第86話 記者会見



(やばいやばいやばいっ!! めちゃくちゃ緊張してきたぞ!!)


 俺は今、心臓が破裂しそうなぐらい緊張していた。

 その理由は、目の前が沢山のパイプ椅子に座っている外国人記者で溢れ返っているからだった。


 今俺がいる空間を詳しく説明すると。

 広い部屋の壇上にあるパイプ椅子に座っていて、隣には俺と違って呑気に欠伸をしているメムメムがいた。


 前には白いテーブルとマイクとペットボトルの水が用意されている。

 壇上の下には多くの外国人記者が並んで座っていて、その横や壁際には沢山のカメラマンが待機していた。


 急遽、世界に向けて発信するための緊急記者会見。


 メムメムだけでなく何で俺が呼ばれたのかというと、メムメムと会話が可能なのは波長が合う俺だけという設定があったからだ。

 お蔭で、俺までこんな場所に引っ張られてしまった。


(これって、日本とか世界とかに生中継されるんだよなぁ……あーダメだ、頭真っ白になってきたぞ)


 合馬大臣が言っていたのだが、今回の記者会見は世界中に生中継されるらしい。


 その狙いは、面倒ごとはさっさと終わらせてしまいたかったからだとか。


 一々色んな国から説明を要求されるのも手間で、俺やメムメムにも負担になってしまうから、今回の一回きりで全て終わらせてしまいたいらしい。


 説明はしたよ。だから何を聞かれてももう対応しないよ。

 そんな大義名分は果たしたいのだ。


 だから合馬大臣に頼まれ、記者会見を開くことになった。

 彼は昨日から、この記者会見の手配をしていたらしい。できる男は違うなと思ったよ。


「時間になりました。これよりメムメム様の記者会見を始めたいと思います。時間は一時間。質問は一人一回だけでお願いします」


 壇上の端にいるのは合馬大臣で、彼が記者会見の進行役である。

 困った時は助けてくれると言っていたので、頼りにさせてもらおう。


「質問する時は、所属と名前を告げてからお願いします。それでは、質問がある方は挙手をお願いします」


 大臣がそう告げた瞬間、記者が全員手を上げる。大臣は一人の女性を指すと、指された女性は立ち上がった。


「フィナンセル・タイムズのアビゲールです。メムメムさんは本当に、異世界の住人なのですか?」


(おお……日本語だ)


 外国人なのでてっきり外国語だと思ったのだけど、もしかしてわざわざ日本語を喋れる記者を用意したのだろうか。


 関心していると、頭の中にメムメムの声が聞こえてくる。


『彼女はなんだって?』


『メムメムは本当に異世界人なのかだって』


『彼女は馬鹿なのかね? ボクはすでに答えているはずなのに、貴重な質問権を使ってまで聞くことか』


『もしかしたら、おおやけの場で答えて欲しいんじゃないのかな』


『そういうもんか。答えは“はい”だよ』


「はい、だそうです」


 メムメムの代わりに俺が答えると、記者たちがどよめいた。

 異世界の存在があると確証が得られたことで、驚いているのだろう。


「では、異世界はどこに――」


「アビゲールさん、質問は一回のみと言いました。座ってください」


「……ッ!!」


 合馬大臣が注意すると、女性記者は悔しそうな表情を浮かべてパイプ椅子に座る。

 次の記者はアジア系の男性だった。


「東法日報のリーです。メムメムさんは自分のことを魔術師とおっしゃってましたが、こちらの世界で魔術を使えるのでしょうか? テロ襲撃の際の動画では、それらしき現象が見られましたが。また、使えるなら見せていただいてもよろしいでしょうか?」


『魔術を見せて欲しいって』


『いいだろう。どんな魔術がご所望か聞いてくれ』


「どんな魔術を見せればいいのかと、言っています」


「えっ……で、では火や水は生み出せますか」


 その質問に、メムメムは両手を広げた。

 すると、手の平から火と水が現れた。


「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」


 突然生み出された火と水に、記者たちは目と口を目一杯開けて驚いた。


『子供でもできる芸当を見せてこれほど驚いてもらえるなんて、笑っちゃうよね』


『まあ、こっちの世界では魔術なんてないからね』


「これでいいかい、だそうです」


「え、ええ……ありがとうございました」


 その次は黒人系の男性記者による質問だった。


「フォーマ・デ・サンパウロのガブリエルです。メムメムさんは人間ではなくエルフとおっしゃられていましたが、それは本当でしょうか。エルフであると証明できるでしょうか」


『これは難しい質問だ。エルフと人間の違いは、主に魔力量と寿命の長さだ。身体的な特徴でいえば、耳が少し長いことかな』


 少しじゃないと思うけど……。

 メムメムの考えを伝えると、他の記者がそれに関係した質問をしてくる。


「デア・スタンダルドのベンジャミンです。メムメムさんは寿命の長さが違うとおっしゃられましたが、年齢はおいくつでしょうか」


「エルフのレディに年齢を聞いてはダメだと教わらなかったのかいボウヤ、だそうです」


 俺がメムメムの代わりにそう伝えると、記者たちがクスクスと笑い出す。


 よかった……ジョークがウケてくれて。これでシーンとなっていたら絶望だったぞ。


『しょうがない。疑っているようだし耳を触らせてやるか』


『い、いいのか?』


『特別出血サービスだよ』


「さきほどの李さんとベンジャミンさん。メムメムさんが疑いを晴らすために直接耳を触ってもいいと言っています。確かめたいのであればどうぞ。嫌なら結構です」


 そう言うと、二人の記者は互いに顔を見合わせ、ぱっと立ち上がる。

 壇上に歩いてきて、座っているメムメムの長い耳を壊れモノを扱うように丁寧に触った。


「あたたかい……」


「オーマイガ! これは本物だ! 作りものなんかじゃない!」


「あの、あまり触られるとくすぐったいので、もうやめてくれと言っています」


「「ご、ごめんなさい」」


 李さんとベンジャミンさんは、メムメムの耳に触れた手をぼんやり見つめながら席に戻った。

 お前ら一生この手を洗わないとか言い出さないだろうな……。


 その後も、外国人記者たちからどんどん質問が押し寄せられ、俺が答えていく。


「チェルヒョー新聞のサンドラです。メムメムさんは、異世界――元の世界に戻ることは可能でしょうか?」


「試したことがないからお答えできないが、多分できないんじゃないかな」


「自由日報の陳です。メムメムさんはダンジョンで、邪教徒というなんらかの組織に封印されたと言われていましたが、なにか犯罪を犯したのでしょうか。例えば人を殺したとか」


「邪教徒が祀る邪神の銅像をうっかりぶっ壊しちゃったんだ。そしたら追いかけ回されてね。あいつら凄いしつこいからほとぼりが冷めるまで魔境で過ごそうと思ったら、なんと魔境まで追いかけてきたのさ。あれは油断だったね。因みに、人は数えれきれないほど殺しているよ。まあそれで罪になったことは一度もなかったけどね」


「ロシア・コメル新聞のマクチームです。メムメムさんの今後の活動を聞いてもよろしいでしょうか。このまま日本に滞在するのでしょうか」


「そうだね、今後はここにいるシローに世話になるつもりさ。こっちの世界はボクがいた世界よりも娯楽が沢山あって楽しそうだからね、当分は満喫させてもらうよ。ダンジョンにも興味があるから、冒険者になるのもいいね」


「ル・モンデのナタリーです。メムメムさんは三年前に世界各地の塔に現れたダンジョンについて何か知っていることはありますか。それとも、関係があったりしますか」


「ダンジョンについてはボクも知らないし、あれはボクの手に負えるものじゃない。ただ、出現するモンスターはボクのいた世界と酷似しているから、君たちが言う異世界と関係があるかもしれないね。ステータスとか死んでも甦るという仕組みはなかったけど」


「そろそろ時間となりますので、次で終わらせていただきます」


 質問に答えているうちに、いつの間にか終了の時間になっていたらしい。


 あまり多くの質問はできていないけど、一々俺がメムメムの通訳をしているから答えるのに時間を使ってしまったからしょうがないんだけど。


「ニューヨーカー・タイムズのオリヴィアです。許斐士郎さんに質問があります」


 えっ? メムメムじゃなくて俺なのか?

 突然の名指しにドキっとしていると、オリヴィアさんは険しい表情で問いかけてくる。


「先日の謎の十層と喋るオーガの時も、許斐さんがいた時に起こりました。そして今回のメムメムさんのこともそうです。三年間起こらなかったダンジョンでの異変が、立て続けに起こりました。これは偶然でしょうか。もしかして許斐さんも、メムメムさん同様異世界人なのではないでしょうか?」


「俺が……異世界人?」


 記者たちの目線が、俺に集中する。

 疑いの目線を向けられ、俺は固まってしまった。


『あの女性はなんて言ってるんだ?』


『メムメムじゃなくて、俺に質問しているんだよ。実はお前も異世界人じゃないのかって』


『それはユニークな問いかけだ。是非ボクにも聞かせてくれよ』


 おい……面白がるんじゃないよ。

 はぁ……まさか俺が疑われるとは思いもしなかったな。

 でも、そりゃ怪しくも思うか。これだけダンジョンの未知と遭遇しているのだから。


 俺はオリヴィアさんの顔を真っすぐ見て、真剣な声音で答える。


「私は日本人です。謎の十層や喋るオーガ、ここにいるメムメムもそうですが、私自身戸惑っています。単なる偶然だと思います」


「……分かりました、ありがとうございます」


 そう答えると、彼女は大人しく席に座った。

 これで最後の質問は終わり、合馬大臣が締めの言葉を言おうとしたその時。

 不意にメムメムが立ち上がった。


『急にどうしたんだよ……』


『訳してくれ。この会見は世界中に発信されているんだろ? ならついでに言っておくことがある』


『わ、分かった』


「えー、メムメムから皆さんに伝えたいことがあるそうです」


 記者たちにそう言って、俺はメムメムの言葉を伝えていく。


「君たちもすでに知ってると思われるが、ここに来る途中にボクはどこかの国に襲撃を受けた。昨日は殺さずに撃退で済ませたが、もし次また襲ってきたら容赦はしない。捕縛し、身元を吐かせてから必ず殺す。そいつの属している組織も皆殺しだ。冗談だと思うか? できるわけがないと高を括るか? ボクを舐めるなよ人間共。お前等なんて吹けば飛ぶ虫けらなんだ。魔王を倒した魔術師に勝てると思うならかかってきたまえ。あー因みに、ボクだけじゃなくここにいるシローやアカリたちにも危害を加えようとしても同じだ。後悔する間もなく息の根を止めてやろうじゃないか……だそうです」


 メムメムの言葉を伝えると、この場にいる全員が息を呑んだ。

 彼女の気迫は凄まじく、背筋が凍えそうなほど重みがあった。

 これが、殺気というものなのだろうか。

 本当に生きた心地がしなかった。


 俺も……少しメムメムへの態度を変えようかな。

 今まで普通に接してたけど、なにか一歩間違えていたら殺されていたかもしれないし。


「皆様、これにて記者会見を終了させていただきます。各自解散してください」


 こうして、メムメムによる世界に向けた記者会見が無事に終わったのだった。

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