第32話

そう理解すると途端に胸にポッカリと穴が空いた気分になった。



今あたしは桜翔太くんとデートをしていてとびきり幸せだったはずなのに、それが幻のように崩れ去っていく。



いや、これはもともと幻でしかないのに、楽しすぎてその事実を忘れてしまっていただけなんだ。



あたしはキュッと下唇を噛みしめて、桜翔太くんから手を離した。



「どうした?」



桜翔太くんは小首をかしげてあたしを見つめる。



どれだけ好きなアイドルが相手でも、偽物だということで気分が落ち込んでいく。



「ごめん。ノドカを探してくるね」



あたしは早口でそう言うと、桜翔太くんから離れたのだった。


☆☆☆


偽物の彼氏と一緒にいるくらいなら1人でショッピングをしていた方が、心は楽だった。



「こんなはずじゃなかったのになぁ……」



思わず呟く。



今日はノドカを悔しがらせてやることができると思っていたのに、ノドカは最初びっくりしただけで、全然悔しい顔を見せなかった。



元々、あたしの彼氏が本物じゃないとわかっていたからだろう。



その点、ノドカの彼氏は本物だ。



アプリで作りだした偽物とは違い、本当にノドカのことが好きなのだ。



そう考えると、ふつふつと怒りが湧いてきた。



今回ダブルデートをしようと声をかけてきたのはノドカだ。



もしかすると、あたしが悔しがるとわかっていて声をかけてきたのかもしれない。



ただの考えすぎかもしれないが、1度疑い始めると止まらなくなってしまう。



ノドカはあたしのことを見てほくそ笑んでいた子だ。



あたしを追い詰めようとしても不思議じゃない。



今までノドカと一緒にいて楽しかった記憶が、あっという間に灰色になっていくようだった。



霊感があると嘘をついたことで、クラスメートたちからイジメを受けた。



それでもノドカは一緒にいてくれたのに、どうしても憎しみの感情が先立ってしまう。



苛立ちながら歩いていると、レディースショップにノドカとコウダイくんがいるのが見えた。



2人は楽しそうに笑い、肩を寄せ合ってノドカの服を選んでいる。



その様子に更に苛立ちが募る。



邪魔をしてやろうと近づいて行くとコウダイくんが気がついてくれた。



「あれ、ミキコちゃん1人? 翔太くんは?」



「翔太はトイレだよ。2人ともノドカの服を見てるの?」



あたしの問いかけにノドカは上機嫌に頷く。



「そうだよ。このピンクの上着が似合うんじゃないかって言ってくれたの」



ノドカは持っている服を見せびらかすように見せてくる。



「そう? あたしはそうは思わないけど」



つい、キツイ口調になってしまう。



「どうしたのミキコ。なんだか機嫌が悪そうだけど」



不安そうな表情になるノドカ。



誰のせいだと思ってんの。



そんな言葉が喉まで出かけて、飲み込んだ。



クルリと向きを変えてコウダイくんへ視線を向ける。



「そういえば2人ってどっちから告白したの?」



「え、なんだよいきなり……」



コウダイくんは照れたように顔を赤らめる。



「そうだよミキコ。こんな場所でさ……」



「教えてくれてもいいじゃん。あたしたち、友達なんだから」



「まぁいいけど。告白したのは俺からだよ」



コウダイくんの言葉にあたしは唖然としてしまった。



まさかコウダイくんから告白したなんて思っていなかった。



ノドカが片思いをしていて、一生懸命頑張ったのだと思っていた。

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