第12話

 酷い頭痛がした気がして、リザリーは目覚めた。

 視界がぼんやりしており、二、三度瞬くが、やはり目の焦点が定まらない。


 軽い混乱に陥りそうになったが、どうやら己の視力の問題ではなく、周りが暗いだけなのだと気が付いた。

 落ち着いて目を凝らせば、暗闇の中で付近の景色の輪郭が浮かび上がってきてほっとした。


(どこ、ここ……?)


 視力の問題ではないとわかったが、問題はまだある。

 一体ここはどこで、いつの間に移動したのか?自分は今まで何をしていたのか?


 氾濫するように溢れ出る疑問で再び動揺しそうになるが、何とか深く呼吸をして平静を保つ。


(確か男の人を病院に送って、取り調べを受けようとして、……それからどうしたんだっけ?)


 思い出せる場面から思い出し順番通り組み立てるが、どうもあの女性騎士団に声をかけられてからの記憶が曖昧だ。

 別室に案内されまずは飲み物でも、と受け取ったことは覚えているが、それ以降は何をしていたのかはっきりとしない。


(あれから……急に意識が飛んだような?)


 そこまで考えると、起きたときに感じた頭の痛みがまだ僅かに残っていることに気が付いた。

 あの飲み物の中に、気を失わせる薬品のようなものが入っていたのだろうか?


 だとするなら犯人は飲み物を出したあの女性騎士団員……いや、騎士団員だったのかも怪しい。

 医師に騎士団に鑑識官、数多の人間が病院に入っていたから、知らない人物が紛れ込んでいても気づかれることがなかったのだろう。


 ───どうして何の疑問も抱かなかったのか、と自分を責める。

 あの女性は一体誰だったのだろう。そして自分をここへ連れ去って、何をするつもりだろう。


 恐る恐る立ち上がり、手を前に突き出しながらゆっくりと進む。床が古いのかぎしぎしと嫌な音が鳴る。

 意外に内部は狭く、手のひらはすぐに向こう側の壁に触った。


 慣れ始めた目で凝視したそれは、どうやら壁ではなく、巨大な機械のようだった。

 

 もう少しよく観察すると、その機械は感覚を置いて隣にも設置されていることがわかる。

 その隣にも、そしてリザリーの眠っていた方の壁にも機械は置いてあった。


 しかしそのどれからも古い埃の臭いが漂い、手のひらからはさびの感触が伝わる。

 ここはすでに使われていない工場か倉庫か、それに類する施設なのかもしれない。


 しばらくあたりをうろうろしていると、ようやく出入り口らしき扉を見つけた。

 が、ドアノブを回しても開く気配がない。


 さびているのか、鍵がかけられているのか?


「誰か……っ!誰かいませんかっ!」


 格子のはまった扉窓があり、そこから外へ向かって叫ぶ。

 ぐわんぐわんと己の声が反響していき、奇妙な不協和音が遠くから聞こえてくる。


 随分広い場所のようだが、返答はない。

 軽い絶望が胸を支配し、しかし今一度人の有無を確認するため口を開きかけた。


 ───その時だった。


「誰かいるんですか!?」


 反応が返る。

 しかもその声がこの暗闇に似つかわしくない若い女性のものだったので、驚きながらも「はい!」と返答をした。


 見える範囲で視線を巡らせるが、人の気配らしきものは感じられない。

 残念に思いながらもさらに声を張り上げ、リザリーは相手に呼びかけた。


「私はリザリー・クラントン!バートン新聞社の記者です!部屋から出られなくて、助けを呼んでくださいませんか!」

「え?まさか、リザリーさん!?」


 戸惑いと、己の名を呼ぶ声に既視感を覚え、リザリーは目を見開く。

 嫌な予感を抱えながら「ミモザさん?」とおずおずと問いかけると、どこか遠くで「はい」と返事が返った。


「本当にミモザさんですか!?なんで、どうしてこんなところに!?」

「わかりません、目が覚めたらここにいて。わたくしも出られないみたい……閉じ込められています!」


 声の主はやはり新人作家、ミモザ・マーティンのものだった。

 悲痛な響きのある彼女の声に、リザリーはざっと血液が足に向かって落下する。


 つい先刻までミモザは仮住まいにいたのに、どうしてこんなことになっているのだろう。

 ばくばくと脈打つ心臓を何とかなだめ、リザリーは必死になって何処かへいる作家へ向けて叫んだ。


「どこか脱出できそうなところはありますか……!?人の往来が見える窓でも……!!」

「部屋の中が真っ暗で、何も見えません。扉も緩んでいませんわ……窓も……」


 絶望的な彼女の声に、リザリーは奥歯を噛みしめた。自分のところも同じような状態だったからである。

 それでもこのままぼんやりしていたら、どんな危険が二人の身に降りかかるかもしれない。


「脱出できる手段がないか探してみます!少し待っててください!」


 それだけ言ってリザリーは部屋の中に戻り、手探りで出口を探し始める。

 機械のせいか内部は酷く狭く感じ、窓があるかもしれない奥側には行けそうもなかった。


 そして今気づいたことだが、病院にいたときには持っていた鞄がない。

 上着に入れていた万年筆や手帳の類も無くなっており、もしかしたら己をここにいれた誰かがとっていったのではと思った。


(やっぱりあの女の人が?でも、私とミモザさんを拉致した目的は何……?)


 不安の形でぐるりと頭を巡るのは、ここ数日起こった一連の事件である。

 倒れていた薬指の欠けた男を助けたせいなのか、己も本格的に巻き込まれてしまったのかもしれない。


(また出過ぎた真似をしてしまったのかも……)


 エルンストたちの呆れた顔を思い浮かべ……しかし生きて必ずその顔に巡り合わなければならない。

 この機械の上に乗れないだろうか、と足をかける場所を探し始めた。


 機械自体に凹凸があるものだったので、上にあがることは容易そうだ。

 このまま上って窓のある方に───そう思った刹那、リザリーは動きと同時に呼吸を止める。


 空耳か?否。

 こおん、こおん、と遠くからこちらに近づく足音が聞こえた。


 硬質な音で、恐らく革靴だ。

 革靴の音を響かせながら、誰かがこちらに向かって歩いてくる。


 機械に足をかけたままの中途半端な格好で固まっていると、にわかにがちゃりと鍵が回る音が聞こえて振り返った。

 だが自分の部屋の扉は開いておらず、その前にも人影はない。


 ならば、と思う間もなく、近くで「きゃあっ!!」と恐怖を滲ませた悲鳴が響いた。


「来い、アンタには手紙を書いてもらう」

「誰、です?やめて!離して!!」


 ミモザだ。

 硬質な床の上でじたばたと足踏みをする音が聞こえ、じきにそれは引きずられるようなものとなり小さくなる。

 彼女の部屋に何者かが来て、連れ去られてしまったのだと察して血の気が引いた。


 体の動きを止めたまましばらく待ったが、足音が再び聞こえてくることはない。

 どうやらリザリーには用がないらしかった。


(どうしよう、助けに行かないと……!)


 慌てながらも機械の上にのぼり、落ちぬよう反対側へ歩いていく。

 窓はあった……が、さび付いていて開かない。ならばと今度は天井を見上げる。


 古い木造の天井に背を伸ばせば、余裕で手が届くことがわかった。


(屋根裏に登れるかもしれない)


 その希望にかけて、埃まみれの天井をごそごそと手のひらで探り始める

 時折足を踏み外しそうになりながらも、機械のある場所を移動してしばらく。


 リザリーは雨漏りで腐ったのか柔らかく、今にも外れそうな天井板を発見した。


 ぐっと持ち上げるように押すと、みしりと簡単に板はひしゃげて壊れる。

 そのまま力をこめ続け、リザリー一人が何とか通れるくらいの穴を作り出すことが出来た。


(通れそうな道はあるかな……?)


 いささか不安になりながらも体を持ち上げ、無理矢理に屋根裏に身をねじ込んだ。

 中は階下よりも湿り気があり埃っぽい。

 それでもじりじり這いずって行けば進めそうだと感じて、リザリーは連れ去られた新人作家が何処にいるのか探すことにした。

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