

 その後は合馬大臣と話をして、記者会見が始まるまでは部屋で大人しくしていた。

 その間は、メムメムがとにかく気になった物をかたっぱしから俺に質問してきたから、暇潰しにはなったけど。


 お互いの近況報告を済ませると、合馬大臣が申わけなさそうに告げてくる。


「すまない許斐君、君と星野君はこのまま帰すわけにはいなかくなった。どうやらマスコミが、君たちのアパートに殺到しているらしい」


「えっ……」


「五十嵐さんと島田さんの家はマスコミに割れていないから平気だが、君の住所は割り出されてしまったみたいだな。まあメムメムと深い関係があるのは君だから、五十嵐さんや島田さんを狙うマスコミは少ないがね」


 嘘だろ……それじゃあ俺は家に帰れないのか?

 でも、こうなることは必然だったのかもしれない。異世界人のメムメムと接点がある俺に、話を聞きたい人達は沢山いるのだから。


 でもそれじゃあ、いつまで経っても家に帰れないということだろうか……。

 そんな不安を抱いていると、合馬大臣がこう提案してくる。


「もうあのアパートに住むことは難しいだろう。メムメムも預かってもらうわけだし、こちらで新しい住まいを用意しようと思っている」


「えっ……いいんですか?」


「ああ、迷惑をかけてしまったお詫びとしてね」



 ◇◆◇



 次の日の朝。

 俺と灯里とメムメム、それと合馬大臣と柿崎は、俺たちが住むことになった家に訪れていた。


「今日からここに住むって……本当ですか?」


「ああそうだよ。住めなくなった漫画家が売却して買い手がつかなかった家を買ったんだ。電気水道ガスも通っているし、家財もほとんど揃っている。すぐに住めるようになっているよ」


「大っきいね……」


『こんなの、貴族の屋敷に比べたらそうでもないけどね』


 俺は自分の住むであろう家を見つめる。

 東京の中心地にある二階建ての一軒家で、庭も広々としている上にプールや露天風呂までついていた。


 家の中もとにかく綺麗で広く、冷蔵庫や料理器具なども揃っていて、何も揃えなくても生活できるようになっている。


 ぶっちゃけ、金持ちが住む豪邸って感じだった。


 今日からここに住むのか? 全然実感わかないんだけど。ていうか住むにしたって土地代とか維持費とか相当かからないか?

 この家に住んでいた漫画家も、それが払えなくて売ってしまったんだから。


 普通のサラリーマンで支払えるとは到底思えないんだけど。

 急にびびってきた俺は、合馬大臣に恐る恐る尋ねる。


「あの……こんな豪邸じゃなくても普通の一軒家とかアパートとかじゃダメですかね?」


「アパートやマンションでは、他の住民に迷惑をかけてしまうからね。それに正直言うと、我々日本政府も今後君たちと友好な関係を築いていきたいと思っているので、気安く訪れる場所が良かったんだ。それに、メムメムが住むなら広いところにしてくれと注文をつけてきたのでね。条件が合うところがここだったというわけだ」


「でも俺……こんなところに住めるようなお金持ってないんですけど」


「それなら安心してくれたまえ。この家も土地も私のポケットマネーで購入したから、許斐君が月々に支払うのは精々光熱費ぐらいだ。前のアパートよりは高いかもしれないが、君も男ならそれぐらいは頑張りたまえ」


「ええっ!? わざわざ俺たちのために、大臣が自分のお金で買ったんですか!?」


「それはそうだろう。日本のお金を一個人に勝手に使えはしないからね。そんなことしたら私が捕まってしまうよ」


 はっはっはと笑う大臣。

 それはそうだろうって……この豪邸を買うのに一体いくら払ったんだろう。

 自分のポケットマネーから払ってまで、どうして大臣は俺たちにこんな良くしてくれるのだろうか。


「あまり気にするな。ただで豪邸を手に入れてラッキー程度だと思ってくれたまえ」


「いやいや、そんな気軽に思える訳ないですよ!」


「ならこれは私個人の投資だと思ってくれ。私の予想では、この先許斐君たちの力が必要になる時が必ず来ると踏んでいる。その時に、我々に力を貸してくれればいいさ」


 大臣はそう言うと、俺の肩をバシッと叩いてくる。

 それでもまだ煮え切らない俺に、日向ぼっこをしているメムメムがこう言ってきた。


『あんまり畏まらなくていいぞシロー。そいつはボクたちに恩を売りたいだけなのさ。自分たちが助けてもらいたい時に、あの時助けてやってやったんだから今度はそっちが助けろってね』


『それでも……これは流石にやり過ぎというか……いただけないというか』


『もう買ってしまったんだから気にするなよ。そんな不安を想像をするより、これからの楽しい未来を考えたほうが建設的だぜ』


『……そういうもんか』


 そうだよな……大臣の口ぶりからこの家は買ってしまったんだろうし、購入をなかったことにすることは出来ないだろう。


 それなら大臣のご厚意に甘えて住んだほうがいい。

 いずれにせよ、俺たちが今日住む場所はここしかないのだから。

 俺は真剣な表情で、合馬大臣に頭を下げる。


「合馬大臣、ありがとうございます。お言葉に甘えて、この家を使わせてもらいます」


「ああ、存分に使ってくれたまえ。私も時々遊びに来るだろうから、その時はよろしく頼むよ」


「はい、お待ちしております」


「では、これから色々と用があるので我々は失礼させてもらう。行くぞ柿崎」


「はい」


 別れを告げ、合馬大臣は柿崎と車に乗って去って行った。


 俺たちは、今日から暮らすことになった豪邸で呆然としていた。

 灯里が、未だに信じられないと言わんばかりの表情で聞いてくる。


「ねえ士郎さん、私たち……今日からここに住むの?」


「そうみたい。なんか展開が早すぎて俺も今一実感できてないけど」


『さて家主さん。まず何から始めようか』


 楽しそうに問うてくるメムメムに、俺はこう言ったのだった。


「じゃあ……部屋割りから考えようか」




 こうして俺は、大学を出てから四年間住んだアパートを引き払い、東京の中心地にあるプール付きの豪邸に住むことになった。


 可愛い女子校生や異世界人のエルフと一緒に豪邸で同棲するなんて、三か月前の俺には想像もつかなかっただろう。


 上司からはこき使われ、同僚からは馬鹿にされ、友達もおらず、ダンジョンライブを見るのが趣味な地味で退屈な人生を送っていた。


 それがずっと続くのだと思っていた。


 だけど灯里と出会い、俺の人生は変わった。

 冒険者になり、見ていただけのダンジョンでモンスターと戦った。

 楓さんと出会った。島田さんと出会った。

 D・A、神木刹那、アルバトロスと関わった。

 そしてメムメムと出会った。


 灯里といる毎日が楽しくて、みんなと冒険するのが楽しくて。

 俺は今、確かな幸せを感じていた。


「灯里」


「ん、なーに?」


「俺に会いに来てくれて、ありがとう」


 そう言うと、灯里は一瞬驚いた顔をして後、優し気に微笑みながら、


「士郎さん、私を受け入れてくれて、ありがとう」


 これから先、何が起こるか分からない。


 でも俺は、彼女の笑顔を守っていこうと。


 心に誓ったのだった。

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