第28話 勧誘
「なんでしょう倉島さん」
「お、おお……ビックリさせようとしたら私がビックリしてしまったじゃないか。何で私だと分かったんだ?」
「え……なんとなくです」
「ほう、なんとなくか!」
「……どうしたんでしょうか?」
「いや何、最近の許斐君は元気があるなと思ってな!顔色も良い!」
「え……自分ですか?」
「ああ!これからもその調子で頑張ってくれよ!」
はっはっは!と大声で笑いながら、上司の倉島さんは俺の肩をバシッと叩いて去っていく。
相変わらず体育会系だなぁと心の中でため息をつきながら、告げられた言葉を反芻した。
元気があるとか顔色が良いとかは分からないけど、身体の調子が良いのはなんとなく自覚している。前よりも集中力がついている気がするし、疲れもしない。灯里が作ってくれてる美味しい料理や、家事をしてくれたりというのが一番の理由だと考えているけど、俺はダンジョンの影響もあるんじゃないかと思ってる。
驚かされる前に倉島さんの気配を察知できたのも、【気配探知1】でモンスターを発見した時と同じ感覚だったし。
ダンジョンで超人のように強くなろうと、現世に戻ってくれば肉体のスペックは元に戻ってしまう。勿論スキルだって何一つ使えない。
だが実際は、全てが元に戻っている訳ではない。ダンジョンでモンスターと戦ってトラウマが生まれたりするのとは逆で、モンスターと戦って培った精神力などのプラス効果が現世でも引き継がれている。経験やメンタル、身体能力とは関係ない目に見えない力を得ているのだ。
ネットでは噂程度しか言われていないけど、冒険者になったからこそ本物であると実感できる。ホーンラビットに殺されたことも、モンスターとの死闘を繰り広げていることは、俺自身にかなり影響を与えている。
でなければ、俺が倉島さんに自分から声をかけるなんてしない。
あれは無意識でやっていたけど、冒険者になる前の俺だったら、たとえ気付いていたとしてもどうせ叩かれるんだろうなぁと受け身の姿勢だったろう。
まあ、結果的に叩かれたんだが……。
そう思うと、ダンジョンって怖いよな……簡単に人を変えてしまえるんだから。
『別に楽しむなとは言いません。ただ、心に留めておいてほしいんです。ダンジョンは人を簡単に狂わせる、魔物だということを』
帰る間際、五十嵐さんは俺達に警告した。
彼女の言うとおり、俺は既にダンジョンの魅力に取り憑かれていたのかもしれない。気をつけないと、末期のダンジョン病に陥ってしまう。自分がそうなってしまうのもゴメンだし、灯里にもなってほしくない。
俺だけでも注意しないと。
そんな事を考えているうちに、昼休憩になってしまった。
灯里が作ってくれた弁当箱を持って食堂に向かう。無料の水を持っていつものポジションに座り弁当箱を開けていると「失礼します」と目の前に五十嵐さんが座った。因みに彼女のお昼は食堂のカレーライス。
「お疲れ様です」
「お、おつかれ」
「そのお弁当、星野さんが作ったお弁当だったんですね」
「う、うん……」
反射的に頷いちゃったけど、これ言っちゃマズいやつだったか?これじゃあ俺が灯里と付き合ってると言ってるようなもんだよな。やべーどうしよう、絶対聞かれるよな。
墓穴掘ったなーと思っていると、案の定尋ねてくる。
「許斐さんと星野さんは恋人なのでしょうか?」
「恋人……じゃないよ」
「……そうですか。ではどういった関係で?」
「それはなんといいますか……」
「答え辛いのなら質問を変えます。彼女とは同居していますか」
「……」
うわぁ、なんかめちゃくちゃ疑われてるよ。
五十嵐さんって人を見る力ありそうだもんな。まさか灯里が高校生って事もバレてないよな?
「もしよろしければ、今日飲みに付き合っていただいてもいいでしょうか?」
「えっ飲み?い、いいけど……」
「ありがとうございます。では、連絡先を教えてもらってもいいでしょうか」
「あ、うん」
そうして、俺と五十嵐さんは電話番号を交換する。
ラインではなかったのは、彼女がアプリをインストールしていなかったからだ。今時ラインやってない人なんているんだな。
そう思っていると、俺の考えを察した五十嵐さんがため息を溢しながら説明してくる。
「あのアプリは気軽に連絡先が交換できてしまうので入れてないのです。一々誘われたりするのも面倒ですから。それに全く知らない他人から突然連絡が来たりするのは恐怖でしかありません」
「言われてみればそうだね」
大学の時や部内でもそうだけど、グループに入ると気軽に個人に連絡出来る。嫌ならブロックすればいいだけの話だけど、人付き合いもあるから中々邪険にも出来ない。俺はそういうのがなかったけど、五十嵐さんは美人だから沢山連絡とかきそうだよな。
「では、後で連絡します」
「うん」
そう言って、五十嵐さんは席を立つ。って食うの早いな。
なんか勢いに押されてつい了承しちゃったけど、よかったのだろうか。とりあえず、灯里に遅くなるからと連絡しておこう。
……相手が五十嵐さんだということも伝えておくか。なんか、伝えておかないと後でマズいことが起こりそうになる気がした。
これも、ダンジョンで培った危機察知能力なのだろうか。
◇◆◇
五十嵐さんは早く上がったが、俺が少し残業なので先に行ってもらっていた。
待ち合わせ場所は東京タワーから一駅ほど離れたバーだ。居場所を事前に教えてもらっていたので、なんとか辿り着くことができた。
店に入るとカウンター席に五十嵐さんが座っていた。白髪をオールバックにして、渋くかっこいい老人のマスターがいる。他にお客はいないようだ。
「遅れてごめん」
「いえ、大丈夫です」
彼女の横に座りながら謝ると、柔らかい声音で答えた。顔もほんのりと赤いし、もう酔っているのかもしれない。
俺はマスターにお勧めを頼む。酔うと記憶が飛ぶから、一杯だけにしよう。
「良い雰囲気のお店だね」
「ありがとうございます。私の行きつけのバーなんです」
「よく来るの?」
「週に一回来るかどうかですね。基本は家でビールですが、たまにバーの雰囲気でカクテルを飲みたくなる日もあるんです」
「へえ」
感心していると、マスターからカクテルを渡される。口につけると、甘くて爽やかな味が口の中に広がった。
「美味しい」
「ありがとうございます」
つい口から出てしまうと、マスターは目尻を下げながら感謝してきた。人の好さそうな老人だなぁ。
それにしてもバーなんて大学ぶりだ。なんかこういう場所って、いるだけで酔いそうな雰囲気があるよな。
「許斐さんと星野さんに謝らなければならない事があります」
「えっ、急にどうしたの」
「お二人は強くなろうと焦っていましたから、もしかしてとダンジョン省のHPを見たんです。ダンジョン被害者の一覧に、お二人の名前が載っていました」
「そっか。よく気付いたね」
「冒険者になる理由は、大雑把に言うと娯楽です。ゲームのような世界で冒険を楽しむのが大多数の考えでしょう。それも初心者の冒険者だったら尚更。ゲームはやり始めが一番楽しいですからね。ですがお二人は、一刻も早く強くなる事に固執していた。それに年齢も離れていてそうで、私から見ても不思議な関係に思えました」
やっぱり、他人からだどそう見えるよな。
俺と灯里は、友達同士や恋人関係には見えない。分かる人には分かってしまうんだ。それが少し悔しい。
「興味本位で調べてしまい、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。俺が五十嵐さんでもおかしいと思うしね」
「もしよろしかったら……お二人のお話を聞かせてもらえないでしょうか。絶対に他言はしません。それとマスターは信頼できる人です。もし情報が漏れたりしたら、私はお二人にどんなことでもします」
そう言われて、灯里との関係を話してもいいのだろうかと悩んでしまう。
同居していることもバレてそうだし、ダンジョン被害者であることも知られている。俺は別に話しても構わないけど、灯里に聞いてからにしよう。俺だけの判断で話すのは、灯里に対して不誠実な気がするから。
その事を五十嵐さんに伝え、ラインを送って灯里からの返答を待つ。五分後にメッセージが返ってきて、『いいよ』と書かれていた。だから俺は、これまでのことを包み隠さず五十嵐さんに説明する。
俺達がダンジョン被害者で、灯里はまだ高校生で、俺を頼って愛媛から一人で出てきて、保護者から了承を得て同居していることを。
「そう……でしたか。なんとなく想像はついてましたが……」
やっぱりバレてたのか。でもなんで勘付いたんだろう。
「星野さんはまだ外見が幼いですし、お二人の関係も歪に見えましたから」
「俺と灯里って、そんなに似合わないかな」
「そういう訳ではありません。ただ、二人の空気がちぐはぐな所があるといいますか、上手く説明できません」
彼女は続けて、真剣な顔で問いかけてくる。
「星野さんとは、その……したのですか?」
「したって、何を?」
「男女の営み……です」
「――す、する訳ないじゃないか!灯里はまだ高校生だよ!」
必死で否定する。すると五十嵐さんは「そうですか……」と安堵の表情を浮かべた。
まさかそんな事を聞かれるとは思わなかった。でもそうだよな……二十六歳のおっさんが可愛い女子高生と同居するのって、身体の関係を疑うよな。
彼女は信頼しているから言ったけど、他の人には絶対に言わないようにしよう。保護者の同意があるからって、やっぱり世間体ではよく思われないな。
なんか微妙な雰囲気になってしまったので、話題をかえるためにも今度は俺が口を開く。
「五十嵐さん、貴方にお願いがあるんです」
「なんでしょう」
「俺達とパーティーを組んでほしいんだ。時間がある時だけでいい、もし冒険したくなったら俺達と一緒に行ってくれないか」
俺が灯里との関係を説明してもいいと考えたのは、これが大きな理由だった。
俺達の事情を話せば、同情して仲間になってくれるかもしれない。卑怯で最低な考えだけど、俺と灯里には五十嵐さんの力が必要だ。土日の冒険で、それが凄く分かった。技術面でも精神面でも、経験者の彼女の力が欲しかったんだ。
だから勧誘を目的に、全てを曝け出したのだ。
「私も、最初からそのつもりで聞きました。それに、お二人をこのまま放っておくのも危ないですから」
「それじゃあ……」
「ええ、是非仲間に入れてください」
「ありがとう五十嵐さん!!凄く嬉しいよ!!」
「ひゃ」
余りにも嬉しくて、彼女の手を取ってしまった。
これ、絶対酔ってるせいだ。シラフだったら女性にこんな大胆な事できない。ほら見ろ、彼女も驚いているじゃないか。俺は慌てて手を離した。
「ご、ごめん……」
「いえ、大丈夫です」
「そ、そう?あっそろそろ帰ろうか」
「私はもう少し飲んでいきます。今日はお付き合いしていただきありがとうございました」
「こちらこそ誘ってくれてありがとう。お酒も美味しかった」
俺はマスターにお会計して、最後に五十嵐さんにお疲れ様と声をかけてからバーを後にした。
あー、なんだか無性に灯里に会いたくなってきた。
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