プロローグ2

 


「許斐君、少しいいだろうか」


「はい、何でしょうか」


 カタカタとキーボードを打ち込んでいる時だった。上司の倉島さんが声をかけてきたので振り向くと、彼の表情を見て内心で驚いてしまう。

 倉島さんは俺の苦手な体育会系で、声はやたら大きく表情も明るい。ちょっかいをかけるのも好きで、不意に肩を叩いてきたり驚かしてくる人だ。

 そんな上司が、低いトーンと真面目な顔を作りじっと俺を見ている。


 ――やばい、何かミスしたか?


 普段見ない倉島さんの様子に内心恐々としていると、彼は静かに口を開いた。


「君、冒険者をやっているのか?」



 ◇◆◇



「冒険者になる事を報告していなかったのですか?」


「うん……完全に忘れていたよ」


 昼休み。食堂の隅でご飯を食べていると、後輩であり仲間でもある五十嵐楓さんが対面に座ってきた。今までは一人で食べていたのだが、先週からちょくちょくお昼を共にしている。

 俺が浮かない顔をしていたら「どうしたのですか?」と尋ねられたので、朝起きた事を説明する。


 冒険者をやっているのかと聞かれ、はいと答えた後、倉島さんに個室に連れていかれ詳しく話を聞かれた。

 どうやら社員の中で俺のダンジョンライブを見ていた人がいたらしく、その事で役職の人から倉島さんに注意がいき、倉島さんが俺から話を聞くという流れだった。


 最初に何故冒険者になる事を報告しなかったのかと聞かれたけど、まず「報告しなければならない」という事が頭になかったと正直に伝えた。すると上司は「あのなぁ」と大きなため息をつき、冒険者はお金を得る立派な“職業”だから副業になるだろうと教えられた。

 それを聞いて俺は「あっ……」と今更ながらに気付き、どうしよう……と凄く困惑してしまう。

 動揺する俺に倉島さんは怒ることなく、やってしまった事は仕方がないと、一緒に役職の人に謝りに行ってくれたのだ。


 役職の社員から厳重注意をされている時、もう冒険者をやめるか会社を首になってしまうと内心でびくびくしていたら、どうやら自社は冒険者をやってもいいらしい。ただ、それをするに必要な理由と、正式な手続きを踏まなければならないそうだ。

 手続きをせず勝手に冒険者になってしまったから、今回は問題となってしまったのだ。


 俺は誠心誠意謝りながら、仕事しながら冒険者を続けていきたいと伝えた。自分がダンジョン被害者であり、ダンジョン被害者の仲間に誘われ、ダンジョンに囚われてしまった家族を救い出したいと正直に言うと、なんとか認めてもらえた。少しずるいけど、同情されたから認められた所もあると思う。

 その後は契約書を書いたり手続きを終わらせると、倉島さんに「少しいいか」と休憩の時に誘われ、こう言われる。


「ダンジョンが現れた時は、俺も会社を辞めて冒険者になろうか真剣に考えた。男だったら一度はああいう世界は憧れるからな。ただ俺には子供もいて一家の大黒柱だから、そんな博打みたいなことは出来なかった。だから許斐君が羨ましい」


 倉島さんは煙草を吸って、「だけどな」と続けて、


「今回は理由が理由なだけに認められたが、社会人としてやってはいけない事だ。それほど君がした行いは軽率で、会社に迷惑をかけた事になる。それは反省してほしい」


「はい……本当に申し訳ありませんでした」


「君は仕事も真面目だから大丈夫だろうが、冒険者にかまけて業務を疎かにしないように。それと……妹さんの事、頑張れよ。正直許斐君は陰キャで苦手だったが、少しだけ見直した。応援しているぞ」


 笑顔でそう告げられ、いつものようにバシンと背中を叩かれる。

 俺は少しだけ涙を流しながら「はい……ありがとうございます」と震えた声音で感謝したのだった。


「いい上司ですね……」


「そうだね。いつもはちょっかいかけてきたり自分の仕事押し付けてきたり、どっちかというと苦手な人だったんだけど、今日ほどあの人の部下で良かったと思ったことはないよ。俺のために一緒に頭を下げてくれたり、色々気付かってくれたり……なんか、単純に凄いなって思った」


 正直なところ、倉島さんに連れていかれた時はめちゃくちゃ怒られるんだろうなとビクビクしていた。だけどそんな事は一切なく、彼は子供を諭すように柔らかい口調で話をしてくれた。部下の尻拭いをして、尚且つ励ます。

 凄く救われた気がして、倉島さんが格好良く見えた。そして俺もいつか、この人のようになりたいと尊敬したのだ。


「そういえば五十嵐さんは冒険者になる事を報告していたんだね」


「私の場合は、入社の時点で認められました。面接の時にはっきりと冒険者を続けていきたいと伝え、貴社では冒険者でも雇ってくれるでしょうかと聞きました。了承されたので、私はこの会社に就職しました」


「えっ……理由ってそれだけ?」


「はい。あの時はさっさと就活を済ませて、残りの大学生活をダンジョンに費やしたかったですから」


 五十嵐さんの話を聞いてドン引きしてしまう。どれだけダンジョンが好きなんだ。

 というか、面接でそんな事を聞いてよく落とされなかったな。よっぽど優秀だったんだろうか。


「五十嵐さんはいつから冒険者になったの?」


「一般人が冒険者になれるようになったその日からです。大学の単位も全て取っていたので、毎日行ったり一週間ダンジョンで過ごしたりしていました」


「す……凄いな」


 どれだけダンジョンに行きたかったんだよと、彼女の行動力に脱帽してしまう。

 やっぱり古参だったのか。レベルも高いし経験豊富だからそうじゃないかと思ってはいたんだけど、まさか初日から冒険者になっていたなんて。


「まあ私はどちらかというとエンジョイ勢ですから、ガチ勢の人達には敵いませんけど」


「ガチ勢って……どんな人なの?」


「ダンジョンの中に平気で一か月過ごしていられる人達です」


「そ……そうなんだ」


 そこまでしないと、上級冒険者になれないのだろうか。

 なんか人間辞めてそうだよなぁと、心の中で呆れたのだった。



 ◇◆◇



「ただいま」


「お帰りなさい、士郎さん」


 自宅アパートのドアを開けると、美少女が笑顔で出迎えてくれた。

 彼女の名前は星野灯里。俺と同じ家族を東京タワーに囚われたダンジョン被害者で、家族を救い出す目的が一致している共通の仲間で、同居人だ。

 タレントよりも可愛い上に、料理や洗濯と何でもできる。なんだか新婚生活をしているみたいだ。


 だが彼女は女子高生で、もし手を出してしまったらアウトである。犯罪者の仲間入りだ。

 最近の悩みは性欲が増してきたこと。女っ気がなかった以前までは週に一回自慰をするかしないかだったけど、灯里と同居してから性欲が増してしまった。まあこんな美少女といるんだから仕方がないんだけど、段々辛くなってきてる。


「ご飯にします?お風呂にします?それとも……私にします?」


「何言ってるんだよ」


「えへへ、冗談です」


 最初の頃は灯里も俺に警戒していたようだけど、ダンジョンでの冒険や同居生活をしているうちに打ち解け、今ではこんな風に冗談を言ったりしてきたり、ボディタッチも多くなっている。心を開いてくれて甘えたりしてくれるのは嬉しいけど、無警戒なのはやめてほしい。ただでさえ家では服装とか緩いんだから。

 灯里と一緒にご飯を食べている時、俺は来週の予定を話題に出した。


「今週の土曜から再来週の月曜まで休みだから、毎日ダンジョンに行けるよ」


「えっ本当ですか!?でも、どうしてそんないきなり休みが増えたんですか……まさかお仕事が……」


「こらこら、クビになったとかじゃないからそんな顔しないでくれよ」


 今日クビになりそうになったけど。まあそれは言わないでおこう。自分のせいで、とか思うかもしれないし。


「忘れたのか?来週からGW《ゴールデンウイーク》だよ」


「そ、そういえばそうでした!」


 ビックリする灯里。

 実は今週の土曜から来週の日曜まで、うちの会社は九連休という大型連休だった。本当は一日だけ平日なのだが、今年はたまたま休みが続いたので会社全体で休日になった。うちの会社は優良企業だから、そういうところは結構融通が利いたりする。


「じゃあ、毎日行きましょう!わあー、なんだか凄く楽しみです!」


 今のところ休日の土日しかいけてないもんな。こんなに連続でいけるとなると楽しみだろう。五十嵐さんを誘ったら勿論行きますと言ってくれたし、GWはダンジョン三昧だ。


「頑張ろうな、灯里」


「はい!」

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