第11話リスク
出口を見つけた俺と灯里は、一緒に自動ドアの中に飛び込んだ。
一瞬だけ意識が混濁したが、体感で三秒後には風景が視界に映り込んでくる。
ここは……ギルドの中か?
通路の中にいて、背後には閉まっている自動ドア。その近くには入口と同じように銃器を携えた自衛隊がいる。
はっと、俺は横を向いた。そこにはぼーっとしている灯里がいて、しっかりと手を握っている。良かった……無事に帰ってこられたんだな。
安堵の息を吐いていると、スタッフが声をかけてきた。
「お疲れ様でした。よい旅でしたか?」
「まぁ、はい。あの、ここはどこでしょうか?入口と同じ場所なんでしょうか?」
「いえ、ここは出口専用通路となっております。入口は通路を挟んだ向こう側になります」
そうだった。思い出した。
正面玄関には自動ドアが二つあって、片方がダンジョンへの入口、もう片方がダンジョンからの出口だったんだ。そうか……入口と出口で通路を分けているのか。
納得していると、スタッフが説明してくれる。
「こちらの通路を戻りますと、初めに訪れた大部屋に着きますので、そちらでダンジョンでドロップしたアイテムや装備を返却、お預けください。もしダンジョンの物を持ったまま最後のゲートを出てしまうと警報が鳴ってしまうので、お忘れなくお願い致します」
「分かりました。灯里、行けるか?」
「はい、もう大丈夫です」
やっと意識が覚醒した灯里に伺うと、俺達は帰りの通路を歩きだす。握られていた手は、自然と離れた。
大部屋に戻ると、未だに多くの冒険者で賑わっていた。訪れた時よりは少ないが、それでも結構な数がいる。ダンジョンで何もドロップせず、装備も持っていない俺達は、出口と書かれた場所へ向かう。その出口は機械で囲われていて、恐らく空港とかにあるセキュリティゲートの役割があるのだろう。どうやってダンジョン産と日本産を区別しているのか不思議だが、まあそういった開発も進んでいるのだろうと勝手に解釈した。
スマホで時間を確認すると、現在の時刻は十六時半。約三時間ほどダンジョンにいた事になる。
「なんだか疲れましたね」
「そうだな、身体が少し怠い気がする。どうしようか、ここで何か食べてから帰るか?それともすぐに帰るか?」
「お腹も空きましたし、もうご飯食べてもいいですか?」
「いいよ。ご飯食べて少し休憩してから帰ろう」
「はい」
ちょっと早いが夕食を取ることにした俺達は、昼に食べた料理店へ向かった。他にも飯屋はあるのだが、一々考えるのも億劫だったし、灯里がかなり憔悴してるので早くゆっくり休ませてやりたかった。
ご飯を食べ終えた後、灯里に体調の具合を尋ねる。
「どうだ、まだきついか?」
「もう大丈夫です、お腹一杯になったら元気になりました!」
「そっか、なら良かったよ」
「士郎さんはなんともなかったですか?」
「俺は身体が少し怠く感じたぐらいかな。すぐに治ったし」
「へぇ。でもおかしいですよね、“ダンジョンから帰ったら、身体は元に戻っているはずなのに”」
今灯里が口にしたように、ダンジョンから帰還すると、身体はダンジョンに入った時の状態に戻る。
“たとえダンジョンの中で怪我をしても、四肢を欠損しても、最悪死んだとしても、元の身体に戻ってダンジョンから帰還するのだ”。
その不思議な現象が、冒険者が多い理由でもある。
ダンジョンの中でモンスターに襲われ、怪我をしたり死んでしまうリスクがあったら、誰も冒険者になろうとは思わなかっただろう。誰がすき好んで死地に行こうと思うだろうか。というか、もしそうだった場合政府は一般人に絶対公開していなかったはずだ。
死んでも元に戻ることが判明したから、政府は一般人にダンジョンを公開し、一般人は冒険者になってダンジョンにノーリスクで潜れるんだ。
いや、ノーリスクは語弊だった。少しだけ、ダンジョンから帰還しても戻らないものがある。それは、記憶と精神だ。
例えばダンジョンでスライムに丸のみされ溶かされたり、ゴブリンに殴られ撲殺されたとする。その時の記憶、苦しみ、痛み、恐怖は、ダンジョンから帰還しても元には戻らない。それがトラウマで、冒険者をやめる人も多い。五感が全てリアルなだけに、そういった死の恐怖もまた本物なのだ。年齢制限が十八歳以上なのも、これが理由だ。
それと、ダンジョンで戦ったり探索した時の疲労も残ってしまう。体力的には元の状態に戻っているはずなのだが、目に見えない精神的なものはダンジョンから帰還しても感じてしまう。
この仕様も、不思議に感じる。死んでも元の姿で甦るなんて、まるでRPGみたいじゃないか。一体“何”がどうやって、どういう理由でこんなルールを作ったのだろうか。ネットでも色々考察されているみたいだが、真相は謎が深まるばかりだった。
「ダンジョンが出来てまだ三年しか経ってないからな。分からないことはいくらでもあるよ」
「ですよね」
「遅くなる前に帰ろう」
「はい!」
俺達は会計を済ませ、そのままギルドを後にしたのだった。
◇◆◇
「ただいま!」
「……おかえり」
帰宅して、玄関を潜ると灯里は大きな声でそう言った。俺の部屋なのに、もう自分の部屋のようにただいまと言う灯里に少し呆れつつも、自分の家だと思ってくれて嬉しい気持ちを抱きながら、俺はおかえりと言ってあげた。
流石に一日で色々なことをやって疲れた俺達は、リビングでダラダラした後風呂に入り、またダラダラしていた。
スマホをイジっていると、灯里が突然「ステータスオープン」と口にする。
「いきなりどうしたんだ?」
「えへへ、ちょっとステータスが出ないか試したくなっちゃって」
「まあ気持ちは分からなくない」
照れ臭そうに笑う灯里に同意するようにうんうんと頷く。
ステータスを見られるのはダンジョンの中だけだ。そしてスキルもダンジョンでしか使えない。もっと言えば、レベルが上がった能力値もダンジョンでしか発揮されない。
だからダンジョン内で目にも止まらぬ速さで動けても、現実に戻ると凄く遅く感じてしまう。ダンジョンでの自分と現実での自分のギャップが嫌な人もいて、今ではダンジョンの中で生活している特異な人もいたりする。
まあそりゃそうだよな。
現実でスキルを使って火や水を生み出したら、ダンジョンだけじゃなくてこっちの世界までファンタジーになっちまうよ。そんなことになったら世界中大パニックだ。
「あっ見てください士郎さん、私達の動画がYouTubeにアップされてますよ」
「えっ、本当?」
「本当です、ほら!」
そう言って、灯里がスマホの画面を見せてくる。画面には、俺と灯里が二人でスライムを倒している映像が流れていた。
「本当だ……俺も見てみよ」
自分のスマホでYouTubeを開き、「許斐士郎 ダンジョン」と検索する。すると検索欄の一番上に、「許斐士郎 星野灯里」というタイトルの動画があった。動画時間は三時間ちょっと。俺達がダンジョンに潜っていた時間だ。今は普通の動画になっているが、潜っている時は生配信だったと思う。
そして動画のサムネイルの画像は、俺と灯里が手を繋いでいるシーンだった。
(うわぁ……なんだかこれ恥ずかしいな!!)
恐らくダンジョンに入った時だろう。俺と灯里が手を繋いでいる場面を真正面から撮った感じだ。めちゃくちゃイイ画になってる。
「他人から見るとこれ、カップルですよね」
「そ、そうだね」
彼女の意見に同意する。
俺もかなりのダンジョン動画を見てきたが、こんなサムネは初めて見た。一体誰が撮っているのか分からないけど、かなりの腕前だと思う。
「見てください!コメントも何件かきてますよ!新人冒険者の動画なのに凄いですね!」
「おっ、本当だ」
灯里につられ俺もコメントを確認すると、コメントにはこう書かていた。
ランド・五時間前
死○ロリコン
ふたば・五時間前
カップルでダンジョンとかありえんわw
ちゃむ・三時間前
女の子可愛くね?ww
うえーい・三時間前
こんな可愛い女の子と一緒にダンジョンに潜りたい人生だった……とりあえず野郎は○ね
「……」
「あはは、私って可愛いんですかね?」
気まずそうに笑う灯里に、俺は「そうだね……」と低いトーンで返す。
まあそういうコメントが来るのは大体予想がついていた。もしそっち側だったら、俺も心の中ではそう思っていただろうし。
ただ、初めてこうして動画に映る側になってコメントを読むと、案外傷つくもんなんだな。
落ち込んでいると、元気づけようとして灯里が俺の背中をパシンと叩く。
「ま、まあ元気出してくださいよ!」
「……はい」
その日の夜、俺はふて寝したのだった。
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