この紅を狂える君に捧ぐ - ウサギな私は記憶喪失⁉黒魔術を使って滅びた世界でも強く生きてみせます!

神霊刃シン

CASE1. 夕月優子の場合

プロローグ

第1話 これだから、イケメン君は恐ろしい。


「お兄ちゃん! また、そんな所で寝て……起きてよ」


 机の上に突っ伏しているお兄ちゃんを尻目に、わたしはそう言ってカーテンを開ける。


 ――シャッ!


 グラデーションなど一切ない、ペンキで塗りたくったような、深紅の空――


(今日もいい天気ね!)


 こんな日は風も心地好い。換気のために窓を開ける。

 すると――うーん!――うなりながら、お兄ちゃんは身体を伸ばすのだ。


(まったく……毎朝、困ったモノね!)


 椅子いすをベッド代わりに、複数台あるPCモニタの前で寝落ちしているお兄ちゃんを起こす――これがわたしの最近の日課だ。


「ああ、ユズ……おはよう」


 お兄ちゃんはそう言って、再び身体を伸ばした。

 呑気なモノだ。わたしは苦笑する。


 同時に――このままだと身体をこわしてしまう――と心配になってくる。

 たまには、ベッドを使って欲しい。


 わたし達に両親は居ない。幼い頃に事故で亡くし、施設を出てからはお兄ちゃんと二人、マンションで暮らしている。


 お兄ちゃんはPCの専門学校を出て、今はフリーランスのエンジニアとして仕事をしていた。


 ゲーム会社からの依頼が主な仕事だったが――今はその仕事で得たノウハウと人脈を使い、仲間と一緒に同人ゲームを作る方が楽しいようだ。


 受注した仕事をこなすよりも、そっちの方がもうかる――とこの間、教えてくれた。


「わたしはもう学校に行くから……朝ご飯は適当に食べてよ」


 そう言い残し、家を出る。


「おはよう、ユズ」


 待っていたのだろう。玄関を出るとぐに、声を掛けられる。

 一つ上の階に住むルカ君だ。


 同じ学校に通う、同じクラスの男の子である。男子にしてはやや線が細く、色素も薄い気がする。制服を着ていないと、まるで女の子みたいだ。


 しかも、顔立ちは綺麗きれいで、女子であるわたしよりも可愛いときている。

 背だって、わたしよりも高い。


 何だか納得いかないが――優しくて、わたしの好みの顔でもあるので、これはこれでありだろう。


(成長が楽しみですなぁ!)


「また変な事、考えているだろ」


 おや、お見通しですか? 参りましたね。


「ユートさんはキーボードを枕代わりに、PCの前で寝ていたのかい?」


 ルカ君は鍵を掛けるわたしに向かい――仕方の無い人だね――と苦笑した。


 いつも通りのわたしの様子から、お兄ちゃんである『夕月ゆづき優斗ゆうと』の状況を察したようだ。


 同年代の男子――それもお気に入りのイケメン君に笑われるのは、何とも気恥ずかしいモノだ。


「まったく、ホント……困ったモノね!」


 如何どうにかして欲しいわ――そんなニュアンスを込めた言葉だったが、


「仲が良くてうらやましいよ」


 と返された。それって――ルカ君もわたしと仲良くしたい――って事?


(まさか、お兄ちゃんと⁉)


 いやいやいや、ただの社交しゃこう辞令じれいよね。

 これだから、イケメン君は恐ろしい。



 ▼▲▼  ▼▲▼



「ユズっち、おはよう」


 学校へ着くと、親友――もとい盟友めいゆうのレミが声を掛けてきた。


(同志レミコフ……何の用かね? このユズーリンが話を聴こう)


「おはよう、レミ」


 とわたしは返し、窓際の列の席に座る。

 レミはちょっとぽっちゃりしていて、クラスでは大人しい方の女子だ。


(ただし、趣味の話をする時は別だ)


 話し掛けやすいタイプなので、男子から人気がありそうなのだが、少し恥ずかしがり屋なところがある。


 自分から男子に対して、積極的に話し掛けるようなタイプではなかった。


(自分の魅力に気付いていないとは……勿体もったいない)


 レミは自分がモテないと思っているようだ。

 そのためだろうか――わたしが鞄から教科書など、一式を準備していると、


「今日も、カリヤくんと一緒だったね」


 興味津々といった様子で聞いてくる。

 ちなみに『狩矢かりや月歌るか』というのが、ルカ君の名前だ。


 やはり、レミから見てもイケメンに見えるのだろうか?


(だったら、ちょっと嬉しい♥)


 レミは――わたしがルカ君と付き合っている――と思っているようだが、残念ながら違う。彼は両親が居ないわたしを心配して、声を掛けてくれているだけだ。


(まぁ……はたからは、そう見えないよね)


 事の発端ほったんは、ルカ君のお母さんとわたしが仲良くなった事に起因きいんする。


 つまり、マンションの住人による集会で話すようになったからである。

 向こうは女子高生が珍しかっただけだろう。


「一緒のマンションだからね」


 とだけ答える。これが人気のない普通の男子だったら、別に問題ないのだが――ルカ君を狙っている女子は多い。


(肉食系女子は気配で分かる)


 そのため、教室の会話は気を付けなくてならない。


「はぁ~、それでもあこがれるよ」


 レミは溜息をいた。

 現在、彼女は――恋に恋する――といった心境のようだ。


 こちらとしては――待ち合わせの約束をしている訳でもないのに、毎朝、家の前で待っていてくれるの♥――なんてホントの事を言った日には、イジメの対象になり兼ねない状況だ。


 現に約一名、わたしをやたらと敵視してくる女子が居る。


 『紅間あかま』といっただろうか? 美人だが、性格の悪さが顔ににじみ出ていた。


 アレと比べたら、レミの方が断然可愛い。

 あんな性格の悪い女に引っ掛かるのは、バカな男子だけだろう。


 そのバカな男子達が、わたしの悪口を言い出したのは、あの女の仕業に決まっている。


 結果として、それを心配したルカ君が、わたしを送り迎えしてくれるのは自然な流れだった。


 紅間がハンカチをくわえて、キ~ッ! と悔しがる姿が想像出来る。


(やっぱり、ルカ君みたいなイケメンは心もイケメンよね)


「わたしとルカ君じゃ、釣り合わないよ」


 そんなわたしの言葉に、


「え、ユズっちはカッコイイよ!」


 とレミ――あれれー? わたしって……そっち?


(可笑しいな……お兄ちゃんはわたしの事を【天使】だ――って言ってめてくれるのに)


 お兄ちゃんのゲーム仲間の人だって――ユズたん、今日もカワユスな……ハァハァ――とか言ってくれるよ。


(気持ち悪いけど……)


 ――キーンコーンカーンコーン。


 チャイムの音と共に、今日も授業が始まる。

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