第34話戦勝祝い

 



 ダンジョンから現世に帰ってきた俺達は、装備を預けて私服に着替える。

 ゴブリンキングからドロップした王魔石を換金してもらうと、百五十万円にもなった。三分の一を五十嵐さんに渡そうとするが、彼女は頑なに受け取ろうとしなかった。かなり粘ったけど駄目だったから、俺と灯里の共有資産に貯めておくことにした。


 実はダンジョン用に新しい口座を一つ作っている。それには俺と灯里がダンジョンで手に入れた魔石を換金して手に入れたお金を入れていた。最初は半分で分けようとしていたのだが、灯里が自分でお金を管理するのは恐いからと言って、じゃあダンジョンの装具やアイテムを買うためにと作ったのだ。

 五十嵐さんも正式に仲間になったことだし、一先ず入れておいて、使う時になったら渡そう。

 というか、あんな小さいな石ころがたった一つで百五十万円に代わるとか、凄く現実味がなかった。これは誰だって冒険者をやりたくなる訳だよ。


 ゴブリンキングの指輪は換金しない事に決めていた。珍しいアイテムだし、五十嵐さん曰く売ってしまうのは勿体ないとのこと。誰が装備するのかは後で決めるとして、とりあえず装備と一緒に預けることにした。


 やる事をやって色々落ち着いた後、俺達はエントランスで一息ついていた。

 一緒にご飯でもどう?という話題になっていると、突然灯里が提案してくる。


「ねえ楓さん、今日うちに来ませんか?」


「えっ……私が行っていいんでしょうか?」


「勿論です!楓さんと一杯お話ししたかったんですよ!明日は日曜日だし!ねっ、士郎さんもいいですよね!」


「そうだな……五十嵐さんさえよければ、どう?」


 良い案じゃないかと俺も尋ねると、五十嵐さんは少し考えたあと「では、お邪魔させていただきます」と首を縦に振ってくれた。

 ただこのまま直行するのは出来ないので、一度家に帰って準備してからくるらしい。最寄り駅を教えて、待ち合わせを八時に、俺達は解散した。


「沢山ご飯作りますね!」


「灯里も疲れてるんだし、無理しなくていいんだぞ」


「全然大丈夫です!楓さんに私の料理を食べてほしいし!」


 家に帰宅すると、俺達は軽くシャワーを浴びる。灯里はすぐに料理に取り掛かり、俺は部屋でも片付けようとしたのだが、灯里がいつも片付けてくれているからやる事がなかった。手持ち無沙汰なので灯里が料理をしているのをリビングから眺めていると、あっという間に八時近くになっていたので、五十嵐さんを迎えに行く。


 駅に着くと、五十嵐さんを発見する。どんな私服なんだろうなーと少し期待していたが、期待を裏切るように彼女はスーツを着ていた。どうしてスーツなの?と聞くことも出来ず、俺達は自宅に足を向ける。

 途中、五十嵐さんがスーパーに寄りたいと頼まれたので行くと、ビール六缶セットと大量のおつまみを買っていた。この人、今日だけで全部開ける気なのだろうか……。


「お邪魔します」


「待ってましたよ楓さん!早く上がってください!」


 灯里が出迎えてくれて、五十嵐さんが部屋に入る。少し中を見回すと、「広くていいお部屋ですね」と感心していた。

 テーブルには既に色とりどりの料理が並べられていて、それを見るだけでお腹が減ってくる。灯里が俺の隣に座って、五十嵐さんは対面に座る。グラスに飲み物を入れて、乾杯した。


「くぅぅぅぅぅ、やっぱりダンジョン後のビールは最高です!」


 たまらないといった風に言う五十嵐さん。一気に1缶飲み干してしまった。何も食べていなのに最初から飛ばして大丈夫かと心配したけど、いつもの事らしい。彼女はかなりの呑兵衛のようだ。


「美味しい!?美味しいですよ灯里さん!」


「えへへ、ありがとうございます」


 料理を食べて絶賛すると、灯里は嬉しそうに微笑んだ。彼女の箸は止まる気配がなく、どんどん食べてしまう。やばい、このままでは俺の分が無くなってしまう。負けじと俺も食べる。

 うん、やっぱり灯里の料理は最高だな。


「許斐さんが羨ましいです。毎日こんな美味しいご飯が食べられるなんて」


「楓さんはどんなの食べてるんですか?」


「私は料理が全く出来ないので、コンビニ弁当やカップラーメン、後はウーバーイーツを愛用しています」


 それを聞いて、心の中でおっさんじゃないかとつっこむ。美人だし仕事も出来るから何でもできると勝手に思っていたけど、話を聞いているうちに生活能力皆無なことが判明してきた。これは想像だけど、彼女の部屋ってかなり汚そうな感じがする。


 それにしても幸せそうに食べるなぁ。

 会社やダンジョンでは無表情というかキリっとしているけど、今はよく笑っているし顔色もコロコロ変わっている。ギャップというか、美人の笑顔ってズルいよな。


「痛っ」


 つい見惚れていると、お腹をつねられる。どうやら灯里がしたようだ。本人は何でもないと言わんばかりに五十嵐さんと談笑してるけど。


「どうかしました?」


「ううん、何でもないです」


「そうですか……そういえば、許斐さんは飲まないんですか?」


「そうだね……折角だから俺も一杯ぐらい飲もうかな」


 五十嵐さんに誘われたので、プシュっと缶ビールを開けて飲む。うーん、久しぶりに飲んだけど美味しいな。

 すると、灯里も飲んでみたいと言い出したので、まあ一口だけならいいかと飲ませてみた。


「うわ~、ビールってこんな苦いんですね~、私はそんなに好きじゃないかな~」


「ビールの美味しさが分からないとは灯里さんもまだまだお子ちゃまですね」


「そんな事ないもん!私ももう十八歳だもん!」


 五十嵐さんに煽られた灯里は、ゴクゴクと一気に飲み干してしまう。なに飲ませてんだよ、灯里はまだ十八歳でお酒を飲んでいい歳じゃないだろ。一口だけならと飲ませちゃった俺が言うのもなんだけど。

 おいおい大丈夫か!?と心配すると、灯里は顔を真っ赤にさせた。


「ほら~飲めたじゃないですか~!」


「いいですね灯里さん!私も負けていられません!」


 そう言って、五十嵐さんも新しい缶ビールを開けてしまう。段々ペースも早くなってきて、呂律も怪しくなってきた。本格的に出来上がってきたぞこれ。もう帰れないんじゃないか?


「士郎さんは楓さんを見過ぎです!私がいながら……やっぱり大人の方がいいのか~胸なら私の方が大きいぞ~」


「むぐっ!あ、灯里、苦しい!」


 突然大声で愚痴を吐いた灯里は、俺の顔を抱き締めて胸を押し当ててくる。大きくて柔らかくて良い匂いがして、下半身が熱くなるのを感じた。やばい、灯里のやつ完全に酔っ払ってるぞ。ていうか俺は何を欲情しているんだ。

 頑張って灯里を引き剥がすと、今度は五十嵐さんがダン!と缶ビールをテーブルに叩きつけた。


「許斐さんは酷いです!あの時私にあんな事をしておいて!記憶がないってどういう事ですか!?一体私がどんな気持ちで!!」


 ええ……それって新人歓迎会の事だよな。あの時はかなり酔ってたけど、俺は一体何をしたんだ!?


「ほら、許斐さんもどんどん飲んでください!」


「いや、俺はそろそろ遠慮するよ……」


「はぁ?私のお酒が飲めないって言うんですか!?そんな事許しませんよ!!」


「私も飲む~~~!」


「灯里は絶対ダメだからな!」


 それから五十嵐さんに強引に飲まされ、酔った灯里が騒いだり、色々とやっているうちに俺も酔ってきて、いつの間にか気を失っていた。



 ◇◆◇



 腕が痺れて、目が覚める。


「頭……痛い」


 二日酔いだろう。ガンガンする頭を押さえようとするが、腕が動かない。それも両方だ。

 不思議に思って見てみると、右手は灯里に抱き締められ、左手は五十嵐さんに掴まれている。


「――っ!!??」


 驚愕して、開いた口が塞がらなかった。

 灯里はズボンを脱いで水色のパンツが、五十嵐さんはワイシャツが脱げていて黒いブラジャーが見えている。二人とも幸せに寝ていた。

 そして問題なのは、俺の上半身が裸だという事だ。かろうじてズボンは履いてるけど、これは……。かなり事後な光景だ。


(嘘だろ……やっちまったのか?)


 昨夜の記憶が全くないけれど。

 この状況は、かなりマズい気がする。下手したら逮捕案件だ。

 二日酔いも相まって頭が激しく痛み、俺はどうしようと心の中で頭を抱えたのだった。

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