第23話 少女の能力

暫く彼女は口を引き結んでそこに佇んでいた。動物たちがそんな彼女を庇うように寄り添う。

シャーロットは擦り寄ってくる動物たちを撫でると、視線を伏せた。


「…あたしが本当の事を話しても、きっと信じてくれないわ」


その瞳からは諦めと不安を混ぜたような感情が滲み出ていた。




彼女の暗澹たる様子を見て、フィンレー王太子は皺が寄った彼の眉間に手を当てる。


「参ったな…。まるで悪役にでもなったような気分だ」


彼は目を瞑り眉間の皺を指で揉み解すと、眉間から手を離してシャーロットを見遣った。


「そんな顔をしないでくれ。…俺も見逃す訳にはいかないんだ。どうしたら話す気になってくれる?」


その言葉に彼女は無言のまま肩をびくりと震わせる。

それと同時に、シャーロットの肩にとまった小鳥たちは彼女を元気付けるように囀り、鹿は彼女の腰元に頭を寄せ、狐は王太子を威嚇した。

シャーロットはそんな動物たちを抱き寄せるとギュッと目を瞑る。

少しの間彼女は動物たちを抱きしめていたが、やがて立ち上がり相対する2人の青年たちを見据えた。


「…あたしが話すまで逃す気は無いんでしょう。良いわ、話します。ただし、あたしがこれから話す事は他の人には秘密にして」


「……いいだろう」


彼女の気迫に王太子が頷くと、少女は覚悟を決めるように深呼吸をする。

そして一際大きく息を吸い込むと、


「あたしは動物と会話する事ができる能力を持っている。ソフィア王女の今朝の行動は小鳥たちから聞いて知ったの」


そう言って彼女は凛と前を向いた。








誰も言葉を発すること無く時間が過ぎていった。

フィンレー王太子が唖然とした顔で話し始めようとするも何も言葉が出てくる事はなく再び口を閉じる。

ウィリアム様は顎に手を当てて考えている様子だったが、やがてシャーロットに向かって口を開いた。


「…君は今ここで、動物と会話可能である事を証明できる?」


「出来ないわ。証明する方法が無いもの」


小麦色の肌をした少女はきっぱりと答える。


「でも、これは真実よ」


彼女は吹っ切れたのか堂々とそう言い切った。


「俄には信じ難いな…」


フィンレー王太子が眉根を寄せる。


「最初に言ったでしょう、本当の事を話してもきっと信じてくれないって」


シャーロットの言葉を聞きフィンレー王太子は呻き声をあげたが、少しした後に彼女の方へ向き直った。


「…ひとまず、その言葉を信じよう。話してくれた事を感謝する」


王太子のその声に、シャーロットの目が見開かれる。


「信じてくれるの?」


「…逆に問うが、信じない方が良いのか?」


フィンレー王太子の問い掛けに少女は首を振った。


「まさか。でも、信じてくれるなんて思わなかったから」


彼女は心なしかほっとした様子でそう述べる。フィンレー王太子は沈黙した後、


「嘘をついているようには見えなかったからな」


とぼそぼそと呟いた。















去る少女の背中を見送った後、ウィリアム様は何か言いたげにフィンレー王太子を見遣った。

王太子殿下は溜息をついて肩をすくめる。


「ウィル、そんな目で見ないでくれ。俺だって彼女の言い分を頭から信用した訳じゃないさ」


その言葉にウィリアム様は微笑んだ。


「分かっているよ。あれ以上彼女を追い詰めても堂々巡りになるだけだっただろう。円満に彼女との対話を終わらせた君の判断は正しかったと思う。ただ…」


ウィリアム様は真剣な顔をして目を細める。


「懸念事項はいくつかある。もし動物の言葉が理解出来るなんて超常的な能力が本物だとしたら彼女はとても危険な存在だし、仮に彼女が嘘をついているとしたら彼女は王家に反逆を企てている可能性があり、やはり危険な存在だ。どちらにしても要注意人物という事になるね。しかも彼女との約束があるから他人にこの事を話す訳にもいかない」


それに頷きながら王太子殿下が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「そうだな。一度した約束を破れば彼女からの信用は地に堕ちる事になる。味方か敵か分からない以上、慎重に動きたい」


「そうだね。…リア」


そこまで話すと、ウィリアム様は私の方へ呼びかけた。


「待機していてくれてありがとう。こちらへ来てほしいな」


その言葉を聞いて私はがさがさと生垣を掻き分けてウィリアム様の前に出て行った。エドワード氏も私の後ろに続く。

ウィリアム様はふと思いついたように私に尋ねる。


「リア、君は彼女の言う事を真実だと思う?」


少し躊躇したものの、私は彼の問い掛けに首肯した。ウィリアム様はそれを見て瞼を瞬かせる。


「どうしてそう考えたの?」


私に述べられる根拠などない。私はただ『君と白薔薇』のストーリーを知っているだけ。それがこの世界での本当かどうかなど判別がつかない。

私は深々とお辞儀をして、


「ウィリアム様が気にされる程の深い理由はございません」


と返答した。
















ウィリアム様を学生寮へ送った後、私は使用人寮の自室で今日の事を思い返していた。

(遂に漫画の時間軸に到達した)

シャーロットの告白を思い出す。

この世界でもシャーロットが動物たちと会話する異能を持っている事はあの様子を見るにほぼ確実なようだ。

(『君と白薔薇』の展開とこの世界がどれだけリンクしているのかは分からないが、どうであろうと私のする事は変わらない。…ウィリアム様を守る。それが私の望みだ)

瞑想するように閉じていた瞼を開く。

("漫画のストーリー"に固執し本質を見失うな。私は万能な存在じゃない。全ての問題を解決しようと思わなくて良い。ウィリアム様を守ることだけに集中しろ)


そこまで考えを巡らせると、私は思考を中断し徐に立ち上がった。

(いざという時適切に動くには身体が資本。まずは夕飯を食べに行こうかな)

窓から差し込む橙色の光が部屋を照らしている。私はカーテンを閉め、食事をするべく食堂へ向かった。



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