第49話 虹
「五十嵐さん!」
俺を突き飛ばした五十嵐さんが、ミノタウロスの一撃によって吹っ飛ばされてしまった。
心配で駆けつけたい思いに駆られるが、そんな悠長なことはしていられない。彼女は島田さんに任せ、目の前の化物に集中する。
「ブモオオオ!」
「くっ!」
ブウン!と振られる剛腕を、頭をかがめて回避する。
ミノタウロスの攻撃力は驚異的だ。五十嵐さんの防御力だったから死なずに済んだが、彼女以外がくらってしまえば一撃でポリゴンとなってしまうだろう。くらってみないことには分からないけど、そんな予感がする。
俺の中にある理性と本能が、貰ってはダメだと叫んでいた。
幸い、ミノタウロスの攻撃はそこまで速くない。
アクションも大きく、攻撃動作が読み取り易い。ただ、一撃くらったら死んでしまう中で、奴の懐に飛び込んで攻撃できるかどうかが問題だった。
恐いものは恐い。
だけど、ここで怯んでいたらこの先俺は強いモンスターと戦えないだろう。ここはまだ序盤も序盤で、相手は階層主でもないんだ。
脅えるな、立ち向かえ。
こんな所で立ち止まっているわけにはいかないんだ!
「ブモオオオ!」
「あああああああああああ!!」
弱気な心を振り払うように大声を上げ、ミノタウロスに立ち向かっていく。
拳打を躱し、斬撃を繰り出す。奴の左肩が動くと同時に、バックステップをして身体をのけ反る。顔面スレスレで躱すと、体重を前にして踏み込み、フレイムソードで腹を突き刺した。
刺し口から鮮血が零れるが、剣は半分も埋まっていない。やはり筋肉も厚くて硬かった。
剣を抜き、一度下がろうとする俺を攻撃しようとしたが、その瞬間眉間に火矢を喰らってモーションがストップする。灯里が援護してくれたのだろう。彼女がいなかったらとっくのとうに死んでいる。本当に頼りになる味方だ。
「おおお!!」
「オオオ!!」
牛鬼の攻撃を躱し、肉を斬り、後退する。危なくなったら灯里の援護でタメを作る。
そんなヒットアンドアウェイを繰り返すが、いつ失敗するか分からない。まるで命綱のない渡り棒を歩かされている気分だった。ただその状況のお蔭でアドレナリンが出まくり、集中力が限界以上に引き出さられ、いつの間にかこの緊張感を楽しんでいる自分がいた。
(見える……こいつの動きや考えていることが分かる)
視界に映る風景は遮断され、ミノタウロスだけに集中できていた。
一挙手一投足も見逃さず、なにをどんな風に攻撃してくるかまで先読みすることができる。全能感に満ち溢れ、身体が自分の意思とは関係なく勝手に動くのだ。だけどその動きは自分の考えているイメージ通りで、最適解な動きをしてくれている。
少し気持ち悪いけど、この感覚にずっと酔いしれていたいと思った。
「はぁ……はぁ……」
だけど、そんな都合のいい状態が長く続くわけがない。
一番最初に来たのは体力の限界だった。攻撃を察知して逃げようとした瞬間、足に力が入らず崩れてしまう。
なんで?と疑問が浮かんでいる間にも、俺を殺そうと拳が飛んでくる。
「士郎さん!」
――ドンッと、鼓膜を揺るがす重い音が鳴り響いた。
俺は死ななかった。殴られる間際に、五十嵐さんが守ってくれたからだ。彼女の顔は見えないけど、背中はいつものようにしゃんとしている。
彼女はタンクの攻撃アーツのシールドバッシュを放ち、ミノタウロスを弾き飛ばすと、
「すみません、お待たせしました」
「ああ、本当に待ってたよ。お蔭で助かった」
「ヒール! ソニック! プロテクション!」
切れていたバフスキルを、島田さんがもう一度かけてくれる。
俺は軽さを取るために左腕のバックラーを外すと、五十嵐さんにこう告げる。
「勝つよ」
「はい」
「ブモオオオオオオオ!!」
大地を蹴り上げ、ミノタウロスが猛進してくる。
それを五十嵐さんが受け止め、俺と灯里が攻撃を再開した。だけどすぐに五十嵐さんの様子がおかしくなってくる。額から尋常じゃないほどの汗が滲み、唇を強く噛みしめている。
それは何かに耐え、必死に我慢しているようだった。
そんな苦しそうな顔を浮かべている五十嵐さんに、俺は腹の底から叫んだ。
「我慢しなくていい! 思いっきりやれ!」
「っ!?」
「我慢するから辛いんだ! ならもう全て曝け出しちまえ!」
「でも……それでは!」
「君がどんなに暴れても合わせてみせる! 俺は絶対に死なないから!」
ミノタウロスの横っ腹に斬撃を繰り出し、バックステップで彼女の横に戻ると、まだ躊躇っている五十嵐さんに叫ぶ。
「俺を、俺達を信じてくれ……楓!」
「……分かりました、後悔しないでください!」
「望むところだ!」
挑発スキルを発動し、ミノタウロスに自分から突っ込む五十嵐さん。
そんな彼女に対し、牛鬼も負けじと拳撃のラッシュを撃ちこんだ。だけど彼女は一歩も引かず、打たれても尚足を踏み込んだ。
「アハハ! いい、イイ! これが欲しかった、この痛みが欲しかった!」
「もっとだ! もっといけるだろ!? 自分を解放しろ! 楓ならやれる!」
「アハハハハハハハハハハハッ!!」
艶のある声音で
嗤っている彼女の表情はとても綺麗で、つい目を奪われそうになった。だけど立ち止まっていると邪魔だと言わんばかりにどつかれてしまうので、慌てて足を動かす。
ミノタウロスと五十嵐さんの両方に注意を割きながら、俺も必死に攻撃を与えていく。
「ブ……モォォォ」
押している。
ダメージの蓄積がやっと響いてきたのか、ミノタウロスの動きが鈍くなってきた。畳みかけるならここしかない!
いけると踏んだ俺は、灯里に向かって叫んだ。
「灯里ぃぃぃいい!」
俺の意図が伝わり、灯里がフレイムアローを連発する。俺もフレイムソードを連続で放った。
ミノタウロスの全身が血塗れになり、あと少しで押し切れるといったその時。
奴の視線が五十嵐さんから俺に向かい、両手を組んで叩きつけてくる。アーツを放った直後で回避はできない。
だけど俺には、頼れる仲間がいる。
「フレイムアロー!」
「プロバケイション!」
火矢が目に直撃し、挑発を浴びたミノタウロスは的を見失い、目の前の地面を砕いた。俺は懐に飛び込んで胸に剣を突き刺し、腹に両手を添えて最後のMPを使用し魔術を発動する。
「ギガフレイム!」
「ブモオオオオオオオ!!」
絶叫を上げるミノタウロスは豪火に焼かれ、ポリゴンとなって消滅する。残ったポリゴンは大きな魔石となってドロップした。
『レベルが上がりました』
機械染みたレベルアップの音声が、今に限っては勝利のファンファーレに聞こえた。
やっと倒せたことで安心すると、全身の力が抜けて崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「士郎さーん!」
「うおっ」
疲れ切った俺に、灯里が抱きついてくる。勢いに負けて、二人で地面に寝転がった。
灯里は大丈夫? 怪我してない?と凄く心配してくれてるけど、正直言うと灯里のタックルが一番しんどいよ。
そんな俺たちに近づき、島田さんがエリアヒールをかけてくれた。お蔭で少し身体が楽になる。
「いや~許斐君は凄かったね。後ろから見てたけど、全部ギリギリ躱しててひやひやしちゃったよ。まるでアニメみたいで興奮したよ」
「本当そうだよ!よくあんなことできたね」
「灯里や島田さんが守ってくれてたからだよ。それと……五十嵐さんもね」
口を閉じて黙っている彼女にそう告げると、彼女は口元を綻ばせながら、
「あら、楓と呼んでくれないんですか?」
「え? あ~あれはその、勢いというかなんというか、無我夢中で言ったことなので、気にしないでくれると助かるな」
「無理です。名前で呼んでくれないと、これ以降はお返事しませんから」
「む~」
「ほらほら、呼んであげなよ」
笑顔で言う五十嵐さんに対し、灯里がむっとして島田さんは面白そうに煽ってくる。
ちょっと苦手な雰囲気だったので、誤魔化すように話題を変えた。
「そ、そういえばレベルが上がったんだった。ちょっと確認するね」
「逃げましたね」
「逃げたね。そういえば僕もレベル上がったんだった」
「私も!」
「私も上がりましたね」
ということで、俺たちは同時に「ステータスオープン」と唱えた。
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許斐 士郎 コノミ シロウ 26歳 男
レベル:16
職業:魔法剣士
SP:40
HP:210/330 MP:10/260
攻撃力:320
耐久力:270
敏 捷:270
知 力:250
精神力:300
幸 運:250
スキル:【体力増加1】【物理耐性2】【筋力増加1】【炎魔術3】【剣術3】【回避2】【気配探知2】【収納】【魔法剣1】【思考加速】
称号【キングスレイヤー】
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使用可能なSP 40
取得可能スキル 消費SP
【体力増加2】 20
【炎魔術4】 40
【剣術4】 40
【魔法剣2】 20
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あれ、おかしいな……。
スキル欄の所に、新しく【思考加速】というスキルが増えている。こんなスキル取った覚え無いんだけどなぁ……と首を捻りながらタッチして詳しく調べてみた。
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思考加速
・モンスターと戦闘する時、思考能力が上がることがある。
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う~ん、説明を読むとどうやら自分で発動するアクティブスキルではなく、【体力増加】のように常時発動するパッシブスキルだな。思考能力が上がる“ことがある”ってことは、ずっと発動しているわけでもないのか。
なんで急にスキルが発現したのか分からないけど、まあラッキーと思っておけばいいか。
SPも少ないし、今は新しいスキルを取得しないでおこう。
「あっ見て! 虹だよ!」
「本当だ……」
「綺麗ですね」
突然灯里が空を指し、追いかけるように見上げると、雲の合間に虹がかかっていた。
いつの間にか空は晴れていて、光が差し込んでいる。ダンジョンの虹も現実世界と変わらず七色に煌めいていて、心を奪われてしまった。
「じゃあ、帰ろうか」
「「はい」」
心行くまで虹を堪能した後、自動ドアを見つけてギルドに帰還したのだった。
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