水 四
いきがつづくまで、吐く、吐く、吐く。
吐いたそばから重みで沈んでゆくそれは怨念のようであり、毒素のようでもある灰褐色で
細く長く最奥に横たわっているのです。
*
可愛らしいものが落ちていた。近づくと、小鳥だった。
可愛らしいままで、でも頭の下に血溜まりをつくってぴくりとも動かないから、ああ死んでいるのだなと分かった。恐らくすぐ上の窓ガラスの存在を認識できずに激突したのだろう。こんなにも好ましい外見のまま綺麗に死ぬものかと思った。
その小鳥がひどく羨ましくなってしまって、あまりに羨ましかったものだから、三日も部屋から出ずに引きこもって泣いていた。
淵というのは比喩として浮かび上がりにくい境遇や心境を表すのにも使われる言葉だという。悲しみの淵。絶望の淵。遺伝子レベルの淋しさとでもいうのだろうか、ちいさな頃から私はそういうものをまま感じることがあり、生きることそのものが酷く痛みを伴うものだった。
生きる上での嬉しいことは元々ほんの少しであったけれど、だからこそ大事にしたいそれは生きれば生きるほど年々目減りしていった。
ねえ、嬉しいことから、無駄ごとみたいに切り捨てられていくみたい。苦しいことだけ残されて、人生って苦しみながら生きるものだよと言われているみたい。それが正しいことみたいに。それを悲しむのは我儘なことみたいに。
この痛みはたとえば、泣いたら癒えるのですか。
どのくらい泣けば癒えるのですか。
そもそも癒えるのでしょうか。
ぼんやり痛みが遠のいて忘れてやり過ごすのが関の山でしょうか。
司水が代々不幸な家系であると、知ったのは
──司水の家は、特殊なのよ。
──もう随分と昔の話だからご両親も知らないでしょうけれど。
──でもわたくしは知っているの。
水面に少しだけ触れるようにぽんぽんとそんな言葉を置かれたと思う。その点を線に繋げたくなった私は、自ら都さんのお宅へ出向いたのだった。聞かされた話はこうだった。
司水というのはその名の通り水を
「醜さというのは、単に容姿の遺伝ではないのよ。あなたたち一族は昔から定期的に浄化されて
都さんは私を待ち構えていたように真偽の分からない昔話を饒舌に続けた。戸惑いを隠せない私に、都さんはふっと顔を寄せて囁いた。
「どうしてあなたにわたくしが、こんなお話をしたか分かる? 」
私は怯えきっていた。話の怪しさばかりか、勿体つけてこんな話を笑顔でする都さんに気味悪さを感じて、きっと首を横に振ったのだと思う。
「司水の家には、稀にその血を濃く受け継ぐ娘さんが出るの。椿さんはまるで──」
気がつくと次の瞬間私は都さんの頬を張っていた。
「そうね」
呟いたきり、都さんもぴたりと黙った。
都さんの家から飛び出して、でも胸が苦しくなって、来る、という思いで急いで深く息を吸う。
胸に空気を隙間なく充填させて、そうしないと泣いてしまうと思った。
以降気にしまいと決意したのに、心が弱る隙間を縫ってふっと都さんの話を思い出してしまう。あの榛色の
そう、それで、百合と菫とで出掛けたあの橋の上で、引き込まれるように水の淀みに意識が行ってしまった。
あの橋で、願った。願ったの。
*
お腹のあたりがゆらゆらした。
水は特殊な液体だ。他に類を見ないほどの浄化力、分子の配置により液体より固体が軽いこと。でも一方で、生命にとって基本の液体。
私は目覚める。
ああ、嫌。せっかく丁寧に磨いていた私に、椿が戻ってきてしまった。
水の底から更に
私の手を引いて、椿、椿と私を呼んだのは確かに百合なのに、なかなかその姿を見当てられない。
百合は私が林にいる間もずっと、この濁りの淵でかわいそうに永らく彷徨っていたに違いない。もう百合そのものではなく、百合の残骸のような。私のように浄化するにしきれず、そのため恐らく入れ替わりも不完全でロゼットの一部にもなれない。
──駄目よ。あんまり飲み込まれちゃあ。
思い出した都さんの話とあの林の世界を経験して、分かったことがある。
この世界の構成形はさながらロゼットである。
ロゼットというのはローズ、つまり薔薇に由来する名で、あの花弁特有の円形な拡がり方に因むらしい。植物の多くはフィボナッチ素数というある種の法則の角度で葉や
司水家は、その健やかな営みのためにずっと昔から働いていた。自覚はなくとも。
「百合」
声は妙な響き方でひろがる。
「百合」
百合と入れ替わった娘の方は無事でいるのだろうか。
それから、菫は。
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