第35話 わたしの遣る事は決まった。


 まずは買い物を済ませてから――と思っていた。

 だけど、機会チャンスは向こうの方からやって来てくれた。


 オーシャンビューを望めるオープンテラスカフェ。

 そこで休憩していたわたし達。


(前回来た時に見付けて、ずっと来たかったの☆)


 そこに彼の方から声を掛けてきたのだ。


(いいえ、ここは島だもんね……)


 お互いに行動範囲が限られているので、会うのは必然ともいえる。


「よぉ、師匠」


 と彼はネムちゃんの事をそう呼んだ。


(【術】を使えなかった彼は、ネムちゃんに教わっていたのよね)


 彼の身長は、平均よりも少し高いくらいだろうか?

 顔は悪くないのだが、目付きが少し鋭い感じがする。


(ちょっと、怖いかな?)


「先輩……何度も言っていますが、私の事は名前で呼んでください!」


 ネムちゃんの表情は髪に隠れて分かりづらい。

 だが、きっと困った表情かおをしているのだろう。


「じゃあ、師匠も俺の事は名前で頼むよ」


 彼の方は、少し意地悪そうに言う。

 しかし、ネムちゃんの方も本気で嫌がっている訳ではないのが分かる。


(仲良いな……)


 きたえているのだろう。軽装のため、筋肉質である事がうかがえた。

 口調から推察するに、頭はそれほど良くはなさそうだ。


 だが逆に、物怖ものおじしないタイプとも取れる。


(人見知りなネムちゃんとは、相性が良さそうね)


 ――リードしてくれそう。


「そ、それはまだずか……いえ、私の方が年下ですのでダメです!」


 その様子は、まるで優等生が不良をしかっているようにも見える。


(確かに、学校の知り合いが居る時に『師匠』と呼ばれると困るわよね)


 彼は後頭部をくと、


「分かったよ、音無ねむ……」


 それだけで、ネムちゃんの顔が赤くなるのが分かった。

 しかし、彼はその事に気が付いていないようだ。肩をすくめると、


「友達と一緒のところ、邪魔して悪かったな」


 そう言い残して去ろうとする。


「ちょっと、待って!」


 とわたし。


「ねぇ、時間があるのなら……ここに座りなよ――『飛竜ひりゅう銀牙ぎんが』君」


 相席を勧める。

 ネムちゃんは困った様子でオロオロとし、わたしと飛竜君を交互に見た。


 一方、リムの方は――まったく……ユズは、余計な事ばかりして――と額に手を当てている。飛竜君はわたしとリムをいぶかしむように見ていた。


 元々目付きが鋭いため、にらまれているようで怖い。

 ネムちゃんの話では――世話の焼けるお兄ちゃん――という印象だった。


「もしかして、【魔女】?」


 飛竜君はネムちゃんに耳打ちする。


「いいえ、【月神】の人間よ」


 とリム。飛竜君はその回答に、何故なぜか胸をで下ろし――ホッ――とする。


(【魔女】にトラウマでもあるのかな?)


「そういう事なら――」


 そう言って、飛竜君はネムちゃんの隣に座る。

 そして――


「でも、俺……お金無いからな」


 と付け加えた。ネムちゃんは溜息をくと、


「私が払いますから、好きなのを頼んでください」


 メニュー表を渡す。

 やった――と飛竜君。


(そういう反応は、ちょっと可愛い)


 ――まぁ、親元を離れて寮暮らしの学生じゃ、万年金欠だよね。


 見た感じ、お金持ちという風には見えない。内心、ネムちゃんも――世話を焼く事が出来て、満更でもないんだろうな――とわたしは勝手に想像する。


「でも、見ない顔だけど――島の外の人?」


 飛竜君の質問に、


「そうよ――だから、次から見掛けても、声を掛けないでね」


 とはリム。


(手厳しい……)


「了解――訳ありね」


 飛竜君は気に留めた様子もなく、受け流す。


「俺も悪目立ちしてる状況だから……からまれるのかと思って、少しドキドキしたよ」


 彼が言っているのは、月神家当主の【守人】になる件を断った事だろう。

 わたしもシキ君から聞いただけなので、詳しい事は知らない。


 ただ、【守人】を選ぶ祭事――要は候補者同士の決闘――で優勝したにもかかわらず、それを断ってしまったそうだ。当然、関係者はいい顔をしないだろう。


「ゴメンね。でも、わたし達はネムちゃんの友達だから――」


 彼が【守人】を断った理由は知らない。

 ただ――【魔女】である音無ねむの【守人】になる――と宣言したそうだ。


 【神子】同様、【魔女】も【守人】と契約する事が出来る。


 ――むしろ、わたしも【魔女】の部類に入るんだよね。


(だから、シキ君が教えてくれたんだけど……)


 【魔女】の場合、根本的に【守人】の意味が異なる。

 【神子】の場合は文字通り、【神子】を守る存在だ。


 そこに性別は関係ない。

 しかし、【魔女】の【守人】は男性しかなれない。


 ――それは何故なぜか?


(男女の性交によって、魔力を高めるためだよ……)


 シキ君が人間だった時代は――罪を犯した男性が【魔女】と関係を持つ――という罰が存在したそうだ。一見、罰とは思えない。


 だが、【魔女】と性交した男性は魔力を奪われ、ほぼ死んでしまうらしい。

 つまり、死刑である。


(今の時代は――そういうのは無くなった――と聞いているけど……)


 だから、【魔女】の一部や上層部の人間くらいしか、その事を知らないようだ。

 飛竜君の場合、どういう考えがあったのかは分からない。


 ただ、ネムちゃんに対し、好意を持っていなければ、そんな発言はしないだろう。

 勢いで宣言した――とも考えにくい。


 ――単純に一緒に居て、情が移ったと考えるのが妥当なのかな?


(飛竜君の様子から……【守人】の真の役目は知らないようだしね)


 当然、ネムちゃんは知っているので――断っている――という訳だ。


(でも、本当はOKしたいんだろうな……)


 多分、【魔女】達にとっては喜ばしい事なのだろう。

 それで色々と、飛竜君にちょっかいを出している――と見るべきだ。


(その代わり、月神家は彼に手を出さない――という訳ね)


 先程、彼がわたし達を警戒したのも、それが理由だろう。

 そもそも、飛竜君がこの島に来たのは、妹の身代わりだ。


 妹が【魔女】にならない代わりに、自分が【守人】になる――という条件で島に来たらしい。


 彼の母親はかつての【魔女】――それも大魔女――で、一人の男性と結ばれるためにその魔力を捨てたらしい。


 【魔女】達としては、その血筋を手に入れたいのだろう。


 ――つまり、ネムちゃんとの間に子供をもうけさせる気ね!


(飛竜君の決断は――願ったりかなったり――って訳か……)


 わたしのる事は決まった。


 ――面白そうなので、もう少し見守ろう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る