Double Soul

鈴木真二

第1話 プロローグ

 アナログ時計の白い文字盤を眺めていた。ローマ数字の12と、1の中間あたりだ。その間をなめらかに秒針が通り過ぎる。密閉されたカプセルの小窓からではそれ以上秒針を追うことはできない。

 そのうち秒針が逆から現れるのが見れるかもしれないと、半ば本気で考えながらじっと待つことにする。


 しばらくすると全身を覆っている、やわらかい光の中で僅かに重みのようなものを感じるようになる。横たわる身体にそっと厚みのある布団を掛けられたような感触だ。それでも、何も身に着けていない自分の身体に触れているものは依然としてやわらかい光だけだった。

 その重みは秒針が小窓に現れる度に確実に増していき、やがて圧力といえるものに変化していく。それでも苦しくなるということはなかった。むしろ心地が良いくらいだ。それはこの圧力が、どれほど増していったとしても自分の肉体がいささかも損傷することはないと、自分が一番よく理解しているからに違いない。

 この圧力に晒されている主体は自分であって、自分の肉体ではないのだ。それでも手の平にも足の指先にもこの圧力を感じているのは不思議だが、それを考えるのは後回しにして、今は事の成り行きを見守り、これから始まる変化のプロセスのありのままを脳裏に焼き付ける作業に没頭する。


 やがて圧力の上昇が止まった。脈拍の波が静かに横たわる肉体を揺さぶっている。

 全身に及んでいた圧力が体の中心に向かって集まり始める。まるで栓を抜いたバスタブの湯が一点に目がけて流れ込むように。けれどもその栓はさほど大きなものではなく、流れは砂時計のような遅さだ。

 そして、潮が引いていくように圧力から解放された手足の指先にはもう自分の意志が届くことはなかった。いつの間にか閉じている目蓋も開けることが出来ない。

 たっぷりと時間をかけて身体の中心に集められて出来上がった球体は白く発光していた。それは自分そのものだ。この球体こそが魂と呼ばれいてるものに違いない。想定では自由意志の存在する眉間の奥から何かが始まるものとばかり思っていた。

 発光する球体の座標はちょうど心臓の位置にある。

 改めて全く別の研究結果から導き出された発見の延長上に、今があることを思い知らされる。

 

 発光する球体になった自分が徐々に心臓から離れ始めると、心臓の拍動する力も徐々に弱くなって行く。

 もちろん、この世界に戻ってくる方法も確立してあるが、目の当たりにした想定外を前に、それを保証する信用性がどこにもないことに一抹の不安が過る。

 いよいよ自分の魂が肉体から乖離を果たすと、その瞬間に止まりかけた心臓の鼓動は、予定通りに再び力強さを取り戻す。肉体の保存が機械へと委ねられたのだ。

 そして、ここからが想定外の延長線上の始まりだというのに、私の思考に流れ込んでくるのもは、光ばかりでそれはあっという間に全てを包み込み、その後はもう何も考えることができなくなった。

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