第48話 暴走
九層探索中、強敵モンスターのミノタウロスとエンカウントする。
俺達は逃げず、四人で戦うことを選択した。
「プロバケイション! ファイティングスピリット!」
「ソニック、プロテクション!」
「ブモオオオオオオオッ!!」
開幕と同時に五十嵐さんと島田さんが全体にバフスキルを発動する。
ミノタウロスは雄叫びを上げながらドドドッと凄まじい勢いで猛進してきた。五十嵐さんは俺達の前に出て、盾を構えてタックルに備える。
ミノタウロスが盾に衝突すると、ドンッと車が壁にぶつかったような重低音が鳴り響く。
「ぐっ」
歯を食いしばり、足を踏ん張らせてギリギリ受け止める。
凄い……あの突進を受けて吹っ飛ばないのか。彼女の防御力に驚きながら、動きが止まった牛鬼に俺と灯里がアーツを放つ。
「パワースラッシュ!」
「パワーアロー!」
左腕に斬撃を与えたが手応えはない。矢も眉間を狙ったが、咄嗟に太い角で弾かれてしまった。ミノタウロスが吠え、剛腕を振り下ろそうとしてくる。だが五十嵐さんがすぐに俺の前に割り込んできて、拳打を防いだ。鼻先で、一房に纏められた黒い長髪が靡く。
「ヒール!」
「はぁぁあああ!」
すぐに島田さんが五十嵐さんを回復させ、俺は彼女の横からミノタウロスの身体に斬撃を与える。加え、背後から灯里が奴の背中に連射した。
しかし、ミノタウロスは一向に怯む様子を見せない。奴の防御力が凄まじいのか俺と灯里の攻撃力が低いのかは分からないけど、この化物を倒せるイメージがわかなかった。
「オオオ!!」
「――ッ!?」
牛鬼は突然反転し、背後にいる灯里に向かう。灯里は弓を抱えながら迂回するように逃げた。
くそ、あのままじゃ追いつかれる。盾を持ってない灯里があの一撃を喰らったら一発で死んでしまう。
焦る俺は剣を放って全力で追いかけ、灯里を襲おうとするミノタウロスの背中にギガフレイムを放った。
「グウウ……」
バアンと着弾すると、奴は初めて痛みに呻いた。もしかして、炎属性系の攻撃ならダメージを与えられるかもしれない。
一縷の希望が見つかって喜んでいると、黒い化物は怒りの雄叫びを上げて俺に突進してきた。あんなのに突っ込まれたら身体がバラバラに弾け飛んでしまうので、俺は横に移動して逃げようとする。
だがミノタウロスは弧を描くようにカーブして追いかけてきた。
(逃げ切れない!)
このままではヤバいと死を予感したその時、五十嵐さんが割り込んでタックルを受け止めた。だが十全に構えていたわけではないので、衝撃に負けて俺ごと吹っ飛ばされてしまう。ゴロゴロと地面をのたうち回る俺と五十嵐さんはすぐに立ち上がって追撃に備えた。
「ヒール、プロテクション!」
「フレイムアロー!」
島田さんが五十嵐さんを支援し、灯里が意識を逸らすように火矢を放つ。
牛鬼の動きが一瞬止まり、ほんの少しだけ余裕ができた。その間に俺は島田さんが拾ってくれた剣を受け取り、五十嵐さんはスキルを発動する。
「灯里さん、連続で攻撃するとタゲを取ってしまいます、気をつけて! 島田さんも回復は控えてください! 私なら大丈夫です! 許斐さんは無茶をしないでください! 私以外がミノタウロスの攻撃を喰らったら、一撃で戦闘不能になってしまいます!」
叫ぶように指示を下す彼女はとても息が荒く、凄く苦しそうな表情を浮かべている。
本人は大丈夫と言っているけど、この状態を見てしまったら島田さんも回復させてしまうだろう。本当に大丈夫なのか? 我慢しているだけではないのか?
そんな疑問が浮かぶが、俺達が戦えているのは五十嵐さんのお蔭だ。心苦しいけど、今は彼女に頼るしかない。
それからも激しい攻防は続いた。
ミノタウロスの猛攻を五十嵐さんが凌ぎ、島田さんはタイミングを測ってバフをかけ、俺と灯里がちまちまとダメージを与えていく。だが、ミノタウロスが倒れる気配が全くない。確実にダメージは与えているはずなのに、疲れるどころか勢いが増しているようにさえ感じた。
先に均衡が破れたのは、五十嵐さんだった。
「はは、ハハハハハ!!」
「ブモオオオ!!」
「いい、イイ、キモチ良い! もっと下さい、もっとイケるでしょう! さあ、私に痛みを下さい!! 生きてる実感を下さい!!」
(やばい、五十嵐さんまた……)
ミノタウロスとの戦闘でボルテージが上がってしまったのか、五十嵐さんが嬉々とした表情で嬌声を上げている。立ち回りは激しさを増し、自分から向かっていってしまっている。
周りが見えていないのか、俺とのコンビネーションも合っていない。
そして――ミノタウロスに攻撃しようとしたその時、俺は五十嵐さんにどつかれてしまった。
「あっ」
ぶつかって倒れてしまった俺を、驚愕の表情で見つめる五十嵐さんに、ミノタウロスが容赦なく豪拳を振るって、彼女は吹っ飛ばされてしまった。
「五十嵐さん!」
◇◆◇
(本当にバカですね……私は)
またか、と。
五十嵐楓は自分を呪った。大学の仲間と挑んだ二十階層の階層主戦で、我を忘れて暴れ仲間の邪魔をし、自分を含めた全員を殺してしまった。
パーティーを解雇されてからはその過ちを繰り返すまいと己を制御していたが、士郎と灯里と組むようになってから徐々に出始めてしまう。それでも彼女は、ギリギリのところで自我を保っていられた。
それがいけなかったのかもしれない。楽しんではいけないという枷が調子を崩し、三人に迷惑をかけてしまった。それに加えずっと我慢していた分、ミノタウロスとの戦いで高揚してしまい、あの頃のように我を忘れて暴走し、士郎を突き飛ばしてしまったのだ。
何も変わっていない。
一年前、仲間達を殺してしまったあの頃から何も。
――お前、病気なんだよ。
仲間に告げられた事実が胸を
認めたくなかった。認めてしまえば、この素晴らしい世界に二度と来られなくなる。だけどもう、終わりにしなくてはならない。壊れた自分の暴走によって仲間を危険に晒すのは、殺人となんら変わりないのだから。
「ハイヒール。五十嵐さん、大丈夫ですか!?」
「し、島田さん……」
島田拓造が高回復をかけてくれたお蔭で、バキバキに折れていた骨が治り、痛みが和らいだ。
だけどもう、立ち上がる気力が湧いてこない。それに立ち上がったところで再び暴走してしまい、士郎を危険な目に遭わせてしまうだろう。
自分はもう必要ない。顔を俯かせ諦めてしまっている楓に、拓造が諭すように柔らかい声音で話してきた。
「五十嵐さんの気持ちは痛いほどよく分かるよ。僕がそうだから。でも許斐君や星野さん、それに五十嵐さんもそんな僕を認めてくれたじゃないか。だから僕は、自分自身と向き合うことができたんだ」
「島田さん……」
「行ってあげてくれ。許斐君は君が来るのを待って、今も必死に戦っている」
拓造の言葉に、楓は顔を上げて士郎を見る。
彼は一人でミノタウロスと渡り合っていた。いや、すぐ側で灯里も応戦している。二人共諦めておらず、ギリギリの状態で戦っていた。
そんな二人の姿を見て、楓は強く拳を強く握る。
(私は、彼らを死なせたくない!)
心の内側から力が湧いてきた楓は立ち上がり、盾を拾って駆け出した。
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