第46話 うんん、大好きだよ!


 誰も居なくなったその建物の一室で、わたしは泣く事しか出来ないでいた。


「ゴメンね……ヒナタちゃん、ゴメンね――」


「泣いてるの?」


「うん、ゴメンね」


「どうして? 何処どこか痛いの?」


「うんん、ヒナタちゃんが死んじゃったからだよ……」


「大丈夫だよ……今、生き返ったから――」


「そうだね……今、生き返ったね――って」


 ――どういう事?


 わたしは目をパチクリさせる。


「待って」


 とヒナタちゃん。そのまま、自分の頭を両手でつかむと――ゴキッ――と嫌な音をさせて、首を元に戻す。


「首……折れてたみたい」


「そ、そうなんだ……」


(普通は死んじゃうんだけど――)


 ヒナタちゃんの説明に、わたしがおどろいていると、


「んしょっ」


 そんな掛け声と一緒に、抱き締めていたわたしの腕から離れ、立ち上がった。


折角せっかく、可愛い恰好したのに……汚れちゃった」


 ヒナタちゃんは、わたしから少し離れた場所で服についた汚れを払った。


「ヒナタちゃん――良かったよぉ~」


 ――きゅるるるるぅ~。


 安心した途端とたん、お腹が鳴ってしまった。

 ヒナタちゃんは笑うと、鞄からチョコレートを出して渡してくれる。


 ありがとう――とわたしはソレを受け取った。


「あのね、お姉ちゃん……」


「ふぁに?」


 早速、チョコレートを頬張ほおばっていると、


「ヒナね――お母さんのお腹の中に居る時に、死んじゃったんだって……」


 可笑しな事を言うヒナタちゃんだ。

 彼女はちゃんと生きている。


「だから、お母さんは【怪異】と契約したの――」


 子供を生き返らせて――とヒナタちゃん。

 笑ってはいるが、その表情は少しさびしそうだ。


「それがヒナだよ」


 当然、チョコレートだけでは足りない。

 わたしは、自分のリュックからお菓子を取り出した。


(ヒナタちゃんも食べる?)


 わたしがお菓子の箱を見せると、彼女は首を左右に振った。


 ――うん、らないようだ。


「だからね、ヒナは死なないの――刺されても、殴られても、落とされても……」


(そうなんだ……)


 ――死んだら、ご飯食べられないもんね。


「だから、ヒナを生んでくれたお母さんは……ヒナを閉じ込めたの」


ひどい事するのね――でも、なんで?)


「最初はヒナが可愛くて大切だから、誰にも見せたくないし、触らせたくないの――って言ってたよ」


 でもね――とヒナタちゃん。


 ――よし、ご馳走様!


(足りないけど、仕方ないよね)


 わたしは手をくと、お菓子の空箱をリュックに仕舞った。

 そして、立ち上がる。


「お母さんはヒナの事、『化け物』だって言ったの――だから、外に出ちゃダメなんだって……」


「そっか……」


 わたしはヒナタちゃんを抱き締める。


「お母さんはね、いつもヒナに謝るの――ゴメンなさい、ゴメンなさいって」


 ヒナ、なにも怒ってないのにね――と笑う。


「そうだね、ヒナタちゃんは優しいね」


「うん、だけど――ある日、トーヤがもう出て来てもいいって言ってくれたんだ」


 お母さんは居なくなったんだって――その口調は何処どこさびしそうだ。


「うん」


 わたしは彼女を抱き締めたまま頷く。


「ヒナの所為せいで……トーヤはお母さんの事、嫌いになっちゃったのかな?」


「違うよ」


 わたしはそう言って、一旦彼女を離す。

 そして、ヒナタちゃんと目線の位置を合わせるために屈むと、


「大好きだから……それ以上、可笑しくなって欲しくなかったんだよ」


 と告げた。


(前に言っていた話だよね)


 サヤちゃんが殺した――うんん、止めたんだ。

 自分の所為せいで、大切な娘が不死の存在になってしまった。


 そしてなによりも、ヒナタちゃんの事が世間にバレるのが怖かったのだろう。


 母親なりに、娘を守ろうとした結果――結局は、それが原因で可笑しくなってしまったようだ。


 自分の所為せいで、娘が人間ではないなにかに変わってしまった事に耐えられなかったらしい。


「ヒナタちゃん、ありがとう」


 話してくれて――わたしは彼女の額と自分の額をくっつけた。


「ヒナタちゃんは強いね」


「ヒナ、強いの?」


「うん、強くて、優しくて、可愛くて――無敵だね☆」


「ヒナ、無敵?」


「そうだよ――ヒナタちゃんの存在が、皆を強くするんだよ」


 確かに、彼女は『化け物』なのかも知れない。

 でも、わたし達にとっては違う。


「お姉ちゃん……ヒナの事、嫌いになった?」


「ならないよ――うんん、大好きだよ!」


 えへへ――ヒナタちゃんが嬉しそうに笑う。


「姫様が言っていたの――いつか、陽詩ひなたの事を好きだ――って言ってくれる人がきっと現れる」


 だからね――と彼女はわたしから離れた。


「その時は――戦いなさい――って」


(サヤちゃんらしいや――)


 紅く染まった空を背景に、彼女は微笑むと、


「ヒナも……お姉ちゃんの事、大好きだよ」


 そう言ってくれた。


「なら、わたしも戦わないとね」


 想いは無力だと、一蹴いっしゅうする事も出来ただろう。

 でも、わたしは知っている。


 この想いは――人と人が関わる事で、互いを理解したり、一緒にはぐくんだりする事が出来る――心がつながるために必要な力なんだ。

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